王都ノルニル
いくつかの街を経由し、ようやくノルニル王国の王都ノルニルに到着した。
魔獣や賊の襲撃などもなく、無事に皇子を送り届けることが出来た。
ノルニルの治安の良さは、目を見張るばかりである。
それに、帝国内の襲撃が兄皇子たちの仕業だとすれば、ノルニルの方がラビス様にとって安全なのかもしれない。
刺客を送ろうにも、フレイ王国やブラギの森を越えることは困難であるからである。
その分、帰り道である帝国内の方が注意する必要があるだろう。
王都の城門で用向きを伝え、審査を受ける。
交流のない他国からの使者ということで時間はかかったが、王都へ無事入ることができた。
石造りの町並みが整然としているノルニル。
驚くべきことに平屋の建物が少ない。
ほとんどが3階以上の建物である。
これも魔法を使った建築の成果だろうか。
帝都も見たこともない俺は、平屋しかないソラギと比べて圧倒されていた。
城壁の守備兵から案内の者をつけてもらい、王城へと向かう。
門をくぐった瞬間に目へ飛び込んでくる5階建ての巨大な城。
あれが王城なのだろう。
王城の入り口で馬を預け、架け橋を渡り、王城の門をくぐる。
ここで別の者が案内を変わった。
ローブを着た上品な男が2人だ。
良く見ると、王城の中に勤めている者は、ほとんどがローブを纏っている。
みな魔法使いなのだろう。
ノルニル王国には、いわゆる兵士というものが少ないと聞く。
戦時には、平民が徴兵されるほか、自治都市エーギルから傭兵を雇うそうだ。
主力となるのは魔法使いとなるらしい。
帝国でいう騎士が魔法使いに当たるのだろう。
いろいろな点で帝国との違いがあり、驚くばかりだ。
1人の案内の者に護衛の者たちが別の場所に連れて行かれた。
俺も一緒についていこうとしたら、ラビス様に止められた。
仕方なくラビス様とトライデン様と3人で、もう1人の案内の男に連れられていく。
連れられて入った部屋は、執務室のようだった。
中には、貫禄のある中年の男が執務机で作業をしていた。
この男もローブを纏っている。
俺たちが入室したのに気づくと手を止め、立ち上げって声をかけてきた。
「遠路はるばるようこそおいでなされた帝国の方々よ。
私は、王国で宰相を務めているオンデスと申す。
早速で恐縮だが、ご用向きを伺いたい」
「お初にお目にかかる。私は帝国で公爵の任についているトライデンと申す。
今回は、我が帝国の皇子であられるラビス様に同行させていただいている。
皇子の用向きは、貴国との同盟の申し出である」
トライデン様がそう言うと、ラビス様が書状を取り出す。
「私がテュール帝国皇子ラビスである。
ここにある書状が我が父、皇帝陛下からの親書である。
内容は、いまトライデンが申したとおりだ」
ラビス様が堂々と外交を展開しているのを見て、俺は感心した。
年下のお子様と思っていたが、やはり皇族は教育が違うらしい。
それに急に貫禄のようなものを感じる。
「加えて、些少ではあるが国王陛下への贈答の品もお持ちしている」
トライデン様が付け加えた。
「同盟の締結ですか…
これはまた急な申し出ですな。
私の一存では決めかねますので、しばし時間をいただきたい。
それまでは部屋を用意させますので、この城でごゆるりとお過ごしください。
長旅の疲れもございましょう。
早速、案内させます」
そう言って、オンデス様が部屋の外にいた者に声をかけ、指示を出す。
「ご厚情ありがとうございます。
お言葉に甘えて、逗留させていただきます。
良き返事をいただけるのを楽しみしております」
部屋を出る前にトライデン様がそう伝え、3人で退出した。
案内のローブの男に続くと、大きな部屋に着いた。
「こちらを殿下のお部屋にお使いください。
公爵閣下のお部屋にもご案内します」
俺はどうしたらいいのかとうろたえていると、ラビス様が声をかけてくれた。
「フリッカー。
貴賓室には付き人が寝泊りする控えの部屋もある。
お前はそこを使え」
そうなのか…
俺としては、護衛の人たちといた方が気が楽なんだけどな。
「…かしこまりました」
まあ、皇子には逆らえないよね。
部屋に入ると、執事の男と侍女たちがいた。
この人たちが身の回りの世話をしてくれるらしい。
…部屋に他人がいるというのは、落ち着かないな。
ラビス様は慣れたもので、すでにソファーで寛ぎながら紅茶を所望している。
「お前もそこに座れ、フリッカー」
ラビス様が対面のソファーを指差す。
俺なんかが皇子と一緒に座っていいのかな…
迷ったそぶりを見せていると、ラビス様が笑う。
「堅苦しく考えるな。ここは帝国ではない。
主人と付き人ではなく、1人の友人として座るがいい」
ここまで言われてしまうと断りづらいな。
恐る恐るソファーに座る。
「なあ、フリッカー。
あの様子だと、返事をもらえるまで何日かかかるぞ。
ただ待つのはつまらん。せっかくだから、王都を散策するぞ」
ラビス様…
その目は完全に決定事項ですよね。
短い付き合いですが、俺にも分かりますよ。
「後で護衛の方たちに伝えておきます」
そう答えると、ラビス様は不服そうな顔をする。
「せっかく他国まで来て、物々しく見て回りたくない。
お前がいれば十分だ」
うわぁ、ラビス様の目が本気だ。
でも、後でシンバ様に伝えて、こっそり護衛してもらおう。
「殿下の安全のために全力を尽くします」
そうとしか言えないよね。
翌日、ラビス様と朝食をとっていると「返事にはしばらくかかる」と伝言があった。
ラビス様が了承の言葉と昼から外出する旨を伝えている。
昨夜、シンバ様には伝えてあるから、こっそり付いてきてくれるだろう。
見た感じ、王都の治安には不安はないが、万が一があってはならないからな。