2.王への進言
「おお、フリーデルトよ、よくぞ参った。二度も断ってすまなかったな」
「父上に置かれましては……思ったよりお元気そうで安心いたしました」
王はドでかいベッドから身を起こしていた。
普段は大概寝たきりなのだが、今日はわりと調子がいいらしい。
王はここ6年ですっかり弱ってしまい、身体の線が薄くなってしまった。昔は筋肉が適度についたそこそこの美丈夫と言った風体だったのに……。
3日前にフリードリヒが殺害された際には、王はヨタヨタしておりこりゃもう長くないんじゃないかと思うくらいだった。
「フリードリヒのことは残念でならぬが、私は王だ。この先のことを考えねばならぬ。……フリーデルトは私に相談があるということだが、ちょうど私もお前に話したいことがあったのだ」
「そうでございましたか。どのような……?」
「いや、私のことは長くなる話だから、お前の話から先に聞こう」
はて? 王が何を話したいのかは気になったが、それよりも私はマーガレット妃から託されたことを伝えなければいけない。早くそれを済ませるのが先決だ。
「まことに身の程をわきまえない申し出ですし、兄上が亡くなったばかりでこのようなことをお話しするのも憚られたのですが、次期王位継承者について進言したいことがございます」
「ほう、そうか……いや実は私もお前に王位について話したいことがあったのだよ。奇遇なことだ。まぁ、話を続けなさい」
えーっ! 一体何の話かめちゃくちゃ気になるんだけど……。しかし先に話せと言われた以上は話を続けるしかない。
「先日マーガレット妃とルイ王子が私を訪ねてまいりました。お二人は兄上が亡くなられたことをとても嘆いておいででした。……マーガレット妃はルイ王子がとても病弱で次期国王となるにはあまりにも無理があると憂いており、どうかその座はボルドー公爵家のヘンリーかエヴァンス公爵家のセシルにと、そのようにおっしゃっておいでで」
「そうか、なるほど」
王は一言そう言っただけで、表情も特に変わらなかった。怒っているのか何なのかよくわからない表情だ。
仕方なくそのまま言葉を続ける。
「私としましても、先ごろ初めてルイ王子とお会いいたしましたがとても王にはなれぬ身かと……」
嘘はついていないよ! ルイは女の子だから無理だよね。
「確かに王には難しい身というのは私も知っている。マーガレットはルイを王にするのは嫌がるだろうし、ルイは女の子だし」
何気なく王はそう言った。“ルイは女の子だし”と。
「…………え!? 父上はルイ王子のことをご存じだったのですか?」
マジかよ!
「なんだ、そなたも知っておったか。ルイはどこからどう見ても女の子だからなぁ、もし王になったとしたら速攻でバレただろう」
「……申し訳ございません。マーガレット妃より事の次第を打ち明けられて、その折にルイが王子ではなく王女であったことを知りました。そのような事情があるため、妃は私に陛下に他の者を次期王位継承者とするように進言して欲しいとの頼みで……」
「まぁルイのことはマーガレットの好きにさせるつもりであったから、その点は心配いらぬ。それに私は既に誰を跡継ぎにするかは決めてしまったし、むしろルイを王にしてほしいと言われたらどうしようかと思ったぞ」
そう言って表情が途端に柔らかくなった。
なんだ、マーガレット妃は心配しなくてもよかったんじゃん。王は始めからルイに王位を継がせるつもりはなかったんだ。
「私にはシルビアがいたし、マーガレットに子どもを産ませるつもりはなかったんだが、教皇があと一人跡継ぎ候補がいないと心配だとうるさくてなぁ……」
は? いや、待ってよ。だってお前さ、王子がフリードリヒ一人だと心配だからって言ってマーガレット妃に手を出して、子ども産ませたんじゃないのかよ⁉ マーガレット妃はそう思い込んでたぞ!?
「しかも生まれたら女の子で、いつの間にかマーガレットと教皇が結託してルイは王子ということになってるし……。まぁ教皇には私がマーガレットではなくシルビアを王妃にしたいと我儘を言った時に支援してくれて、恩義もあるし特に追及はしなかったが」
つーか、ラフィール教皇! またお前か!
「フリードリヒが死ぬようなことはあるまいし、いざとなったらヘンリー・ボルドーかセシル・エヴァンスを養子に取ればいいし……そう思っていたからな、ルイの性別については特に詰問しなかった」
一体あの人は何なんだ?
ラフィール教皇……。ひっかきまわすのが好きなだけか?
王妃交代劇に関わっていて、マーガレットに子どもを産ませるよう仕向けて、ルイの性別を偽って……。
あの人が動いた結果、大体みんな不幸になっているのは気のせいじゃないはず。
「……ちなみに陛下はヘンリーとセシル、どちらが王に相応しいとお思いなのでしょうか?」
せっかくだからどちらが王になるのか聞いておきたかった。シルビア王妃の呪詛が本当なら、次に狙われるのはどちらかだし。
「フリーデルトのその案だが……普通に却下!」
は?
「私はどちらも王位につけるつもりはない!」
堂々と言い切った王に頭が痛くなる。そう言うわけにはいかんだろ。
「……では陛下はどうなさるおつもりでしょうか? 私とルイは王女なので王位継承権はなく、ヘンリーとセシルも王位につけるつもりはないとおっしゃるのならば」
どうするつもりなんだよ、こんちきしょー。
そう思いながら王に問えば、王は大げさに役者のように両手を広げ声を張り上げた。
「我が娘フリーデルトよ! お前は実に賢く優しく、まさに人民を統べる器であると私は常々思ってきた。昨日宰相に貴族派について進言したそうだが実に素晴らしい功績だ。……私は何故お前が男として生まれてこなかったのかと、この6年間悩んで眠れぬ夜すらあった! しかし、このような事態となり私はこれこそが運命だと気が付いた! もう女の子だっていいじゃぁないかと!」
は? つまり私に女王になれと言いたいのか?
ヘンリーとセシルを差し置いて女王を認めるのは、いくら何でも反発が大きいだろう。
「流石にいきなり女王を認めることは出来ん、ベルン王国の王は男と二代様がお決めになっているし。だが、都合がいいことにお前はどこからどう見てもイケメンの青年にしか見えん!」
二代様とはベルン王国の二代目国王ミハエル・ベルン様のことだ。
それよりもこの流れはヤバイ……ヤバイ!
「フリーデルトよ! お前はこれから男として生きるのだ! 私の後を継ぎベルン王国の王となるのはお前だ!!」
「は? ばっかじゃないの?」
思わずそう反論した私は絶対に悪くないと思う。
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