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原作崩壊した世界で男装王女は生き抜きたい  作者: 平坂睡蓮
第一部 第2章 呪詛と陰謀
24/73

10.貴族派の資金源の秘密

 ぼったくりに遭ってしまった。


 当初5万ベルと言われたものが、入会すれば5000ベル……。

 胃薬1瓶だぞ? わーお買い得! ……なんてわけあるかい。


 本当は買うつもりなんてなかったのに、店員の笑顔の気迫に押されてつい買ってしまった。

 昨日もイリスの圧に負けてゲルバ草入りの紅茶を飲む羽目になったし、断る勇気を持とう……。



 私が店を出た直後にセシルも店から出てきた。


 セシルは店員が私の接客に気をとられている隙に、建物の二階やら三階やらに忍び込んでヘンリーを探したらしい。結局いなかったということだけど、それでは私たちが見たのは何だったのだろうか?

 ヘンリーなのか、人違いだったのか……。


 答えは出ないまま、私たちは待たせていたエヴァンス家の馬車に乗り城を目指した。



 ◇◇◇



 そして翌日のことである。


 今日こそは王に次期国王について進言するべく、部屋に向かったのだが……。


「えっ、今日も面会できない?」


 昨日同様に将軍は申し訳なさそうに言った。

 なんでや、あんた今日なら大丈夫ってゆうたやん。


「本当に申し訳ない、昨日は陛下が考え事があるとのことで面会できなかったが、今日は体調不良だ」


 本当に申し訳なさそうに将軍が言った。


「えっと、父上はそんなに体調が良くないのですか?」

「フリードリヒ殿下のことで相当精神的にも肉体的にも弱っているそうだ。今日一日静養するようにとドクターストップがかかってしまった」


 んー、それなら仕方ない。

 マーガレット妃には、今日も父に会えなかったので明日こそは伝えますとお手紙を送るしかない。

 早く王に伝えないと、マーガレット妃からの心証が悪くなる。


「わかりました、父上のお体の方が大切です。また明日改めます」

「陛下も明日には絶対に会うから、とそうおっしゃっていた。申し訳ない」


 ということで、まさかの二度目の肩透かしを食らったのである。



 ◇◇◇



 父への用事が不発に終わった私は、特にやることもないのでイリスの部屋に向かった。


 原作崩壊の恐怖とセシルにフラれた傷心とで、癒しが欲しかった。


 本当は誰がフリードリヒを殺したのか、シルビア王妃の呪詛は本当なのか、誰が彼女に手を貸したのか……それらを調べたかった。

 しかし悲しいかな、フリーデルトには魔力がない。呪詛が関係している以上、魔法使い案件である。

 フリーデルトにできることはなかった。

 教会が調査をしてくれてはいるが、果たしてどうなるのか……。


 そんなわけでイリスから癒しを貰おうという目的が半分。もう半分の目的には、愚痴がてら昨日のモーリス男爵の店でぼったくりに遭った話をしようと考えていた。


「いらっしゃいフリーデルト! 久しぶり! 今日もイケメンね!」

「久しぶりって、一昨日会ったじゃないか」


 イケメンという言葉は無視した。


「え? 一昨日は会っても昨日は会わなかったでしょ? 私は毎日会いたいの、だから久しぶりでしょ?」


 イリスの謎理論に反応に困りつつ、私はソファーに座らせてもらって例のブツをテーブルに置いた。


「これなんだけど……」


 昨日買ってしまった胃薬入りの紙袋。


「えっ!? もしかして私に? プレゼント……嬉しいわ!」

「ごめん、勘違いさせた。プレゼントじゃなくて、昨日モーリス男爵の薬屋で買わされた胃薬なんだ。ちょっとイリスの意見が聞きたくて……」


 紙袋をプレゼントと勘違いしたイリスは凄く嬉しそうな顔をしたのに、それが宿敵モーリス男爵の店で買ったものだと聞いて表情がスンッと抜け落ちてしまった。


 かくかくしかじかでセシルと一緒にヘンリーっぽい人を追って行ったら、偶然その店に入ってしまったのだと説明した。


「私のことも誘ってくれたらよかったのに」


 イリスはプンスコ不貞腐れた様子で言いながらも、親切にも紅茶やお菓子を準備してくれた。


「ごめん、昨日父に会おうとしたらできなくて、その時に将軍に誘われて急だったから」

「まぁ、いいわ。それにしてもヘンリーのやつ、考えれば考えるほどムカつくのよね! 人のこと犯人扱いした上に謝りもしないなんて。今度会ったら数発殴ってやらないと気が済まないわ!」


