変な部活というものはこうして発足するらしい。
昼の部、プロローグ続きです。
楽しい帰宅部生活を諦めてから十数分後。
俺は特別棟三階にある空き教室に来ていた。なんでも旭陽は、この教室を新しい部活の拠点にするのだとか。
教室内はスッカラカンで椅子の一つもない。
カーテンも付いていない窓から下を見下ろせば、部活の勧誘に引っ掛かっている新入生がちらほら。
そういえば、今日は入学式だった。式典中は完全に寝て過ごしていたのですっかり忘れていた。
なんで入学式って、在校生すら知らないようなおじさんおばさんがあんなにぞろぞろと出しゃばるんだろうね。しかも話がメチャクチャ長いし。おめでとうの一言で終わらせられないの?
などと、どうでもいいことを考えていると「少し出掛けてきますねー」なんてことを言って消えていた旭陽が帰って来た。
何故かコロコロ椅子を転がしながらの登場だ。
それなに?と視線で問うと、スモールデビルちっくな笑みを浮かべた旭陽が答えた。
「え?生徒会室からパクってきましたけど?」
「え、なにその解答……メチャクチャこわいんだけど。いいから早く返して来なさい」
「え、なんですかその言い方。お義父さんみたいで、メチャクチャ気持ち悪いんですけど……」
「おい。お前んところ再婚してないだろ。実の父親だろ。その言い方はいろいろと誤解を生みかねないんだけど」
「ん……?誤解、ですか?」
すると、旭陽は俺の言いたいことがわかっていないらしく、頭の上に疑問を浮かべていた。ついでにちょこんと少し首を傾げている。ええいコンチクショー!可愛いじゃねえかコノヤロー!
……って。この計算された角度はこいつ、もう答え分かってるだろ。
「あー、もしかしなくても……せんぱい。お義父さんって自分のお父さんのことだと思いました?ごめんなさい。先輩のことは下僕としか思えないので、そういうことは無理です。あと、結婚とか事務所的にNGなんで」
「お前、事務所とか入ってないだろ。アイドルじゃないんだから」
スクールアイドルとかうちの学校にもあればいいのにね。
そしたら俺、旭陽のこと推しにするのに……。俺の推しは、大体十話くらいで闇落ちするからそこに期待。
いや、やっぱりやめておこう。旭陽が闇落ちなんてしたら、たぶん俺、殺コロされるわ。
うん、スクールアイドルがうちの学校になくて正解だな。
「おー、最初のツッコミはそこですかぁ、そうですか。やっぱりドMな先輩は私の下僕なんですねー」
「誰が下僕だ。言われ慣れすぎててツッコミ忘れてただけだ!」
「さすがにそれは私もドン引きですけど。あっ、もちろん冗談ですよー」
言って。旭陽はクッション性の高そうなコロコロ椅子に座る。
あの、旭陽ちゃん?俺との距離がさっきより遠いけど、これはなにかな?
……て、俺たちは始め何の話をしてたんだっけ。すっかり忘れちゃったよ。
「そういえば、俺たちは何の話からこんなどうでもいい話にまで展開したんだ」
「えーと、先輩の体質?」
「いや、それはたぶん違うだろ」
「そうでしたっけ?でも、先輩の体質って一体なんですかね?……都合がいいので私は嬉しいですけど(ボソッ)」
「最後まで丸聞こえなんですけど?」
「えっ、聞こえたんですか!?」
ふつう聞こえるでしょ。
何を驚いているの。
「まあ、俺の体質を知ってるお前からしてみれば、いろいろとパシれるから都合がいいんだろうけどさ」
「あー、そっちの」
「そっち?」
「いえいえ何でもないです!それより先輩も座らないんですか?いつまでも立ちっぱなしはキツイでしょ」
何故か慌てた様子の旭陽は俺に座るよう勧めてくる。
しかし、この子……椅子もないのに、いったいどこに座れと言うのやら。
え、なに。もしかして地べた!?地べたなの!?しかもその蔑むような目は正座を所望?
くそ。なんだか体がゾクゾクしてきやがるぜ!
