もう一つのプロローグ
今回から少し不思議なことが起こる夜の部です。
思ったよりもメタい?
月夜の下。
空に揺蕩う姫は歌う。
僕はそれをただ眺めていた。
☆★☆★☆★☆
僕が目覚めたのはいつもの場所。
上村優作の部屋だった。
周囲を見やれば、勉強机やタンスなどの家具に、床で散らかった漫画などが視界に入る。いつも通り汚いったらない。
廊下へ続く扉は開けっ放しで、台所を兼用した廊下と玄関が丸見え。
シンクには水に浸けた食器がいくつかあった。
この満腹感といい、どうやら夕飯は済ませているようだ。
「……おーい、もう大丈夫だぞ」
誰もいない部屋で独りごちる。
すると、開けっ放しの窓から警戒した様子の猫が一匹入ってきた。
野良ではない。
『紅』という名前の、僕の友人だ。
僕は目覚めてからやることが三つある。
まず一つ目は、僕が今どこにいるのかを確かめること。
実を言うと、僕は二重人格者である。
……え?それはもう知ってるって?
あらすじを読めばだいたい……ふーん。だったら、そのあたりの説明は不要か。
では少しだけ……。
僕たちは二重人格者であるが、普通のそれとは少し違う。二重人格者とは、人格の入れ替わりがランダムなことが多い。それに二重人格者よりも多重人格者の方が数としては多いので、二重人格者というだけでもそこそこ珍しい部類に入る。
そして、僕たちはその人格の入れ替わりが完全に時間ごとにわけられているのだ。
具体的に言うと太陽である。
太陽が空にある昼のうちは優作が、太陽の沈んだ夜の間は僕が表の人格として現れる。
表に出てない間は完全に眠っているので、お互いの記憶や経験を受け継ぐことはできないし、多重人格者みたいに脳内会議も行われないので、コンタクトをとることもできない。
今のところないが、海の中や崖っぷちなど身の危険があるような場所で入れ替わる可能性もあるのだ。
自分の命を守るため、第一に確認する事項として優作と約束している。みんなも人格が入れ替わるならこの辺りに気をつけるといい。生存率がダンチだ。
そして二つ目は、紅を僕の部屋に入れてあげること。
これは僕が部屋にいないと行われないが、彼女のためにも優先的にしている事項だ。
どうにも紅と優作は相性が悪いらしい。
おそらく、優作が紅のことを可愛がり過ぎるのだろう。彼女は美人だが恥ずかしがり屋さんなので、そのあたりは優作にも今度教えてあげないといけない。
と、こんなこともあり、紅は僕が優作であるうちは家の外に逃げているので、できるだけ早く家に入れてあげることにしている。
最後に三つ目は、優作からの連絡事項を確認すること。
僕たちは同じ一つの体に生きている癖に、連絡一つすら自由にやりとりができない。
しかし、入れ替わっている間の連絡ができないと不自由なことは多々ある。
僕たちは、二重人格者であることを周囲に隠して生きているのだ。怪しまれないためにも情報のアップデートは必要不可欠。
とは言っても、毎日やりとりをしているので『特になし』がほとんどだ。
特に期待もせず、机に向かう。
そして、机の上にぽんと置かれた、丁度制服の胸ポケットには入るくらいの大きさのメモ帳を開いた。
すると、今日の日付の下には意外にも連絡事項が三つも書かれていた。
☆★☆★☆★☆
入学式があった
悪魔……じゃなくて旭陽と再会
オカルト同好会(何でも屋)に入部
☆★☆★☆★☆
「なんだこれ?」
あまりに謎な連絡事項に、ついそんな言葉が口から漏れる。
すると、僕の言葉に後ろから返答があった。
「ほえー、姫の姉を悪魔とは……優作のやつめ。なかなか良い勘をしているにゃん」
後ろを振り替えると、獣耳を頭に生やした着物姿の紅がいた。
絹みたいに滑らかな金髪は背中まで伸び、その魅力的な赤い瞳は見たものを離さない。背は僕よりも一回りほど小さいが女性としては平均的なものだろう。出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいるので、プロポーションは平均以上だ。
「語尾、それとしっぽ。まだ猫が残っているみたいだぞ」
