3.確定イベント、カラスはかく語りき
好奇心は猫を殺すというけれど、どうしてもその衝動を抑えられなかった。
この世界に時代錯誤甚だしいオーパーツであるノートパソコンが何故か置かれており、例のイルカを思わせるカラスのキャラクターが表示されている。
そんな物を見てしまったらやることは一つしかない。
私は“お前を消す方法”と打ち込み、検索をクリックした。
『えーやっぱりそうくる?』
検索をクリックした瞬間、PCからは若くチャラそうな軽い口調の男性の声が流れてきた。
『一応さ、君たち的に俺って神様なわけよ。もうちょっと敬ってくれても良くない?』
そしてPCの画面からデフォルメ化されたカラスのキャラクターは消え去り、スカ〇プ的な状態に切り替わる。
画面に現れたのはやはりカラスだったが、先ほどの可愛らしいカラスではないリアルカラスだ。これはもう間違いない、このカラスはアレだ。
「分かる、分かるとも……」
『ん?』
「これは異世界転生にありがちなシーンだ。神様からの説明シーン。主人公が何のために異世界に呼ばれたのかとか、神様が主人公に何をして欲しいのかとかを懇切丁寧にご説明いただけるお決まりのシーンだ!」
せっかく異世界転生したのに、蓋を開けてみれば悪役王女に転生していて、色々頑張った結果が原作崩壊。魔法も使えないし、挙句の果てに色々呪われた王家の事情で男として王太子になるハメに。
これだけ苦労させられているというのに、おそらくこの世界の神であろう“カラス神”とやらは全く接触してこない。
諦めていた、正直言って異世界転生の醍醐味的なものは起こらないのだと、諦めていた。
しかし、とうとう、とうとうその時がやってきた!
「待っていた、私はこれを待っていたんだよ。いかにも異世界転生らしい展開! 原作崩壊しているし、色々ヘルプミーだよ神様!!」
『……テンション高いなぁ、君。まぁいいや、君の言う通りそういうイベントだ。君は色々よく頑張ってきた。でもこれから先は、どうしても俺が説明しないと真実に行きつきそうもない。だから君をココで待ってた』
「色々教えてください! まじヘルプミーです!!」
『分かった! 分かったから!! 君、PCの画面からもう少し離れてくんないかなぁ、めっちゃドアップで映ってて怖いよ!!』
ようやく待ち望んた展開に思わず画面にかじりついてしまい、カラスにドン引きされてしまった。
私は慌てて画面から離れ、用意されていた椅子に大人しく座った。
『はい、まずは自己紹介な。ご察しの通り俺はこの世界の神――正確には管理人であるカラスだ。今日君がここに来ることを察し、接触すべくここで待っていた。お供の……あの青年が入れないように結界を張って、1人で進むようにのプレートの用意をしたのも俺だ』
「ここに来るまで30問の良く分からない問題も?」
『いいや、あれは違う。あれは元からこの地に設置された変態除けのギミックだ。仕掛けたのは君たちで言うところの二代様だな。今いるこの部屋の先で試練は受けられるけれど、あの部屋は同時に封印の間でもあるから、二代はどうしても“ある人物”を近づけたくなかったんだろうな。まっ、それについては後で説明するとして――ようこそ異世界からの来訪者、君がこの世界に来た理由を説明しよう』
いよいよだ。物事にはなんだって、原因というものが存在する。原因があるから結果がある。
私がこの乙女ゲームの世界に転生したのが結果であるのなら、そうなるに至った原因があるはずだ。
『君はさっき“原作崩壊”って言ったけれど、それは誤りだ。君が動き回ったせいで原作崩壊したんじゃない。……君が目覚めた時点で“既に原作は崩壊していた”ってのが正しい』
「は? えっ、それってどういうこと? 私が色々画策して、フリードリヒとイリスの婚約を急いだから……だからフリードリヒは呪殺されて、私は男のふりして王太子とかやるハメになったんじゃないの!?」
カラス神の言葉はしょっぱなから衝撃的だった。私が転生を自覚した8歳の時点で既に原作は崩壊していた? どういうことよそれ。
『まず、世界について教えようか。君のいた世界やこの世界、“世界”というものは無数に存在している。俺たち神も無数に存在していて、各々世界を管理している。――そして皆世界を発展させるために、歴史にちょこちょこ介入して世界を発展させたい方面へ導く先導をする』
「自分たちの都合のいいほうに進むように操るってこと? ちょっと意味が分からない」
『あーそこまで酷くはないかな。こんな世界になったら面白そうだなって思うと、シナリオを作ってそのシナリオ通りに動くように演算して、そういう風に歴史が動くよう舵取りをする。……あくまでもちょっとだけの介入さ』
