2.フリーデルトという悪役王女
起床したはいいが、フリーデルトとして8歳になるまで過ごした記憶は酷くあいまいでどうしたらいいか分からなかった。
「んー、なんか記憶を掘り起こしてるってよりは記録を閲覧してる感じ? 生まれてから今までのことってなんか上手く思い出せない……」
それでもなんとか記憶を掘り起こしてみたが、フリーデルトは常に人形の様だったことしか思い出せなかった。
フリーデルトは自分から動くことも話すこともない、まるで生き人形だった。
フリーデルトの一日は侍女が揺すって起こし、立ち上がるよう促されれば立ち上がり、侍女たちにドレスに着替えさせられ髪を整えられて、促されるまま食事をして、一日中一言も発することなくただボーっと豪華な椅子に腰かけているだけ。
「おっかしーな、原作のフリーデルトにそんな設定はなかったんだけど。書かれていなかっただけにしては謎な設定じゃない?」
少なくとも17歳のフリーデルトは、高飛車で傲慢で自分勝手な王女様だった。
考えても仕方がないことではあるが、少しだけ引っかかる事象ではあった。
◇◇◇
外を見るとまだ僅かに薄暗く、部屋にかけられた豪華な時計は5時30分を指していた。起床時間帯には少し早い。
侍女がいつも起こしに来るのは何時か分からなかったが、常識的に考えれば7時前後であろう。まだしばらく時間がある。
部屋の中は少し薄暗かったが、王女様の部屋というだけあって何もかもがゴージャスだった。今まで横になっていたベッドも豪華な天蓋付きだし、薄暗い中でも輝く豪華なシャンデリア、ソファー、鏡、調度品のどれをとっても生前では見たこともないような凄い品ばかりだった。
「バルコニーには——出られないか……」
バルコニーに続く大きな窓は施錠されており開かなかったが、広々としたバルコニーとその先には青い湖が見え景観ばっちりである。
外の景色には興味があったがバルコニーには出られなかったので、とりあえず大きな鏡の前に立ち今生の自分の姿をまじまじと見てみた。
「なるほど、これは美少年だ」
思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど、フリーデルトは美少年にしか見えなかった。
原作の17歳のフリーデルトもそうだったけれど、このフリーデルトという王女様は可愛らしい女の子の容姿ではない。何で男に生まれなかった? と言った感じで、もし男に生まれていたのなら絶世の美青年に成長したことだろう。
フリーデルトの容姿は、金髪碧眼、切れ長の目に薄い唇、シャープな顔立ちの所謂綺麗系。
童話に出てくるようなキラキラの王子様風の容姿だし、天使に例えても不思議ではなかった。。
原作のフリーデルトは物凄くこの容姿に酷いコンプレックスを持っていた。
「美しい——確かに美しい顔立ちだけど、男の子にしか見えないわ。これでドレス着てたらミスマッチもいいところだわ」
前世の感覚から言えば、性別関係なくこの顔であれば人生バラ色は間違いないような容姿だった。
しかしこのベルン王国では可愛い系の女性のほうが絶対的にもてる……という原作の設定だった。
原作ではフリーデルトは国王主催のパーティのたびに、他の貴族たちから陰口をたたかれたと書かれていた。
「いくら王位継承権のない王女様とはいえ、仮にも王族に対して陰でコソコソと容姿を蔑まれれば……そりゃ容姿コンプレックスを拗らせるだろうね」
その結果、フリーデルトはイリスを目の敵にした。
豊かな茶色の髪に大きなエメラルドグリーンの目、マシュマロのようにフワフワな頬……。
理想的な女の子が目の前に現れて、しかも貴族でもない一般市民のくせに身分の差も考えずに王子や大貴族の令息と仲良くする。
その姿はフリーデルトにとってには、毒以外の何物でもなかったのだろう。
とはいっても、今フリーデルトとなったのは現代人の私である。身体は8歳のフリーデルトでも、中身は30歳いオタク女子で社会人経験もそこそこ長い。容姿について陰口をたたかれようが、面と向かって侮辱されようが、激昂するような沸点が低く短絡的な性格でもない。
この世界では褒められた容姿ではなくても、私の感覚的には120点満点である。
「いやーマジで鏡から離れられなくなりそう。ナルシストにでもなったみたい。まっ、どうせ将来的には政略結婚で他国に嫁ぐし、もしかしたら他国ではこの容姿が褒められるかもしれないし」
物事は何事もポジティブに考えるべきだ。
乙女ゲームの世界に悪役ポジションで転生してしまったのだから、せめて天寿を全うできるように頑張ろう。
◇◇◇
さて現在6時ちょうど、自分の容姿をたっぷり堪能したところで、早いうちに原作の乙女ゲームの情報を書き出しておきたいと思った。記憶は薄れ、忘れてしまうものだから。
「流石に大まかなストーリーは忘れないだろうけど、細かな設定とかエピソードとか忘れちゃいそう。書き出したいんだけど、この部屋紙とかペンとかないの?」
少なくとも見えるところにはない。
記憶を辿っても、一日中ボーっとしているフリーデルトが筆記用具を使った記憶はない。
頑張って探した結果、豪華ではあるがかなり年季の入った棚から何か訳の分からない模様が描かれた大きめのボロ紙を発見した。ソファーの下からは誰かが落としたのかペンが出てきた。
「原作の大まかなストーリーと、王家について、2つの公爵家の関係といざこざについて、3年前に暗殺された母であるシルビア王妃と嫌疑をかけられたマーガレット側妃について、第二王子ルイについて、教会について……」
とにかく覚えている限りのストーリーと設定を紙に書き出した。
原作を知っているということは未来を知っていることと等しく、また普通では知ることができないようなとっておきの情報を握っているということである。
この紙は他人に見られるわけにはいかないので、元々紙があった古びた棚の奥に隠すことにした。
いざというときに読もう。
そうこうしているうちに、ガチャっと部屋のドアが開く音がした。
侍女が起こしに来たのだ。
紙は隠した、ギリギリセーフ!
「お、おはようございます! いい朝ですね!」
とりあえず挨拶をしてみたが、すぐにしまったと思った。
侍女は挨拶をしてきたフリーデルトを見て完全にフリーズしてしまっていた。
今まで話すことも自分で動くこともなかった人形が突然動いて話しかけてきたのである。
ある意味ホラーだ。ドッキリにも程がある。
「あ、あ、何で? 王女様が自分で起きて? お話されている?」
混乱の極みの彼女はとりあえずドアを閉めた。
そしてもう一度ドアを少しだけ開けて、こちらの様子をうかがっているようだ。
とりあえず手を振ってみた。
侍女はもう一度ドアを閉めた。
そしてフリーデルトの耳には、侍女が大慌てで走り去っていくであろう音が微かに聞こえた。
(これはちょっと面倒なことになるかも……)
今日一日はゆっくりしている暇はないんだろうなと確信した瞬間だった。
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