1.セシルの告白
前日に喰らった精神的ダメージから回復しないまま、私は魔力を得るために試練に挑むハメになってしまった。
……イリスとミラのことを思い出すと頭がピヨピヨしてまともな思考が出来ない。
2人がいつも間にか腐女子になっていたうえ、同人作家になっていたことは構わない。この世界にないものが生み出されたことは感動ものだし、私も大好物なのでむしろ歓迎する。
……でもまさか男体化した私の総攻め本まであるとはショックだ。『フリーデルト 男体化総攻め本』。生もの取扱注意である。
その薄い本での私は、始めから男でワケあって王女として育てられた設定だった。そのイケメンの美貌にコロッとくる男どもとの――いやこれ以上は言うまい。
考えちゃだめだ、考えちゃだめだ、考えちゃだめだ!
「フリーデルト殿下、どうかそのようにご緊張なさらずに……」
よほど私が怖い顔をしていたのか、横を歩いていたセシルが話しかけてきた。
先日から私を見ると逃げていたセシルだが、今日は私の護衛として共に試練の地まで同行している。王のご指名で、セシルは私の護衛騎士になったので断る選択肢はなかったらしい。
「いや、大丈夫だよ。緊張しているわけじゃないんだ」
「ならよろしいのですが……」
気まずい沈黙が落ちる。
「あの殿下……」
セシルが迷ったように声をかけてきた。
「最近殿下を避けてしまって大変失礼なことをしてしまいました」
「……別に気にしていませんよ。不思議には思ったけれどね」
「実は私、殿下に謝らなければいけないことがあるのです」
「? 何ですか」
「以前、モーリスメディスン商会のお店に入ってしまったことがあったではありませんか。ヘンリーを追って」
「あぁ、そんなこともありましたね」
今思えば、やはりアレはヘンリーだったのだろうと思う。貴族派に寝返ったのだから、モーリス男爵の店で貴族派の密談でもあったのだろうか。
「以前もお話しした通り、殿下が店員と話している隙に私はバックヤードや二階、三階を探したのです。……そこで私はヘンリーが貴族派たちと密会しているのを目撃してしまいました」
「は? それじゃセシルはヘンリーが裏切ったって気が付いていたの!?」
「……はい、そのような会話を聞いてしまいました」
マジかよ。
セシル、それ知っていたんなら何で教えてくれなかったのか。事前にヘンリーの裏切りを察知出来ていたら、あの議会場にヘンリーを呼ばないとか対策が出来ていたものを。
ヘンリーが「魔力がない王は不適格、フリーデルトには魔力がない」と暴露しやがったせいで、私は今から大変な試練を受けないといけないんだけど。
……唯一の救いはヘンリーが私の本当の性別を知っているメンバーには入っていないことだ。仲間だと思って協力者扱いしていたら本当にヤバいことになっていた。
「どうしてヘンリーを庇ったんです? ヘンリーのせいで私はヤバイ試練を受けるハメになっているのですけど」
ちょっと苛立った言い方をすれば、セシルは顔を真っ青にしてその場に土下座した。
……推しキャラのセシルにそこまでさせたいわけじゃなかったんだけど、一方でセシルの土下座とか新しい! と喜んでいる自分もいて、私は私の性癖にドン引きした。
「申し訳ございません! 本当に弁解のしようもなく、今日まで殿下を避けるという愚行に出てしまいました。何卒お許しを!」
「別に罰を与えるつもりは今のところないですが、とにかくヘンリーを庇った理由を教えて欲しいのですけど」
「……フリードリヒ殿下が亡くなり、私はこの先の自分の未来に不安を抱きました。それでも今まで通りヘンリーがいて、彼と共にこの国を守っていくのだと、そう考えて殿下の死を飲み込むことにしました。……なのに、この上ヘンリーまでいなくなってしまっては。何も先が見えない……」
セシルはやっぱりメンタル弱い子かもしれない。
レールが敷かれた人生を嫌がる人もいるけれど、逆にレールが敷かれていないと不安で先に進めないという人もいる。セシルは後者だ。
私もこの世界に転生して、原作の乙女ゲームを知っているからイージーモードだとか楽観視していたけれど、今こんな風に原作崩壊してしまった以上は、もうそれを受け入れて必死に生きるしかない。フリードリヒのような無残な最期はご遠慮願いたいけれど、悲観的になってばかりもいられない。
そもそも人生って何があるか分からないものだし、それが不安でもあり楽しみでもあるはずだ。
「……何もかも分かっている人生なんてつまらないと思わない?」
「ですが先が見えない人生は怖いです……」
「いいかいセシル、そもそも人生は何があるか分からないものだよ? 兄上が死のうがヘンリーが裏切ろうが、何があるか分からない。そんなことを悩んだからと言って、勝手に物事が自分の望む方向に行くとは限らない。自分で考えて行動しなければ。君自身、今は立ち止まっているつもりかもしれないけれど、人生は否応なしに進んでいるんだから」
そう思わなければ人生なんてやってられない。上手く生きる秘訣何てないけれど、思い詰めて良い事はないのは確かだと思う。
「今回君がヘンリーを庇ったことは咎めない。でも次はない。……君は誰かに依存して生きるきらいがあるようだ。フリードリヒしかり、ヘンリーしかり。どうしても依存したいと思うのであれば、私に依存すればいい。君は王太子たる私の騎士になったのだから、私に依存して私を守ることを人生の命題とすればいい」
果たしてこれでセシルが少しでも前向きになってくれるといいのだけれど……。
セシルは私の護衛騎士なのだから、もうちょっとしっかりしてくれないと、私の命にもかかわるし。
そんなことを話しているうちに、私たちは試練の地にやってきたのである。
◇◇◇
ここは王家の墓。
城の裏手にある大きな湖の側にある。王家の地下墓地。
魔力を得る試練の地とはそこだった。
地下墓地の更に奥には天然の地下洞窟が続いており、王の説明ではその地下洞窟を道なりに進み最奥に行けば試練を受けることが出来るとのことだった。
地下迷宮ではなくあくまでも洞窟。モンスターも出ないので、行くこと自体は安全だ。
しかし残念なことに、地下墓地を抜けたところでセシルとは別れることになってしまった。地下洞窟の入口に謎のギミックが仕込まれていたからである。
「なになに、これより先は一人で進むべし?」
地下洞窟の入口にはプレートがあり、そのように記載されていた。
「ということは、私はここから先には同行できないということでしょうか?」
「そういうことだろうね。でも父上はこんなプレートの話していなかったんだけど……」
伝達ミスだろうか? どちらにせよモンスターが出るわけでも、試練事態にも命の危険があるわけでもないのだから、セシルがいなかったとしても問題はないといえばないのだけれど……。単純に不安だ。
セシルも地下墓地内で1人待つのも嫌だったようで、できることなら一緒に地下洞窟に行きたいと考えているようだ。
しかしセシルが地下洞窟に入ろうとしたときである。
「痛っ!?」
セシルは見えない壁のようなものに激突した。
「セシル! 大丈夫!?」
「くッ……すみません、なにか結界のようなものがあるようでこれ以上は進めないようです」
「まじかー、仕方ない。セシルはここで待機していてください。私一人で進みますので」
ということで、残念ながらここから先は1人で行かねばならないようだ。
果たしてどのような試練が待ち受けていることやら……。
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