 わーお、この可愛いヒロインちゃん暴力的ぃ。


「それよりもあの腐った水茄子みたいな男の店で買ったっていう胃薬、見せてちょうだい」


 私が勝手にモーリス男爵を“腐った水茄子”って心の中で呼んでいたのだけど、イリスもそう思っていたのか……。まぁそうにしか見えないけど。


「ふーん、帝国製ね」

「わかるの? 確かに輸入品とは言っていたけど……」


 なるほど帝国か。

 ベルン王国は南に海、北に険しい山脈を持つ天然の要塞の如き地形にある国。帝国は海を挟んで最も近い国だ。


「昔お父さんもこれと同じ胃薬を輸入して売っていたことがあったから。でも採算が取れないって言ってすぐに止めちゃったわ。輸入品は高いのよ、だからお父さんは自分で薬を調合して売ってたわ」

「あー……確かにものすごく高かったよ。一般販売価格が5万ベルで、会員価格でも5000ベルもした」

「ブーっ!!」


 金額を言った途端、イリスはちょうど口に含んでいた紅茶をおもいっきり噴き出してしまった。


「ごめんなさいっ! 私ったら、あんまりにも酷い値段だったからビックリしちゃって……」

「気にしてないよ、それより大丈夫? はいタオル」

「ありがとう。……それにしたって酷い価格だわ。そんな値段じゃ庶民には手が出せないじゃない。いくら輸入してコストがかかっているからって、一瓶10錠の仕入れ値って500ベルもしないわよ?」


「えっ、そんなもんなの!?」


 輸入品だから高いと言っていたから、ついつい鵜呑みにしてそういうもんなんだって思っていたけど、ひでぇぼったくりだ。


「お父さんは胃薬みたいに必須ではない薬は、気軽に買える程度の価格じゃないと売れないからって、800ベル程度で売ってたけど……結局利益率が良くないって輸入薬剤はほとんど取り扱わなかったわ。だって自分で作ったほうが安いもの」


 あの店では胃薬以外の医薬品も沢山あったけど、どれもぼったくり価格だった。

 胃薬は最悪我慢すればいいけれど、解熱剤や鎮痛剤とか緊急性の高い薬がその価格であれば店が付けた価格通りに諦めて買うしかない。


 モーリス男爵はあくどい商売をしているとは知っていたし、ぼったくりの価格設定が貴族派のやり口なのだとボルドー宰相に勉強を教えてもらっている中で聞いていた。


 貴族派はモーリス男爵の医薬品全般以外にも、様々な分野で国外から輸入した製品を法外な値段で売りさばいていて、それが連中の資金源になっている。


「そんなに高い値段なのに、なんでみんな買ってしまうんだろう……。他にもお店で買えばいいんじゃないかなぁ」


 それはボルドー宰相も不思議に思っているようだった。


 私が疑問を口にすると、イリスは本棚から分厚いファイルを取り出してきた。


「私ね、あいつのお店のこと色々調べてたのよ。乗っ取ったお店をどう運営してるのかって」


 そう言ってファイルを広げた。そこにはモーリスメディスン商会に関する沢山の資料があった。


「モーリスのやつ、私から店を奪ってから他の薬屋を買収して支店にしてた。……買収を拒んだ薬屋は“正体不明の賊”により酷い嫌がらせを受けて、結局買収を受け入れたらしいわ」

「正体不明の賊ってどう考えても貴族派の手先じゃないか」

「そうなんだけど、証拠がなく追及できなかったってエヴァンス将軍が言ってたの。将軍は連中が何のために買収を進めているのか分からなくって、賊との因果関係不明で追及できず、だって」


 おいおい、マジで?


 ……ボルドー宰相はどうしてそんな高額なのに売れてしまうのか疑問に思っていた。

 一方でエヴァンス将軍は、貴族派が賊まで使って何故買収を従っているのか因果関係が分からないと言っている。


 この2点を合わせて考えれば、貴族派の資金源がどのように生まれているかカラクリが見えてくるというのに。……国の重鎮が2人そろって何やってのよ。


 宰相と将軍は仲の悪さから、お互いにそこまで情報交換をしていなかったに違いない。

 致命的な報連相不足!


「ちなみに、モーリスメディスン商会は傘下にしている薬屋も含めるとどれくらいのシェア率を持っているか分かる?」

「ええ、もちろん調べてあるわ。モーリスメディスン商会はベルン国内の医薬品販売シェア率60%、王都に限って言えばシェア率90%。ちなみに……胃薬が手放せないエヴァンス将軍は他10%の薬屋から買っているそうよ」


 そりゃ将軍だし、敵対する勢力にみすみす資金を流すような真似はできない。


「将軍も大変ね……いくら治してもすぐ再発しちゃって、よっぽどストレスフルなのね」


 未だにボルドー宰相との仲は悪いし、もしかしたらフリードリヒが死んだのは妹のシルビア王妃の可能性もある。胃が死亡しないか心配だ。


 あー、将軍の胃の話は置いておいてだ。

 これで貴族派がどうやってぼろ儲けしていたのか見えた。


 要するに貴族派のやり口は、“寡占状態”を作り出してぼろ儲けしていたのだ。

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