10.密談
フリードリヒとイリスの婚約お披露目パーティも終わり、私はさっさと自室に戻り日記に今日のことを書こうと考えていた。
私が転生に気が付いたあの朝に、忘れてしまわぬ内にとありったけの原作知識を記載したボロ紙の後継が日記帳だ。もちろんボロ紙は捨てずに日記に貼り付けてある。変な柄が付いたボロ紙だが、今まで何度も見直していたので妙に愛着があった。
しかし自室に向かう途中、普段誰も使っていないはずの空き部屋から人の声がするのが聞こえた。
誰かに聞かれないよう押し殺すような声で、けれどもはっきりとした怒気を感じる声色だった。
「ん? こんなところに誰かいるの? 使用人がヘマをやらかして怒られてんのかなぁ」
そんなことを呟きながら、つい気になって何気なく聞き耳を立ててしまった。
中には男が2人か。
「いったいこれはどういうことだ!? 何故あの娘があちらの手に落ちている? しっかり見張るようにとあれほど言ったではないか!!」
「まことに! まことに申し訳ありませんでしたっ! ここ数年は大人しく家に籠っていたもので……」
「言い訳は聞かんっ!!」
おっと、これはもしや平謝りしているほうは腐った水茄子……じゃなくてウィリアム・モーリス男爵ではないだろうか?
もう一人、モーリス男爵を怒鳴りつけているのは誰だ?
「計画が台無しではないか! 洗脳も全くできていない小娘が王子を婚約したところで意味がない。一体何とあのお方に釈明をすればいいのか……」
「何卒ご容赦を! 伯爵様!!」
「治癒魔法使いということも公表されてしまっては手が出せんではないか!」
伯爵? モーリス男爵がこれほど低頭するということは、もう一人の男は貴族派の中心人物ロベルト・コナー伯爵か!
洗脳という聞き捨てならない言葉も聞こえた。コナー伯爵の言う計画とやらでは、飼い殺しにしたイリスを洗脳して王子と結婚させようとしていた?
ちょっと待て。おかしいぞ。
今回私が介入したからイリスは9歳でフリードリヒの婚約者になった。
しかし原作では王立学院に入学するまでは、おそらくずっとモーリス男爵の管理下にあったはずだ。つまり原作でも同じ計画があったとするならば、イリスは貴族派に洗脳済みでワザとフリードリヒに近づいたということに……そんなバカな。
混乱しつつも一つの可能性が脳裏をよぎった。公式がアナウンスしていた隠しルートとやらの存在である。
この貴族派のイリス洗脳計画はそのルートの布石だったのではないだろうか?もしそうであれば、私は意図せずしてその布石をつぶしたことになる。
大丈夫だ、これは“良い事”をしたのだ。すべて憶測にすぎないけれど、今のイリスには何も問題はない。
そんなことを考えていると、突然部屋から三人目の声が聞こえてきた。何故かその人物の声だけ酷くハウリングしたように聞き取りにくい。
『仕方ないでしょうコナー伯爵。モーリス男爵に娘を任せきりにした我々にも非があります。ふぅ、シナリオは大きく変更するしかありませんねぇ』
「おぉ、いらっしゃっておいででしたか。事の次第、既にご存じでしたか。今回はこの愚か者が取り返しのつかないことを……」
『シナリオ通りにいかないことはよくあることです。治癒の娘を洗脳して然るべき時に王子と引き合わせ結婚させる。娘が王子の思想を貴族派に傾かせ、いずれ貴族派が王家を乗っ取るというシナリオだったのですが……。ふふっ、かまいませんよ。大丈夫ですよ、別のシナリオならばあります。この式神の姿では何かと不便ですから、そのシナリオについての相談はまた後日ということで』
式神? なるほど、本人はここには居らず魔法で式神だけをここに飛ばして会話していたということか。相手は魔法使い、それしかわからない。
でもコナー伯爵は“あの方”と言っていた。
誰かがロベルト・コナー伯爵の背後にいる? その人物が本当に貴族派を牛耳っている親玉ということか?
一体誰だ?
部屋の中はこれにて解散という雰囲気だったので、ばれない内に自室に引き上げることにした。
うわー、マジ嫌なこと聞いちゃった。
“あの方”とやらは別のシナリオがあると言っていた。一体いつ、誰が何を仕掛けてくる?
考えたところで分かりっこないのだが、とにかく今は警戒するしかない。
これをもって乙女ゲームは完結! フリーデルトの生存戦略は大成功である! イエーイ!!
といい気になっていた数時間前の自分が懐かしかった。
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