4.王の肖像
「王家の秘密を教えよう」
そう言って王は部屋を出た。
私もそれに続いて歩いていく。
城の回廊を進む。
相変わらず私の心はムカムカしていて、この男を背後から鈍器のようなものでぶん殴ってやろうかと物騒なことを考えていた。……鈍器、鈍器はないか。
やってきたのは儀式の間という部屋。
扉を開ける。蝶番がきしむ音が響いた。
この部屋に来たのは初めてだった。この部屋は、王が最低でも月に一度は行わなければいけない儀式を執り行う部屋である。
部屋の中には少し長めの廊下があり、その先には更に扉があるのが見えた。
「これは……」
廊下の壁の両側には、ずらーっと20枚ほどのデカい肖像画が飾られていた。
「これは、ベルン王国の歴代国王の肖像画だ。手前側から奥に向かって年代は古くなっていく。さぁ、来なさい」
王に促され更に奥に進む。
飾られた歴代王たちの肖像を見ながら歩いた。多くが私やフリードリヒ、王もそうであるように金髪碧眼だった。たまに燃えるような赤毛や氷の様なシルバーブロンドの王もいた。ボルドー家やエヴァンス家の血筋が強い王なのだろう。
そして廊下の最奥、扉の前に飾られた2つの肖像画。
1つは二代目国王ミハエル様の肖像。……驚くほど私に似ていた。もう私ですか!? レベル。私の容姿はラフィール教皇に似ていると思ったけれど、私と二代様はご本人様レベルだった。
フリーデルトの容姿は王にもシルビア王妃にも似ていなかったけれど、そうか、この顔は二代様の遺伝子だったのか。300年近い時を超えての隔世遺伝ということだ。
そしてもう1つの肖像画、そこには初代ベルン国王“狂王”の肖像画があるはずだった。
「これは……折れた剣?」
狂王の肖像画が収められているはずのそこには、額縁はあったが、収められているのは肖像画ではなく折れた剣だった。
剣の先、20cmほどあったであろう部分はぽっきり折れて失われていた。
「そなたも知っての通り、初代様に関してはその真の名も肖像画もゆかりの品も何もかも残っておらぬ。その剣を除いては。かつてその剣で斬られたものは須らく命を落としたという。そういう魔法がかけられた剣だった。今もその力は残っているのか分からぬが……」
「どうして初代様に関するものは失われてしまったのですか?」
「真の名と肖像画を抹消したのは二代様だと伝わっている。その理由は分からぬ。ゆかりの品々がないことについては、二代様が気が付いた時には一切合切失われていたそうだ」
私がボルドー宰相との授業で習った時は、それらの理由は分からないという話だった。そこまで詳しいことは歴史書に記されていないとのことだった。
なのに何故王はそれを知っているのだろうか?
「そのような詳しいことは聞いたことがありません。王家には別の話が伝わっているのですか? 宰相に教えていただいた際には、詳細な建国史は300年も前のことで伝わっていないという話でしたが」
「我々ベルン王国の歴史は“ベルン王国史”に大半が記載されており、それは誰もが見ることが出来る歴史書だ。しかし国王と王位継承者だけが見ることが出来る“ベルン王国公記”という書物がある。そこには様々なことが記されている。……そなたに譲るからあとで良く読むといい」
「私はまだ王位継承者になるとは納得しておりませんが」
そう反論したが王は華麗にスルーした。
「公記には公にしかねる内容も書かれている。真の歴史書だ。それによると二代様は初代様の実子であったが初代様は育てることが出来ず、自身の弟と妹に託したそうだ。初代様の配偶者については記されておらぬ」
「……ゆかりの品々が失われたのは、二代様が抹消したと考えるのが普通では?」
そう問えば、王は首を振った。
「公記にもそこまでは詳しく記されていないが、二代様は初代様をとても敬愛していたそうだ。初代様は国を建てられた後にさほど経たずに亡くなり、二代様は必至で国を整えることに尽力された。そして国が落ち着いた頃には、気が付いたら遺品はあの折れた剣しか残っていなかったそうだ」
なんじゃそりゃ。火事場泥棒みたいに、混乱期だったから盗まれたとか?
それにしたって初代国王の私物を一切合切盗まれるって、いくら何でも管理体制ゆるゆるすぎるだろ。
「誰かが初代様の遺品を盗んだ?」
「おそらくは。……おぞましき呪い『ケイオス』を封じるために身を犠牲にし楔となった初代様の大切な品々を」
「おそまじき呪い……犠牲?」
なんだそれ? ”おぞましき呪い『ケイオス』”とは? ケイオスと言う言葉自体はカオスと同義で”混沌”という意味だけど。
シルビア王妃の呪詛といい、うちの王家呪われすぎじゃないか?
王は私の疑問の声には以上答えず、奥の扉を開けた。
その先は地下へ続く長く緩やかな階段があり、冷たい風が吹きあがってくる。冬だから風が冷たいのは当然なのだけれど、そういう冷たさというよりは恐怖心を煽るようなゾクゾク感を伴った冷たさだった。
緩やかな階段を下っていく。先が見えないほど長い。
再び王が言葉を紡ぎ始めた。
「アニムス教は知っているな?」
「もちろんです。“この世界はアニマムンディという天にある精神の集合体から生み出された世界であり、そのアニマムンディの使いである管理者のカラス神がお守り下っているというものだ”という教えでしょう?」
怪しさ満点のラフィール教皇。彼が率いる教会が掲げているのがアニムス教だ。
何故王はいきなりその話を?
「そうだ、しかしベルン王国公記にはもっと詳しい話が書かれている。世界の始まりと、ベルン王国がいかにして作られたのか」
王は階段を下りながら、ベルン王国公記に記された内容を話し始めた。
それは歴史であり神話ともいうべき内容だった。
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