11.悪魔との取引き
「お願いします! どうか見逃してください!!」
ラフィール教皇によって別室にドナドナされた私は、彼からお姫様を解除されるや否や、開口一番にそう叫び、自分でもびっくりするほど美しいスライディング土下座を決めて教皇に泣きついた。
「お願いです! 私が王にならないと、最悪の場合ヘンリーとセシルが呪詛で死ぬことになります。それは避けたいんです! ヘンリーは貴族派にホイホイ手懐けられてるし、私がどうにかしないといけないんです。何卒、何卒!!」
呪詛の件は教皇だって知っているはずだ。このままヘンリーを王太子にすれば遅かれ早かれ呪詛にやられることになると。だから教皇に、私の性別を男であると証言してもらえるように説得できる可能性はある。
どうにかして教皇を丸め込まなければいけない。ここには私とラフィール教皇だけ。誰の力も借りることは出来ない。私がやらなければ、何とかしなければいけない。
そう思った結論がスライディング土下座からの懇願だった。
ラフィール教皇はそんな私を見て、一瞬あっけにとられた表情をした。
そして――。
「フフッ、……フフフフフフ! アーハハハハッ!!」
教皇は大爆笑した。もう涙を流さんばかりに笑った。
……私はいたって本気でそれをやった。ふざけてはいない。笑うとは失礼な。
「15分」
「……はい?」
ひとしきり笑い尽くした教皇がそう言った。
「その持ち時間内で貴女が私をどう説得するつもりなのか、それを見てみたくてこちらへ移動してみたのですが。そうですか、フフフッ、――いやぁとても面白い、斬新だ。実に新しい」
「……私は笑われるようなことをしているつもりはないですけれど」
「そうですか? そうれならば――異界の者は皆そうなのですか?」
「は?」
今確かに教皇は“異界”と言った。
「元々貴女がいた世界のことですよ」
誰にも話したことはない。私が転生してきたことを……何故?
教皇は別室にあったソファーに優雅に腰かけて話を続けた。
「貴女とはゆっくり話してみたかった。今回は15分程度しか話すことは出来ませんが、貴女のいた世界のことや、その世界から観測したこの世界の物語を直接聞かせてもらいたいと。常々そう思っていたのです」
しかも乙女ゲームという原作のことまで察しているかのような口ぶり。
一体この人は何なんだ? 300年を生きるエルフの血入った教皇――エルフはそんなことまで分かると? いや、そもそもエルフの血が入っているのではないかという推測だ。彼を長命たらしめている本当のところは誰も知らない。
目の前の人物にうすら寒さを感じる。ずっと感じていた気味の悪さ。一見天使の如き美丈夫にしか見えないが、ほとんど絶やさぬ笑みには違和感しかなかった。
「……どうして、私が転生してきたことを知っているんですか?」
「転生?」
私が問えば教皇は少し考えるそぶりをした。
「……そうですね、転生、そういうことにしておきましょう。確かにあちらでの肉体は失われているからこちらにきたのでしょうし」
何故か歯切れの悪い言い方だ。
「私は特別な力があります。我らが神であるカラス神より与えられたいくつかの権限、それがあるので異物はすぐにわかります。……異物と言っても排除するつもりはないですよ。こんなに面白くなりそうな貴女を排除するのはあまりにもつまらない」
「つまらないって……」
「当初は必死に懇願する貴女の要求を拒否して、“フリーデルトは女である”と皆に報告しようかとも思っていたのですが、やはり貴女が紡がんとしている物語には期待できる。……今ここで貴女の絶望した顔を見るのもいいと思いましたが、ここは条件付きで見逃しましょう。……ここから先に進むほうが、貴女にとっては苦悩と絶望の道。その歴史の方が楽しい世界になる」
「教皇、貴方は……」
“条件付きで見逃す”と教皇は言った。条件については気になるが、このピンチを乗り切ることが出来る可能性は見えてきた。
だから教皇の機嫌を損ねたくなくて、私は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「悪魔とでも? 何とでも思っていただいて結構です。私はね殿下、絶望や苦悩、痛みや苦しみとは、人が物語を紡ぐうえでは絶対に欠かせない要素だと思っているんですよ。それに晒された時の人は本当に美しい。愛おしく美しいものを見たいと思うのは普通のことでしょう?」
この人は……。
かつてシルビアを王妃にしたいという王に協力したこと、マーガレット妃に協力しルイの性別を偽ったこと、その時は良くても後々それは当人たちをとんでもなく不幸にしている。
シルビア王妃なんて滅茶苦茶ヤバイ呪詛残して死んでるし。マーガレット妃とルイは不幸未遂だが、もしルイが性別を偽ったまま協力者もなしに王になっていたら……いずれその秘密は露呈し、2人とも悲惨な末路を迎えただろう。