……悲しいかな。俺はMなのであった。
少し考えた後。
俺はその場に正座した。
椅子に座る女子高生に、正座をする男子高生。
なんとも、旗から見れば不思議な光景だ。
当人の俺もよくわかってないけど……。
「ぷっ……本当に座るとは。しかも正座……。せっかくですし、先輩。私の足でも舐めときますか?」
「誰が舐めるか。それは俺の性癖の範囲外だ」
「ですよねー。さすがにそんなことされた日には警察を呼ばないといけませんから」
さらりと恐ろしいことを口にする旭陽。
ほんと、俺が足フェチじゃなくて良かったよ。もしもそうなら、俺の高校生活がここで終わってたかもしれない。
そんなの全然、ふつうの高校生じゃないよ。
警察の厄介になるなんて、ヤンキー漫画に出てくる高校生だよ。いや、まあ。そういう物語の主人公は女の子の足を舐めて捕まらないとは思うけどね。
「それで、俺の体質の話だったか。それって、もしかして部活と何か関係あんの?」
俺がそう聞いたのはなんとなくだ。
今のところ、旭陽が作ろうとしている部活が検討もつかないので適当に言った。
ただそれだけだった。
だが、意外にもそれは案外、的を得ていたらしい。
旭陽が意外そうな顔をしていた。
「今日の先輩は勘がいいですね。そうです。先輩の言うとおりです。私が作る部活はこれです」
言って。旭陽は一枚の紙を渡してきた。
折り畳まれたそれを開いてみると、紙にはこんなことが書かれていた。
☆★☆★☆★☆
入部届け
私、上村優作はオカルト同好会(何でも屋)に入部いたします。
☆★☆★☆★☆
それは、いわゆる入部届けというやつだ。
生徒が部活に入るとき、先生へ提出する紙。
自分で書くはずの名前はすでに記入されている。所属する部活動名もすでに謎の組織名が記入されていた。
どちらも俺の書いた文字そっくり。
犯人を見やると、そいつはこれまたデビルな笑みを浮かべていた。正座していて俺の視点が低いせいか、女王様のそれにも見える。
そして、入部届けは受理されると教員の印鑑が押されるのだが、不思議なことにこの入部届けはすでに押印されていた。
「先輩が入部するって言ったら、先生、泣いて喜んでましたよ。よかったですね」
犯人は、俺が聞いてもいないのに職員室でのやり取りを教えてくれた。
てか、旭陽ちゃん。あんた何てことしてくれてるの?
俺、すでに訳のわからない部活に入部してるんだけど!?
「えっと……お前の作りたい部活ってこれ?」
「はい、そうですよ」
ニコリ、と仏顔負けのアルカイックスマイルを浮かべる旭陽。
「オカルト同好会ってなに?」
「オカルトに関する同好会ですよ、先輩、オカルト知らないんですか?」
「いや、それは知ってるんだけど……なぜにオカルト?」
「そうですねー。先輩の体質って『女の子に優しくしないといけない』訳ですよね。しかも、失敗するとささやかな不幸が訪れるっていう」
俺の厄介な体質は、それだけならいいが失敗するとペナルティが課されるのだ。
ささやかな不幸ってところがまた何とも言えない。
あまりにも怖いので、俺は今まで必死に女の子に優しくしてきた。だから、ペナルティがどんなものなのかは実際にはよく知らない。
だが、それと同時に現れたもう一つの体質が、その怪しい体質に現実味を帯びさせている。
俺はこんな怪しい体質を本物だと信じているのだ。
「ま、そうだな」
「それって、正にオカルトじゃないですか。先輩の体質を!こよなく愛する私と先輩の部活なのでオカルト同好会です」
わざわざ体質を強調しなくても旭陽が俺のこと、どうとも思っていないのくらいわかるから。
あと、なぜに同好会?
すると、俺のそんな疑問が顔に出ていたのか旭陽は説明を付け足した。
「いやぁ、人数が二人だと同好会にしかならないみたいなんですよ。だからオカルト同好会です」
「なるほどね。んで、その後に付随しているヤバめな文言はなによ?」
カッコ何でも屋カッコとじる。
オカルト同好会だけならまだしも、この付属品が面倒な気配をプンプン出していた。
「まだ何するか決めてないので、とりあえずです。なんでもできるようにするためのゆとりですよ。バイクのアクセルにも遊びがあるじゃないですか。アレと同じです」
「まあ……だいたいわかった。けど、実際のところ本音は?」
何度も言うが、旭陽は計算高い人間なのだ。
こんな部活を作るのには理由がある。
いま語ったものより、もっとえげつない理由が。
でないと、旭陽がこんな頭の悪そうな部活……というか、同好会を作るわけがないのだから。
「そうですね。先輩には本当のこと言ってもいっか。影響力なさそうですし」
それは余計なお世話だ。ま、事実だけど。
そして、旭陽は唐突にこんなことを言ってきた。
「私って、完璧じゃないですか?」
はい?