そうは言われても、何か嫌な表現だ。まるで神が人の歴史を操っているようにしか聞こえない全ては神の意思、神の作ったシナリオの想定内とでもいうのだろうか。とにかく何か嫌だ。
『……嫌な表現だと思ったろ? ははっ、全部顔に出てるよ! まっ、俺たちはシナリオを書くけれど、人間たちはその通りになんて動きやしない。俺たちの演算でも人の心の動きの難しさは予測不可能だ。シナリオ通りにいくことなんて滅多にないから、人の歴史が神に操られているなんて言うことはないから安心しなよ』
安心できるかどうか分からないけれど、少し気持ち悪さは減った気がする。全て神の計算通り何て言われたら、今すぐこのノートPCを破壊する。
『俺たち管理人の大原則は“人間に干渉しないこと”だ。たまに奇跡やら信託やら、こうして“対話”何かをすることはあっても、滅多に手出しはしない。神の御業で全部解決的な歴史って、俺たち管理人の間じゃ評判良くないしね』
「……それは分かったけど、それと私が転生したのとどういう関係があるっていうの」
『それが前提条件だからさ。俺はこの世界のシナリオを書いた。君がプレイした乙女ゲームの内容とやらがそれさ』
「えっ、じゃああの乙女ゲームってシナリオライターは管理人だったの?」
『そういうこと! 結構売れたんだぜ! やっぱりイケメンを攻略対象にするだけで評判いいよな!』
カラスはドヤ顔で言った。心なしか胸を張っているようにも見えなくもないが、鳥類だからその辺はよくわからない。
マジかよ、どういうわけでそうなったのかさっぱりわからないけれど、私が生前プレイした乙女ゲームはこのカラスが作った? 一体何のために?
「何でそんなことを? 私のいた世界でそれを売り出してどうなるっていうの?」
『君が元々いた世界は俺の大先輩の世界でね、世界運営に困った時とかに相談に乗ってもらってるんだ。乙女ゲームには複数のルートがあったるだろ? どのシナリオを実際にこの世界に組み込むかで悩んじゃって、どれが評判いいかを確かめるために先輩の世界でゲームとして発売してみたんだ。――そこまでは良かったんだけど』
そう言って言葉を一度切ったカラスは、困ったような表情に見えた。……鳥類の表情なんて分からないけれど、そんな雰囲気を醸し出していた。
『俺が先輩の世界でゲーム作ってる間に、この世界で大変なことが起っちゃってさ』
「大変なこと?」
私がそう言うと画面の中のカラスは、翼をピシッと私の方に向けてきた。まるで指でも刺しているかのように。
『フリーデルト、君だよ君! どのルートでも悪役になるはずの、物語の超重要人物だった君の身に大変なことが起ってたんだ!』
「それって、私がフリーデルトに転生していたってこと?」
『違う』
カラスはそう言ったっきり、私の次の答えを待っているようだった。
「それじゃ、フリーデルトが8歳まで自我がなかったってこと?」
『惜しい』
「じゃあ一体何よ」
答えをじらすカラスにちょっとイラっと来る。
そんな私の苛立ちを察したのか、カラスは予想だにしないことを口にした。
『……フリーデルトが死んだことさ』
意味が分からない。
「は? だって私は現に今生きてるわけだし……」
フリーデルトが死んだというのなら、今ここにいる私は何? ゾンビ? キョンシー?
『いいや、本来生まれるはずだったフリーデルトという娘は確かに死んだんだ。肉体だけは確かに成長したけれど、娘の魂は死んでしまっていた。母親の、シルビア王妃の胎の中で』
フリーデルトの魂が死んでしまった? 魂は死んでしまって、肉体だけ成長したから8歳までのフリーデルトには自我がなかったってこと? 魂が抜けたような、人形の様なフリーデルト。本当に魂がなかったなんて……。
『俺はそんな設定組み込んでない。俺のシナリオに干渉して、物語を根底からぶち壊した奴がいる! 誰のせいかは分かっているが、今はそれは置いておこう』
カラスは憎々しそうに言いつつも話を進めた。
『俺は慌てふためいた。シナリオが台無しだ。スタートすらしていない段階で、原作崩壊済みだなんて笑えない。……そこで俺は大先輩に事情を説明した結果、抜け殻の王女の肉体に別の魂をぶち込むことにした。俺が書いたシナリオとは違くても、この際構わない。乙女ゲーム路線から、最近流行りの異世界転生路線への切り替えだって』
「それって……」
それが私がこの世界に来た理由。
『そう、俺が先輩の世界からもらい受けた魂、この原作崩壊に対処しうる魂、原作を知る都合のいい魂――それこそが君さ』
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