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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第3章 玉座への道
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12.聖典(と言う名の薄い本)の誕生

 季節は少しずつ進み、王都は本格的な冬を迎えた。

 本格的と言っても王都は氷点下まで冷えることは滅多にないし、氷も張らなければ雪も降らない。

 そうとは言っても空気は冷え澄んでいる。最近朝起きるのが辛くなった。


 ――明日、私は魔力を得るための試練に臨むことになっている。


 ラフィール教皇曰く、死ぬような試練ではないけれど精神的には死ぬような苦痛を味わう試練だという。

 逃げたい。めちゃくちゃ嫌だ。でも魔力を得なければ、私は王太子としては認められない。

 やるしかない。

 そう心に刻み込みながら今日一日どうしようかと、王宮をふらついていた。



 半月前の王国貴族議会はピンチなシーンが多々あったが、何とか乗り切ることが出来た。

 特にラフィール教皇にドナドナされた時はどうなることかと思った。

 教皇に口止め料として渡してしまった王家伝来の宝の1つである短剣については、王はそれ1つで口止めが出来たのなら安いものだと言い特に咎められることもなくてよかった。


 ヘンリー……、あの駄犬はあれからボルドー公爵家には帰っていないらしい。父親である宰相は息子の裏切りに酷く動揺し若干憔悴気味。

 王族派の、王家と関わりの深いボルドーの家門から、しかも本家嫡男が貴族派に寝返るなど一体何がどうなってそうなってしまったのか……。

 ヘンリーはおそらく貴族派の元に身を寄せているのだろうと思う。今度見かけたらぎったんぎったんにしなければ気が済まない。


 ヘンリーの件でもう1人メンタルがやられ気味の人物がいた。セシルだ。フリードリヒが死んだとき以上にヤバいらしい。幼馴染の裏切りが堪えたのか、そもそもセシルのメンタルが豆腐なのかは不明だ。

 たまにセシルを王城内で見かけることがあるし、先日ようやくおこなわれたフリードリヒの葬儀でも会ったのだけれど、何故かごめんなさいを連呼して逃げ去るのだ。解せぬ。

 別にセシルは悪いことをしていないのに、どうしたというんだ……。



 そんなことを考えながらふらついていると、庭園の方からキャハハ、ウフフという女の子たちの楽しそうな声が聞こえた。

 誰だろうかと気の陰から覗くと、そこにはガゼボ――西洋風あずまやのことだが、そこで何か冊子のようなものを見ながらお茶をしているイリスと侍女のミラの姿があった。


 昼間とはいえ冬に屋外でわざわざお茶? と不思議に思い、私も暇だし何か面白いことがあるのならと2人に近寄っていった。

 ……興味本位で近づいたその時の自分に言いたい。知らないほうが良かった、と。


「2人とも、こんなところで何してるんですか?」

「あっ! 殿下!!」

「ヤバッ!! ミラ、早く隠して!!」


 突然現れた私に動揺した2人はあたふたと冊子のようなものを隠そうとした。しかし慌てれば慌てるほど手元が狂い、冊子の1つが私の足元に落ちた。


「……こっこれは!?」


 それを拾い上げた私は驚愕した。

 冊子……あまりにも見覚えのあるその“薄い本”。

 これは、まさか、まさかの? “同人誌”じゃないか!? 何でこんなものがこの世界に存在しているんだ!?


「イ、イリスとミラ、これは一体……」


 混乱しながら2人に聞いても、イリスとミラは顔を真っ赤にして恥ずかしがるだけで答えない。


 薄い本……その同人誌らしきものは、この世界で良くここまで書いたなと思うほど、美麗な表紙だったのでとても驚いた。

 だってこの世界にはマンガなんて娯楽がそもそも存在していない。風刺画とか新聞、学術書、童話や伝記はあるけれど、本というものは大衆の娯楽と呼ぶには少々お高い。だから娯楽にはなりえないはずなのだが、何故か薄い本は確かにここに存在している。

 イラストの出来の良さにも驚かされたけれど、製本も結構本格的だ。中をパラパラめくってみると、表紙同様に中の絵もイベントで販売していてもおかしくないクオリティに仕上がっていた。


 ただ、私を更に驚愕させたのは表紙に書かれたイラストそのものだった。

 ……これはアカン。

 私が拾った本はどう見ても『セシル×ヘンリー本』だったのだ!

