8.友と袂を分かつ時
王国貴族議会を開催し、フリードリヒの死と後継者をフリーデルトにするということを公表する。
それに先駆けて、私たちは事前に想定問答集を作成しておいた。要するにこういう質問や意見が来た場合に、誰がどのように回答するかを前もって決めておいたのである。流石に出たとこ勝負とはいかないし。
色々意見を出し合って考えた結果、どのようなツッコミに対しても概ねなんとかかわせるだろうという結論ではあるのだけれど、唯一こればっかりはどうしようもないことがあった。
見た目はどこからどう見てもイケメン王子様でも、私は生物学上は間違いなく女だという点だった。
「フリードリヒ殿下は真に男であらっしゃられるのか?」
コナー伯爵の一言に議場はざわめいた。
私の性別に対する懐疑的なざわめきではなく、「何言ってんだこの爺さん、どう見ても男だろうが」という感じだった……。
その空気を察したのかコナー伯爵は言葉を続けた。
「この世には、女らしい女、男らしい男、どちらにも見える男女もいれば、女に見える男や“男に見える女”も間違いなく存在している。私も王家の皆さま方や宰相閣下、将軍閣下が嘘偽りを述べ我々を騙そうなどとは考えておりません。――が、しかし。これまで王女とされてきたお方をいきなり王子であると申されましても、やはり僅かながらにも疑念をいだかざるをえませんな」
その主張に対し答えたのは王だった。
「コナーよ、これまでの偽りは本当に申し訳なく思っている。そのような疑念も最もなこと。だがしかし、フリーデルトの性別を如何にして証明する? どうすれば納得するのだ。まさかここで丸裸になれとは申すまいな?」
王は想定問答集通り回答した。どう証明するつもりなのか、ここで王子を丸裸にしろというのかと。流石にそんな不敬な要求は出来ないだろうという想定だ。
「フリーデルトは男である。それは王である私の目で見て確認が出来ていること。王の目に疑念があると?」
更に王が畳みかけた。王が信用できないのか、この一言で相手は引き下がらざるをえないとの予想だった。
しかし、想定に反してコナー伯爵はなおも食い下がってきた。
「陛下、私はただ心配しているだけなのです。もし万が一、いや億が一のことがあってもなりません。二代様は王は男でなければならないと定められているではありませんか、女王は認めずと。この場で脱げとは口が裂けても申しません! なれど、別室にて確認させていただくことくらいは……」
往生際の悪いコナー伯爵には苛立った。
これ以上ツッコまないで欲しい。さっさと引っ込め。
そんなことを思っていたら、つい……本当につい口が滑ってしまった。
「くどい」
叫んだわけではなかった。決して大声でもなかったと思う。でも独り言にしては大きく、私の声はばっちり議場全体に響いてしまっていた。
何この議場、めっちゃ声の響き良くない?
向けられる視線が痛い。60人以上の視線が私に集中する。
「……殿下、そのように申されますかな。私はあらゆる疑念を晴らしておくべきだと、ただそのように申し上げているだけであります」
「それでは何か? もし私が真に男だと証明された暁には、私や陛下を疑い、我が玉体を目にした者は、その咎で両の眼を自ら抉り出すことも辞さない覚悟があるというのか?」
もう自分でも何を言っているんだか分からなかった。分からないなりに何とか偉そうに堂々と言ってのけた。内心ばっくばくである。もう心臓が口から飛び出るかと思った。
でも頑張った! 私凄く頑張ったよ!!
ふとラフィール教皇と目が合った。またしても面白そうな目でこちらを見つめている。
こいつ、絶対人の不幸を楽しんでやがる。不幸とか混乱とか、修羅場系を心底楽しんじゃうタイプだこの人。
普段の私は、やんわりふんわり丁寧で親切な口調であることが多い。たまに心の声が漏れだすこともあるけれど、基本的には穏やかな性格だ。
しかし今はそれとは似ても似つかない、苛烈さを感じさせる力強さがあった。自分で自分をほめてあげたいくらい、よく反論できた!
さぁ、コナー伯爵よ引き下がり給え!
