11.貴族派の陰謀
寡占とは、市場が少数の売り手に支配されている状態のことを言う。
寡占状態だと何が起こるか。
「貴族派は寡占状態を作り出して、自分たちに都合よく市場を動かしているってことか。寡占状態だと、競合他社がほとんどいないから価格競争をする必要がない。つまり商品の値段を好きに決められる」
「良心的な価格にするか、物凄いぼったくり価格で売るかはお店次第ってことね」
モーリス男爵には良心がないのでぼったくり価格で販売している。
「お客の側からしたら、より安い店を選んで買うという選択が出来なくなる。胃薬程度なら我慢するということも可能だけど、解熱剤や鎮痛剤など緊急性の高い医薬品は店側の言い値で買うしかない」
だから連中には金があるのか……。
連中は以前は趣味嗜好品を中心に輸入していたみたいだけど、最近では医薬品や他生活必需品に手を伸ばしつつある。このまま生活必需品も掌握されては、物価がどんどん高騰してしまう。
「こんな賢い事をモーリスの奴が考え付くわけないわ、他の貴族派の入れ知恵よ」
そうだね、あの腐った水茄子にそんな知恵があるとは思えない。おそらくロベルト・コナー伯爵の入れ知恵……というか指示なのだろう。
……確かボルドー宰相との勉強の中で、ベルン王国の輸出入事情についてもやったけど、これらの話を加味すると状況はもっと悪いかもしれない。
「宰相が教えてくれたんだけど、ここ十数年ベルン王国は貿易赤字が続いてるらしい。しかもどんどん赤字額が大きくなっていってるって」
「それって国単位で見れば、入ってくるお金よりも出ていくお金の方が多いってことでしょ? そんなことをいつまでも続けていたら、国がどんどん貧しくなっていってしまうじゃない!」
イリスの言う通りだ。
国の富の総量は決まっている。
増やそうとするなら、他国から得るしかない。
戦争をするという手段もあるけれど、そんなのは前近代的なこと。今であれば輸出を増やして外貨を獲得すればいい。
でも、今のベルン王国は国の富が国外に流出している状態だ。貴族派がめちゃくちゃ輸入しているせいで。
「でも国が貧しくなると、それじゃ貴族派だって貧しくなるんじゃ……あっ!」
イリスが声を上げた。
「成程そういうことね、貴族派は輸入した商品でぼろ儲けしているんだから、むしろ儲かるわ。……庶民から巻き上げたお金で」
「富める者はますます富み、貧しいものはますます貧しくなる。ってことだろうね……」
こんなことが続けば、貧富の格差が広がる一方だ。
貴族派は他の品目でも同様の手口で寡占状態を作り出し、暴利をむさぼっているのだろう。
国が貧しくなっても連中は困らない。むしろますます肥える。国民から巻き上げた金で。
エヴァンス将軍は諸国の動きを警戒して軍備を拡大したがっているが、ボルドー宰相に反対されいつもおじゃんになっている。
最初は宰相が嫌がらせをしているのかと思ったが、そうではない。単純に国に軍備拡大するだけの金がない。
そう、この国にはお金がないっ!