 しかもR18。


「2人とも、とりあえず説明をお願いしたいんだけど、これは何?」

「……あの、その、ミラ、貴女答えてちょうだいよ」

「えっ嫌ですよ! ほとんどイリス様がお描きになったんじゃないですか。私はストーリー考えて実家に印刷を頼んだだけですって」


 どうやら作者:イリス・バートリー、ストーリー原案:ミラ・セイファート、印刷所:セイファート実家というブツらしい。


 私の手にある薄い本、そしてテーブルに置かれた5冊、彼女たちが隠そうとした数冊。10冊ほどの同人誌にしか見えない薄い本がそこには存在していた。

 一体いつからこれは作られていたのか……、この量でこのクオリティ、1年や2年で作った産物じゃないぞ。


「2人とも、別に私は怒ろうとか馬鹿にしようと思っているんじゃないよ。ただ純粋に興味があって聞いてるんだ」


 そう言うと2人は顔を見合わせて、しぶしぶと言った様子でイリスが説明を始めた。


「……6年前よ、私がお城で暮らすようになったころから作り始めたの。ミラがね、こんな空想上の内容の本が出てきた夢を見たらしいのよ。その話を聞いてるうちに、なんだか自分でも作れるんじゃないかなって思って」

「そうなんです。私、たまに変な夢を見ることがあって、鉄の鳥が飛んでいたり、天を貫くような摩天楼そびえ立つ風景を見たり……。その時にとっても綺麗で……卑猥な薄い本が出てくることがあって。イリス様のお話相手をさせていただいているので、その時にそれをお話ししたんです」

「そういうわけで、自分たちでも作ってみようって話になったのよ。描いてみたら意外と私って絵の才能があったみたいで、すごくよく描けたし、ミラのストーリーが秀悦で、しかもミラの実家は新聞社で印刷もしているからせっかくだから製本もしようって話になって……」


 よく原理は分からないけれど、ミラは夢見術とかそういう才能でもあるんだろうか? 私の前世である現代を夢を通じて覗き見てしまったということなんだろう。

 そこで垣間見た薄い本に興味を持って、自分たちで作って、読んで楽しんでいたと……。


「そっ、そうなんだ。初めて見るものだったからすごく興味深いよ。イリスは凄く絵が上手だし、ミラの作ったストーリーとか本当に面白いよ」


 それにしても良くできている。

 先ほどの『セシル×ヘンリー R18本』を読んでみると、絵だけではなくストーリーも興味深い。この本、描かれたのは数年前であるはずなのに、ヘンリーがセシルを裏切って貴族派と通じている描写がされていた。……ミラは予言者的な力もあるんだろうか?

 ちなみに結末は、ヘンリーがセシルを庇って死ぬバッドエンドの悲恋ものだった……。


 他の本も見てみると、なかなかに2人は腐っていた。夢本でもよかったはずなのに、全部BL本でしかもR18ばかり。……私も大好物です。本当にありがとうございました。

『セシル×ヘンリー本』の他にも『エヴァンス将軍×ボルドー宰相』、『陛下総受け本』まであった。……流石に王様総受け本は不敬罪では。生もの取扱注意だ。


 しげしげと物色していると、『モブ×フリードリヒ本』まであった。内容は他のよりもいささか過激で、ヘンリーに媚薬を盛られたフリードリヒが前後不覚になりながらモブに手酷くごにょごにょされる内容だった。……そうか、彼女はこうやって日ごろのストレスを発散していたのか。


「私たちはこれを“聖典”って呼んでるのよ」

「……聖典」

「そう、聖典よ!」

「はい、聖典ですよ殿下!」


 もう何も突っ込むまい。

 そう思いながら次の本に手を伸ばした時、イリスが慌てた声を上げた。


「あぁっ、それは駄目っ!」


 イリスが慌てて止めようとしたが、それよりも早く私はその一冊を見てしまった。

『フリーデルト 男体化総攻め本』を。


 ……頭が、脳内がピヨピヨしている。

 私は今間違いなく混乱している。


 イリスには色々聞きたいことはあった。

 でも聞いたら聞いたで恐ろしい回答を貰いそうだと思い、言葉が出てこなかった。


 慌てたイリスが「好きなのは貴女の顔だけで、男だったら良かったのにって妄想を詰め込んだだけなのよ!」とかなんとか釈明が聞こえてきた。……もうよく分からない。


 ――そのうちフリーデルトは考えるのを辞めた。



 ◇◇◇



 その24時間後――、私は聖典の衝撃が大きすぎて頭がピヨピヨ状態から回復しないまま、試練に挑む羽目になったのである。

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