私の気迫に押されたのか、コナー伯爵はたじろいだ。
コナー伯爵だけではない。普段の私を知っている人たちからも、同じ壇上にいた皆からも驚きの眼差しを向けられた。
これならこの状態を押し切って乗り越えられる。そう思った時だった。
意外な伏兵が現れたのである。
「親父はそれでいいのかよ」
一言。
若い声が議場に響いた。
この場にあるには若すぎる声と、場違いな物言いに周囲は静まり返った。
「ヘンリー……場を弁えよ。此度の王国貴族議会においてお前は参加者ではなく、私の後継者として見学者を許されただけの立場。発言の権利などない」
「親父、……いや父上に申し上げる。我々ボルドー公爵家はそのようなことを認めるのか?」
「……どういう意味だ」
「陛下はエヴァンスの血統ばかりを重んじ、我らボルドーの血統を軽んじておられる」
ヘンリーの言葉に宰相は激怒した。正直こんなところで親子喧嘩はやめて欲しい。
「口を慎め、ヘンリー! 陛下に対する侮辱であるぞ! ルイ殿下が病弱であることは周知の事実。お前の叔母であるマーガレット妃もルイ殿下本人も、皆納得して王位継承者はフリーデルト殿下であると結論を出したのだ。血統云々の問題ではないし、全て公平なことだ!」
「いいや、こんなのは不公平だね! 叔母上は王妃になれず、王妃不在となっても未だに側妃のまま。せめて我がボルドー家の血統であるルイ殿下が次期国王となればとも思ったが、病弱で無理と来た! それならば次は俺かセシルにその権利がある! ボルドーの血統のルイ殿下が不適格となれば、王に選ばれるべきはセシルではなく俺だろう!? それが道理ってもんだろうが!!」
「貴様っ、血迷ったか!?」
私は焦っていた。もう心の中ではアワアワしていた。
ヘンリー!? 君は一体どうしてしまったんだい!?
反抗期とかそういうのではなくて、これは明確に敵意である。
私たちを見つめるその炎のような瞳は、最早かつてのような純朴な子犬のような眼差しではない。生前の乙女ゲームでも見たことがなかった敵意の眼差し。狂犬のようだ。
王になるのは、王に相応しいのは自分だ。そう主張している。
「血迷っているのはお前らの方だ! フリーデルトが王子? 仮に本当に男だったとして、魔法が使えない奴が王になる? そんな弱い王が立ったら他国になめられるじゃねーか。この国を危険に晒すだけだ!」
くっ……痛いところを突いてくる。よくもあえて言わなかったことを大っぴらにしてくれたな、ヘンリー。
私が魔法使いではないことは一般的には知られていない。王家の直系は皆魔法が使えるのが常識で、私は完全にイレギュラーな存在だ。
みんな私が魔法を使えると思い込んでいるし、聞かれることもないと判断してあえて言わなかったものを。
案の定、貴族たちはざわめいた。
魔法が使えない王家直系? それこそ王には不適格なのではないか。そんな雰囲気に一気に場は傾いた。
明らかに潮目が変わったのを感じた。
「公子の言う通りである!」
ヘンリーの主張に追従したのは、何とコナー伯爵だった。
「公子の申したように、陛下はエヴァンス公爵家に甚だご執心のご様子。今は亡きシルビア妃の遺児を王位につけたいという親心が先行し、大義を見誤っておられる。……魔力を持たぬ王など飾りにもならぬ。ならばヘンリー殿こそがこの国の未来を担うべきではないか? そう思うであろう、皆々様方!」
そのコナー伯爵の言葉に、他の貴族派と思われる貴族たちも口々にヘンリーの方が相応しいと主張し始めた。
貴族派だけではない。その波は王族派貴族たちにも広がりつつあった。
馬鹿な……コナー伯爵は貴族派筆頭。いくら王族側で内輪揉めを起こしているからと言って、王族派のボルドー公爵家の子であるヘンリーを庇い、あまつさえ王に推す道理があるか?
さっきまで私の性別問題を槍玉にあげていたコナー伯爵は、コロッとヘンリーの主張に乗っかったように見えた。
しかし――まさか?
まさか最初からそうする算段だったのでは?
確信は持てない。だってヘンリーが“貴族派に寝返る”だなんて。
王家を守るはずのボルドー公爵家の嫡男が、まさかそんなこと――。
でも、もし本当にヘンリーが貴族派と手を組んでいたら? 最初から何かしら理由をつけて私を不適格と結論付けさせて、ヘンリーを次期国王に推挙する算段だったら?
私、詰んでない?
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