言われて、耳の部分を少し弄り始める紅。
それがどう役にたつのかは知らないが、細長かったしっぽがフサフサのしっぽに変わっていく。発声も「にゃー」から「なー」に戻っていた。
もう、お気づきかもしれないが、紅はただの飼い猫ではない。
彼女はかつて、神様や魑魅魍魎、怪異などと呼ばれた存在────ヴィジター。その中でも化け狐と呼ばれた類いのものだ。
紅が言うにはもう少し位が高いらしいが、あいにくと僕はそのあたりの伝承に鈍い。
暇なときにでも月妃に聞くこととしよう。
「にゃんにゃん……にゃんなんなん。なーんなーんなん。うん、これでどうかな?」
「うん、ばっちり」
言って。オッケーマークを右手で作る。
「うんうん、アラタは呪いのことを抜きにしても乙女に優しいのー。優作とは大違いだ」
「それはありがと。でも優作だって女の子には優しいはずだよ。旭陽ともなんだかんだ言って仲良いみたいだし」
「それはどうかにゃ。アレは変態だから上手く利用されているだけだにゃん。それに我へのスキンシップが過剰にもほどがあるわい」
「う、うん。そうかもね……」
紅の猫生活は長い。
無意識のうちに語尾はネコ化していたが、そこはスルーしておいた。
「さて……と。紅は月妃から何か聞いてる?」
「うんにゃ。今日は姫とは会ってないからのー。スラスラで聞く方が早いと思うぞ」
「それもそうだね」
一応言っておくと、スラスラとはスマホのことらしい。
紅は最近パカパカを覚えたのだが、残念。もうガラパゴス携帯は絶滅危惧種なのだ。
僕もとっくの昔に使うのをやめてしまっている。
紅のアドバイスに従おうと思ったが、ここで問題発生。
スマホがない。
いつもは机の上にあるはずなのにそこにはなく、かといって制服のポケットも鞄の中を探しても見当たらなかった。
「優作……どうして君は道具を使ったら元の場所に戻さないんだ」
僕の中で眠っているのであろう、もう一人の人格に文句を言う。
しかし、当然、優作からの返事は帰ってこなかった。
「ビビッときたにゃー!アラタ、ベッドの下!」
「下?……お、あった!紅ありがと、助かったよ」
「ふ、ふにゃぁ~」
そんな機能があったのか便利だな。……とは口が滑っても言えないので、紅の頭を撫でるに留めておく。
僕には『女の子に優しくしないといけない』なんていう呪いがかけられているのだ。
ここでそんな発言をしたら、僕の身になにが起こるかわかったもんじゃない。
紅のおかげもあり、スマホもあっさりと見つかった。
さて、今度こそ月妃に電話をかけようと思ったら、またまた問題発生。
スマホの充電が切れていた。
「優作……どうして君はスマホの充電もしないんだ」
僕の中で眠っているのであろう、もう一人の人格に文句を言う。
しかし、当然、優作からの返事は帰ってこなかった。
そして今回は、「私が充電するにゃ」なんていうビックリ発言は紅からもなかった。
仕方ないので、普通に充電してしばらく待つことにした。
「あ、そう言えば紅は夜ご飯食べた?」
すると、返事の代わりに腹の虫が鳴る音がした。
口を開けて固まったままの紅と目が合う。
その顔はしだいに赤く染まっていく。体もプルプル震わせていた。
これはいけない。
紅だって立派な女の子だ。
紅に恥をかかせては呪いが発動してしまう。
それだけは避けなくては!
「ぼ、僕もお腹空いてたんだよね」
言いながら、思いっきり腹筋を動かす。しかしそれだけでは足りなかったので、さらに捻るように力を入れた。
体腔という名の空隙から空気を絞り出す。
すると、僕のお腹からもキュルルっとお腹の鳴る音がした。
自分でやっていてだが、かなり恥ずかしかった。
「ほら、早くご飯にしよ。今日はキツネうどんにするか!」
「ほぉう!我はキツネうどん大好きだぞー!!早く作るのじゃ」
「任せて、料理にはけっこう自信があるから」
そうして、僕は二度目にあたるであろう夜ご飯を食べることになった。
結局、月妃に電話をかける頃には九時を軽く過ぎてしまい……
「遅い」
の一言で怒られたのは言うまでもない。
次話も夜の部です。
想像以上にケモ耳娘ってかわいいかも?