3.迷案
きっとフリーデルトがイケメンフェイスだったのも、私が男装したいという希望が通ったのも、すべては“フラグ”だったのだ。
貴族の中には本気で私のことを男だと思い込んでいる人もいるらしいし、自分としてもフリーデルトは男として生まれてくるべきだったと思う。
だがしかしだ! どうしたって私は女! お・ん・な!!
いくら男に見えるからと言って、女なのに男装して王になる? どうかしている。
「……父上、流石にそれは無理があるかと」
先ほどは“ばっかじゃないの?”と暴言を吐いてしまったが、何とか冷静を取り戻そうと感情を押し殺して王の案を否定した。
「なに、心配はいらぬ。そなたはどこからどう見てもイケメン王子だ。王女だと言うほうが信用できない」
おい、父親と言えども実の娘に対してそれは酷くないか?
私だって、この美しい顔を気に入っていないわけではないけれど、できることならイリスのような可愛らしい顔に生まれたかった。
「いや、そういう問題じゃないでしょ。いいですか父上、どうあがいても私は女です! どんなにイケメンフェイスでも付いてないものは付いてないんですよ!? 考え直してください!」
そう魂からの叫びをぶつけてみたが、王はもう決めたとばかりに聞く耳持たず。それどころかまたもやとち狂った案を披露してきた。
「それから、フリードリヒの婚約者だったイリスはスライドさせてお前の嫁とする!! そうすれば治癒の聖女も王家の元に置いておくことが出来る。名案だ!」
いやいやそういうのを迷案って言うんだよ!
「バカだ……」
もうめちゃくちゃだ。原作乙女ゲームの影も形もない展開だ。
一体どうしてこうなったのか?
……思い当たる節はありすぎた。
原作に反して、さっさとフリーデルトとイリスを婚約させようとしたこと、本来貴族派に洗脳されるはずだったイリスが無事だったこと、イリスがフリードリヒを凶悪生物G並みに嫌いになってしまったこと、そのそも悪役であるはずの私がその役を全うしていないこと……。
原作崩壊……完膚なきまでの崩壊。そしてその代償を払うのは私自身……。
マジでヤバイ、王位継承者とか王様とかそういう柄ではないし、そんな命の危険がある役どころは御免被る。
そもそも私は17歳で処刑されたくないから色々頑張って生存戦略を練ってきたはずだった。
なのにこの有様は何!? 私はただ、普通に生きたいだけなのに。
「フリーデルトよ、異論があるのはもちろん理解している。しかしそなた意外にこの大役を務められるものがおらぬ……もはや我が王家から男の王を出すわけにはいかぬのだ」
その王の言葉にドキッとした。
「父上、もしや母上の……」
そこまで言って思わず口ごもってしまった。シルビア王妃の呪詛を信じているのかと問うのは憚られたから。
「知っていたか。シルビアの最期の言葉を……」
王は先ほどまでの勢いが嘘のようにシュンと小さくなってしまった。寂しそうな姿を一瞬哀れだとも思ったけれど、そもそもシルビアが追い詰められてしまった原因は王にある。
一体何がそこまでシルビアを追い詰めたのかは分からないけれど。
「……宰相と将軍が話しているのを偶然聞きました。兄上が死んだのは母上の呪詛のせいではないかと。母上の最期の言葉通りであれば、王家直系ではなくても、例え一滴も王家の血が流れていなかったとしても、王になる男は全て死ぬと」
「そうか……。おそらくはその通りで、フリードリヒの死はシルビアの呪いによるものだ。呪詛の媒介である人毛の灰を入れたものは別にいるにせよ、母が息子を死に至らしめた。その禍は王になる男すべてに及ぶ。だからヘンリーもセシルも王にするわけにはいかぬ」
だから女の私なら呪詛の対象外になるという理屈か。
「……解呪の方法はないのですか?」
ヘンリーとセシル、どちらかが王になった場合、シルビアの呪詛が降りかかるのは私も理解していた。
イリスの治癒魔法のレベルが上がって解呪までできるようになれば、恐らく一瞬で呪いは消し飛ぶし、仮にイリスがそこまでできなかったとしても普通の魔法使いたちが時間をかけて解呪をすることは不可能ではない。
そう考えていたから、どちらかが王になったとしても望みはあると思っていたけれど……。
「解呪をするためには媒介になっているものを破壊せねばならぬ。その媒介が分からぬのだ。教会の調査結果では、あの人毛の灰はシルビアの物ではなかった。……実は昨日会えなかったのは体調が悪かったわけではない、ラフィール教皇にシルビアの呪詛について報告を受けていたからなのだ」
人毛はシルビアの物ではない? そんなバカな、てっきり呪いの媒介もシルビア本人かと思ったのに。
「ラフィール教皇は呪詛には気が付いておりましたか?」
教会はフリードリヒの死の調査をしているはずだから、教皇ともなればどういう呪いがフリードリヒの命を奪ったのかわかるはずだ。
「ああ、気が付いていたよ。内容が内容なので、昨日わざわざ忍んで私に報告しにきてくれたのだ。……シルビアの最期の言葉はあの場にいた我々3人しか知らぬ。なのに教皇の報告はシルビアの最期の言葉と寸分違わぬ内容の呪詛がかけられていると……。それにここ数年私が弱り続けていたのも、その呪詛がゆっくり身体を蝕んでいるからだと……巧妙な呪詛故、今まで気が付くことが出来なかったと。これほどの呪詛を解呪するには媒介を破壊する以外に方法がないと」
やはり王の病は天命などではなかったのだ。
これはもう確定だ。フリードリヒを死に至らしめ、王を病ませたのはシルビアの呪いだ。
でも、どうして彼女はそこまで憎んだ?