「国力の低下……それが貴族派の狙いってことなんじゃない?」
イリスが青い顔で言った。
点と点を結びつけていくと、そういう結論にしかならない。
貴族派は王家の力を削いで、王を操り人形にして自分たちの思うままに動かしたい……そう考えていたけれど。事態はそれ以上に深刻かもしれない。
連中は自分たちの富を確保したうえで、この国を弱らせて他国に売り渡そうとしているのかもしれない。
「富を奪われ、物価も上昇すれば国民のフラストレーションがたまる。国内で暴動がおこるのが先か、弱ったところを他国に攻め込まれるのが先か……」
「これは輸入規制が必要よ!」
そう言ってイリスは勢いよく立ち上がった。
「今私たちが考えたことを、宰相に伝えましょう!」
そう、輸入を規制したい。せめて国がもっと管理したい。
しかし……”コレ”の存在があるせいでそう簡単にはいかないかもしれない。
「いや、イリス、ちょっと待って」
イリスの最もな提案に対して、私はスッと“会員カード”を取り出した。
「何それ? 会員カード? ……やだ、モーリスメディスン商会の会員カードって書いてあるじゃない」
「最初に言ったけど、お店には一般小売価格と会員価格があって、入会すると会員価格で買えるんだ。全店舗90%OFFだってさ。それで入会するのにある署名を書かされた上に、今後も署名にご協力くださいだって。……しかも後で渡された会員規約読んだらさ、署名にご協力いただけない場合は除名処分の対象になります、だってさ」
城に帰ってきてから胃薬が入れられた紙袋の中をみたら、会員規約書なるものが入れられていたのに気が付いた。……こういうのをしれっと渡してくるあたりに怪しさを感じ、よーく読んだところそんな文言が書かれていた。
「90%OFFでも高額だけど、それなりに手の届く金額よね。でも署名に協力しなかったら除名処分って……。そんなことされたら買えなくなっちゃうから署名しちゃうわよね。何の署名なの?」
「国への要望書……内容は輸入規制の緩和について」
店であの店員はこう言っていた。
“我が国では輸入に様々な検査が設けられており、時間もかかるし輸送コストもかさむ原因となっております。これまでも皆様の温かい署名のご協力によって、いくつかの障害は撤廃されてまいりました。もっと緩和が進めば、医薬品だけでなく様々な輸入品がお安く買うことが出来るようになりますよ”
署名が大量に集まれば国はそれを無視できない。
例えどんな方法で集められたものだったとしても、一応は国民の声である。国が一方的にそれを否定することはできない。
「奴らは品物が高い理由を国が輸入規制の緩和をしないせいだって責任転嫁して、客をだまして署名させてるんだ。今までもそうやって規制緩和してきたって。規制が緩和されれば、品物はもっと安く買えるようになるんだって……」
「……そんなこと言われたら、輸入の規制は出来ないじゃない。規制したらあいつら価格をもっと吊り上げる気なんだわ。そうやって国民の不満が王に向くように仕向けているのよ!」
物価が高いのは国のせいだ。輸入規制をしている国のせいで品物が安くならず、国民は苦しいのだ。
そう貴族派は世論を操作している。国民の不満が国と王に向くように。あたかも貴族派は国民の味方であるようなフリをして。
モーリスメディスン商会だけじゃない、貴族派が寡占状態にしている品目全てで同様の事態が発生しているのだろう。連中の手に落ちている品目が多ければ多いほど、事態は厄介極まりないことになる。
「もう十年以上に渡って連中は国民に“悪いのは国だ、王だ”って刷り込みを続けてきたんだろうから。その意識がそう簡単に払拭されるとは思えない……」
「悔しいわね、ここまで分かっているのに、何もできないなんて」
そう言って腹立たしそうに紅茶を一気飲みした。……お行儀良くしようねヒロインちゃん。
「でもここまで分かっただけでもお手柄だと思うよ。イリスがモーリスメディスン商会について沢山調べてくれていたおかげで、点と点を結びつけて貴族派の目的がみえてきたんだから」
そう褒めてあげると、イリスはすぐに上機嫌になったが、それでも不満を口にした。
「国の重鎮たちは何をしているのかしら! 連中の目的を暴くヒントはこんなにあったのに」
ほんとそれな。
「……事情があるとはいえ、宰相と将軍の仲の悪さが招いた情報の非対称性による不幸な行き違いだよね」
そう言って2人して重いため息をついたのだった。
対策があまりにも後手に回りすぎている。
輸入を規制できないなら、輸出を拡大するしかない。
しかし金になる輸出品はあまりない。金になりそうなモノには思い当たるふしはあるけれど、フリードリヒ暗殺で混乱している最中にやれるだろうか……。
せめて貴族派傘下ではないお店が、貴族派から嫌がらせを受けないように保護するくらいはしないと。
今からでも間に合うだろうか?
でも放置はできない。とりあえず、今の話は全て宰相に伝えよう。
今できることはそれくらいしかなかった。
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