11.男装王女は見た!
婚約発表パーティの日に聞いた貴族派の不穏な会話。警戒しなければいけない。
と、それを日記に書いたのはもう6年も前のことになる。
いきなり6年も経過して申し訳ないんだけど、本当に平和な6年間だったので書くことがないです。
超平和。
この6年間、私はフリーデルトとして頑張って生きてきた。無事に14歳にまで成長した。
伯父であるエヴァンス将軍に剣や武術の稽古をつけてもらったり、ボルドー宰相に政治や歴史・貴族の関係などを教えてもらったりして毎日充実している。
割と多いのは父王の秘書的な業務だ……秘書と言っても身の回りの世話とか雑用メインだけど。ほぼ毎日王の手伝いをしてきた。
もちろん王族派の貴族たちとの交流を深め、貴族派の動きの情報収集をすることも欠かしていない。
ボルドー宰相はいい人だった。
私の母シルビア王妃と宰相の妹マーガレット妃の件があったから、てっきり嫌われているものかと思っていた。しかし宰相は物凄く丁寧で親切にしてくれた。
ただ、宰相と親しくなってみて気が付いたのは、彼は根っからの正直者でお人好しだということだ。曲がったことは嫌いでまっすぐな性格……それはとてもいいことなんだけど、この人では貴族派は抑えられないと思った。
腹黒さが少し足りない。
宰相と言えば、最近めっきり会う機会がなくなってしまったのだがヘンリーだ。 彼は反抗期のようで宰相に随分反発しているようだ。
反抗のきっかけはイリスの両親のお店を乗っ取ったモーリス男爵を庇ってしまったことのようだ。過去の出来事とはいえ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い精神で悪人の肩を持ってしまった父親が許せなかったらしいし……ヘンリーはイリスが好きだったのかもしれない。好きな人が自分の親のせいで苦しい思いをしたと知ってしまったから、よけい強く反発しているらしい。
一方セシルのほうはフリードリヒの護衛騎士を辞めて、王国の騎士団に入団している。相変わらず文系のインテリタイプに見られがちだが、その実力は団長の折り紙付きとのこと。
そしてイリス。
婚約発表パーティの後教会で治癒魔法使いであることの認定を受け、原作同様に“治癒の聖女”の字を与えられた。
教会はイリスを欲しがったが、すでに王子の婚約者になっていたため教会は彼女を諦めるしかなかった。
フリードリヒとの婚約関係は解消されておらず、このまま結婚してくれるものだと誰もが思っていた。
そう、思っていたのだ。
◇◇◇
新月の晩のことだった。
私は自室のバルコニーから夜空を見上げていた。
今夜は流星群が来るらしい。天気は雲一つなく、新月で星々が良く見える。
前世都会の喧騒の中で生まれ育ち、仕事に追われるようになってからは夜空なんて見上げることはなかった。
王都の明かりや更に遠くには王都近郊の街の明かりが見えるものの、気になるような明るさではない。
夜風に吹かれて、凄く良い気分だった。
流れ星に願うことは決まっている。父の病気平癒と、自身の恋愛運向上だ。
ここ最近、父であるリチャード王の衰弱が激しい。
6年前は飛竜に乗ったり魔獣狩りに出かけたりしていたが、徐々に体調が悪化し現在ではほぼ寝たきりに近い状態にまで悪化していた。
現在では月一で王しかできない何かの呪術的な仕事しかできていないそうだ。
病気であればイリスが治癒魔法で治せる。
しかしイリスがいくら治癒魔法をかけても父王は回復しなかった。
教会から派遣されてきた医者が言うには、天命が尽きんとしているのだという。
王族の男は何故か短命が多い。
私は愛用の短剣をクルクルと回しながら考えた。もちろん鞘は抜いていない。ちなみに短剣の使い方は伯父であるエヴァンス将軍直伝だ。
「寿命であればイリスの治癒魔法ではどうにもならないのは分かるんだけど、リチャード王ってまだ40代だよね。それで天命と言われても釈然としないなぁ」
気が逸れてしまったのが、短剣を取り落としてしまった。カーンと甲高い音がバルコニーに響いた。
落ちた短剣を見て微妙な気分になる。
この短剣は6年前、イリスを王家が保護できた褒美としてリチャード王から賜ったものだ。かなり貴重なもので、死の魔法が付与されているとか。試したことはないけどさ。……要するにこの短剣は、原作の乙女ゲームの終盤でフリードリヒ王子を刺してしまう短剣なのだ。
かなり特徴的な短剣で、乙女ゲームのスチルで見た時も綺麗だなと思っていた。なんせ石好きなもので。施された装飾、とりわけ美しい緑の石が目を引いた。エメラルドかなと思っていたら、ヒスイだそうだ。最高品質のロウカンヒスイ。
どういう因果かこの短剣は自分の手元に来てしまった。後々の展開を考えなければ、本当に素晴らしい品物だと思う。
本当は手放したい。切実に。魔法付与された貴重なものだし、王から賜ったものなので無碍には扱えない。悩ましい。
「はー……なんでこれが手元に来るんだか。抗いがたい強制力でも働いてんのかなぁ。流れ星も見えないし。だんだん首が痛くなってきたけど、お願い事はしたいし……」
父王はとても私のことを気に入ってくれており、ありがたいことに他国には嫁に出さないと公言してくれている。いづれ王になるフリードリヒのサポートをさせたいらしい。
父は私のために国内で婿を見つけたがっているのだが、このフリーデルトの容姿を嫌がって誰も手を上げてくれない。
この6年でフリーデルトの容姿にはさらなる磨きがかかり、14歳の私は見事な美青年と化していた。背も女性としては高いほうだし、相変わらず男装しているせいか、本格的に私をフリーデルト王子だと思い込んでいる貴族さえ出始めていた。
「どうかお願いします! リチャード王が生きている間に結婚相手を確保できますように! フリードリヒとの兄妹仲は良いけれど、彼が王になっても私のことを他国にやらないって言ってくれるか分かりません。何卒、何卒よろしくお願い申し上げます!」
何とか父王が存命の内に結婚相手を見つけておきたい。
切実な願いは、星の流れぬ夜空に消えていった。
◇◇◇
ふっと別の階のバルコニーを見ると、見知った2人の姿があった。
「あれれー? アレに見えるはフリードリヒとイリスちゃんじゃーないですか」
別の階のバルコニーに2人がいるのを偶然発見してしまった。
「もしかして2人で流れ星見てるのかな? おーラブラブじゃん」
そんなことを思いながらニマニマと2人を観察していたのだが……。
少し遠いがばっちり見てしまった。
「なんかイリスちゃん、めっちゃ嫌そうな顔してない?」
フリードリヒがイリスを背後から抱き寄せる。イリスの顔はフリードリヒからは見えないけれど、私の位置からは見える。
すんごく嫌そうな顔だ。
まるで凶悪生物Gにでも出くわしたかのような嫌悪感丸出しの表情だった。
……これはどういうこと???
翌日から探りを入れる必要がありそうだ。
この夜、フリーデルトは終ぞ流星を拝むことはなかった。
まるでお前の願いは叶わないぞと言われているかのようだった。
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