彼女は“私の命を引き換えに”と言って息を引き取った。命を代償にするほどの憎しみを、どうして彼女は抱いてしまった?
「……差し支えなければ、母上がそこまで王家の男を憎む原因が何だったのかお聞かせいただけないでしょうか?」
迷いながら聞いた。聞いていいものなのか、でも聞かなければ先に進めない気がした。
「シルビアは……王妃になりたくなかった、私のことを少しも愛してなんてくれていなかった。何よりもマーガレットを裏切ってしまったことを心から悔いていた」
マーガレット妃はシルビアを憎んだと言っていた。それ以上に陛下が憎いとも言っていたけれど、シルビアにとってはマーガレットに憎まれることは耐え難かったのかもしれない。
「彼女にとってマーガレットは生涯使えるべき主であり友人だったのだ。本来シルビアは侍女長としてマーガレットが王妃になったら支える役目を負うはずだった。なのに私は……」
心底後悔しているような口ぶりだ。実際後悔しているのかもしれないけれど、何だかんだ言ってこいつはシルビアを王妃にした。
「……母上を諦めることはできなかったのですか」
凄く胃がムカムカする感覚がある。こいつは女を何だと思っているんだ?
「諦められなかった……。都合のいいことにラフィール教皇がシルビアを王妃にすることに賛同し、エヴァンスの先代公爵であるシルビアの父は娘が王妃になることを望んだ。ボルドー家は納得できぬと憤ったが、ちょうどその時にボルドー公爵家の傍流である伯爵のロベルト・コナーが離反し“貴族派”を立ち上げた。ボルドー公爵家は明確に王家に敵対する一派の独立を許した咎があり、マーガレットを王妃から降格させる理由には十分だった」
「そんな結婚、結局母上を不幸にしただけじゃありませんか」
王に言っていい言葉ではないのは分かったし、下手をしたら不敬罪になるかもしれなかった。しかし言わずにはいられなかった。
「シルビアを不幸にしてしまった。彼女は最期まで私を愛することはなかった。……子どもが生まれれば愛情がわくのではないかと思った。フリードリヒが産まれてもあまり関心が無いようだったが、フリーデルト、そなたのことは実に献身的に世話をしていた。だからきっといつかは私のことを許してくれると、愛してくれるのだと……」
この男は……。
結局権力を笠に着てシルビアの心を踏みにじった。命を対価にして呪詛をかけるほどの憎しみを抱かせた。
そしてまたもや出てきたラフィール教皇、やはり彼に関わったものは軒並み不幸になっている。
直接的ではないにしても、不幸の遠縁を作っている。
一体彼の目的は何なんだ?
そして貴族派の代表格ロベルト・コナー伯爵。
このタイミングでの離反劇は偶然なのだろうか? あまりにも出来すぎているように見える。
それにしてもムカムカが止まらない。
こんな男の言う通りにしなければいけないのか? 私が体を張ってまで王家って守らなければいけない存在なのか?
それならばいっそのこと……滅びてしまったほうがいいのではないか。
「フリーデルトよ、そなたの心のうちは分かる。こんな愚か者のために男装して王になるなどとバカげていると」
王はそう言うとやせ細った身体を必死で動かしベッドから降りた。
そして側に立て掛けてあった宝石が散りばめられたやたら豪華な杖を持ち、ゆっくりと歩き始めた。
その杖はどこかで見た覚えがあった気がしたけど、思い出せなかった。
「だが王家は守らねばならぬ、それがこの国を守ることと同義なのだから」
コツンコツンと杖の音を響かせながら、ゆっくり部屋の外へと歩を進める。
扉を開け、振り返りこう言った。
「王家の秘密を教えよう」
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