「私って、完璧じゃないですかー?」
「あ、ごめん。聞こえてたけど意味がわからなくて」
「先輩の鈍感さん。いいですか?私って、見た目も良くて頭もいい、運動は嫌いだけど出来ますし。中学の時は最後、生徒会長までした完璧超人です」
「自分でそれを言うのはどうかと思うけど……確かにそうかもな」
「ですよね?でも、それって表向きの私じゃないですかー」
そんなこと俺が知るわけないじゃないですかー。
けど、旭陽の言わんとすることは何となくわかった。
「で、本当の私を知っている人はかなり少ないわけです。本当の友だちはいないわけですよ……」
旭陽のトーンは少しずつ落ちていく。
こんな奴でもそういうことに悩んでいるのだ。
「だから、私は本当の友だちが欲しいわけです!」
「……そうだな」
「それでこの部活を作ったんですよ!!」
「そこから一気にわからない!!」
旭陽の言葉につい、某まちかどの魔族みたいなツッコミをしてしまった。俺はやっぱりあの子悪くないと思ってるよ。原作とアニメで言われてないだけでたくさん言われているけど、やっぱりあの子は悪くないよ。エロいしかわいいからね。
「えー、何でわからないんですか。私が素直に自分を出せるわけないでしょ?だから、先輩みたいに弱味を握れる体質の人を探しているんですよ。だからこそのオカルト同好会ですよ!!」
ああ、ほんと。こいついい性格してるわー。
「えーと、つまりアレか。最悪、友だちになれなくても旭陽の裏の顔は秘匿するために、保険として俺みたいな体質の人間をさがしていると」
「あ、そういう感じです。そういう人じゃないと後が怖いんで友だちになれませんよー」
「お前の考え方が怖いよ!」
つまりこうだ。
旭陽は表向き完璧な生徒として君臨している。
高校には今日入学したばかりだが、こいつならすぐに話題の人となるに違いない。だって可愛いし、表の顔は性格もいいし。
だが、それでは中学の時みたいに、自分にすり寄る人や憧れる人は出来ても、友だちはできない。
だから、本当の自分を見せても大丈夫な人間をさがしていると。
動機はわかる。
けど、保険のかけ方が最悪だ。
本当の自分を見せる前に相手の弱味を握らないといけないのだ。
旭陽は、表向きの自分にもプライドを持っている。計算された表の顔はそれなりの苦労を伴って手にいれているのだ。大事にするのも無理はない。
表向きの自分を壊さず、安全に友だちを手にいれるための装置────
それが『オカルト同好会(何でも屋)』なのだ。
生徒どころか教師もこんな理由で部活が作られたなんて思わないだろう。
俺も知らなければよかったと若干後悔している。
しかし、そのときふと思った。
旭陽の条件……俺、クリアしてないか?
旭陽の裏の顔を知っていて、しかもそれを言えないように弱味を握られている。
────もしも、旭陽が俺に対してもそう思っているのならば……俺は。
答えがでると、旭陽が急に可愛らしく見えてきた。
だから、俺はほんの少しだけ勇気を出して口を開く。
「なあ……旭陽」
なんですか?と旭陽は目で応える。
心なしか彼女の瞳は揺れて見えた。
「よかったら、その……俺と友だ……」
「ごめんなさい。私、女友達が欲しいので」
即答だった。
俺がまだ全部言い切れてもいないのに、旭陽のやつは断りやがった。
その瞬間。
ものすごい自分が恥ずかしくなってしまった。
俺はいったい何を勘違いしていたんだと……。
俺が恥ずかしさに身を悶える間も旭陽のお断りは続く。
「それに、先輩は私の下僕なので友達っていうのはちょっと……男友達って、事務所的にNGなので。あっ、それか先輩が女の子になってくれるなら全然大丈夫ですよ!」
「誰がなるかー!!」
そこで俺が叫んでしまったからだろう。
その後に続いていた旭陽の言葉を聞き取れなかったのは。
「それに……先輩とは、別の関係がいいですし」
だから、俺はこう言うしかない。
使い古されたあの台詞を。
「え?なんて?」
「鈍感な先輩には教えてあげませーん!」
言って。旭陽はべーっと小さく下を出した。
こうして、その日。
悪魔みたいな旭陽の旭陽による旭陽のための部活が発足した。
次回は夜の部プロローグです。
優作さん。椅子返すの忘れてるよ。