「条件付きで見逃してもらう立場で意見はしたくありませんが、人の人生は貴方が楽しむための物語ではありません。不幸な結末が見えているのに、むやみやたらと善意に偽装した悪意をバラまくのは辞めたほうがいいと思います」
「そうですね、以後気を付けましょう」
そういうとこの話は終わりだとばかりに、教皇はソファーから立ち上がった。
「さて、そろそろ10分経過します。話を進めましょう。貴女の性別の件、見逃すための条件についてです。これは貴女からのお願い事ですから、ただで協力するわけにはいきません。その契約の対価をいただきます」
「対価というと……えっと教会への献金とか? はっ、もしかしてイリスを渡せとか!?」
「あはははははっ!!」
またしても笑われてしまった。この人の笑いのポイントが今一つ理解できない。
まぁ、人の不幸が美しいとか思っている悪魔みたいなやつだから、凡人には理解しようがないのかもしれないけれど。
「……何がおかしいのですか」
「いいえ、いいえ? そんなものは不要です。金も治癒の魔法使いも、私には何の価値もありません」
そう言って教皇はすらっと綺麗な指を私に向けてきた。
「私が欲しいのはソレです」
「……そんな、まさか私の身体目的……だ、と?」
私の言葉に教皇はまた吹き出しかけた。
「いえ、いいえ。貴女自身にもさして興味はないです。私が欲しいのはソレですよ、ソレ」
そう言って指さす方向をよく観察すれば、私の腰あたりを刺しているように見える。腰にはいつも身に着けている短剣がある。王から下賜された死の魔法が付与された例のブツだ。
「もしかしてこの短剣ですか?」
「えぇ。それと引き換えに貴女の性別については“男である”と私が保障いたしましょう。魔法の契約です、私はその短剣と引き換えに貴女の性別を他言しません」
王に下賜された短剣をホイホイ他人にあげるわけにはいかない。しかし非常事態だ。背に腹は代えられない。王にはあとで事情をせ説明して謝罪するしかない。
王はこの短剣について、とても貴重な王家の宝の1つだと言っていた。しかし、その実この短剣の来歴はよくわかっていない。大昔から、おそらく二代様の時には既に王家の所有だったそうだが、どういう経緯でそうなったのかは不明。
「わかりました。これ1つで貴方が協力してくれるというのであれば差し出しましょう。ただこれは注意したい点が……」
「大丈夫ですよ、“知っています”。死の魔法が付与されているのでしょう?」
「えっ、ええ……」
何故知っているのか気にはなったが、それを聞いているだけの時間の余裕はない。もう15分近い。早く議場に戻らなければ。
短剣を教皇に差し出す。
教皇はそれをとてもとても大事そうにそれを受け取り、愛おしいと言わんばかりに頬ずりした。
それはとても美しく絵になる光景だと、不覚にも目を奪われてしまった。
「確かに対価を受け取らせていただきました」
教皇はそういうと、もう用はないとばかりに部屋から出ていこうとした。
しかし扉を開けた時、フッと思い立ったかのように言葉を紡いだ。
「そうだ、もし貴女が多くの困難の末、私の望みすら打ち破って見せるというのであれば――その時は私の宝物たちを見せて差し上げましょう」
「……教会の収集品ということですか?」
「いいえ、誰にも見せたことのない私だけの秘密の宝です。”我が王”の宝」
そう言ったっきり、教皇は議場に戻るまで一言も話そうとはしなかった。
◇◇◇
議場に戻ると、壇上のメンバーは皆お通夜状態だった。もうダメだ終わったと言わんばかりの表情だった。
私がドナドナされる前に、教皇が“その間無用の議論や発言はなさらないよう”と言ったおかげで自白はしていないのが幸いだ。自白していたら元も子もなかった。こればかりは釘を刺しておいてくれた教皇に感謝だ。
一方貴族派やヘンリーは、壇上のお通夜状態を見て勝利を確信したかのような表情だった。
しかし教皇が、間違いなくフリーデルトは男であったと宣言し形勢逆転。
そんなバカなと唖然とするコナー伯爵やヘンリーを尻目に、お通夜状態から脱した王が“疑念は全て晴れた”と宣言し、フリードリヒの葬儀の日程など告知しそのまま王国貴族議会は終了した。
乗り切った……私は転生後最大の危機を乗り切ったのだ!
マジでつらかった……やばかった……。
教皇が悪魔みたいなやつだとか悪魔みたいなやつだとか悪魔みたいなやつだとか!! そういうことはさておきだ、ヘンリーが裏切ったことも今おいておこう。
私には次の課題がある――魔力を得るための謎の試練を受けなければいけないのだ。
“身を刻まれるよりも更に酷い苦痛を味わう”そんな恐怖の試練が待ち構えているのだ。
……死にはしない、やるしかない。私はそう決意を固めるより外になかった。
後にフリーデルトは試練についてこう思う。
“身を刻まれるよりも更に酷い苦痛を味わう”ってそういう意味かと……。
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