皇子
俺は、いまなんでここにいるのだろうか…
父の執務室に呼ばれ、父と兄の後ろに立っているのだが…
現在、父の執務室の中には、護衛隊長のシンバ様と使節団の責任者トライデン様がいる。
そして、唯一、上座の椅子に座っている子どもが1人。
使者様の子息だと思っていたが、この子どもが皇子であるらしい。
第三皇子ラビス様。
ノルニル王国への使者であるラビス様と実質的な責任者として公爵であるトライデン様。
護衛隊長として、近衛騎士のシンバ様が今回の使節団を率いているらしい。
聞いてみれば、ラビス様は12歳とのこと。
俺よりも2つも下じゃないか。
なのに俺を子ども扱いするなよ。
それよりも12歳の子どもが国の使者でいいのだろうか。
なんにせよ、難しい話は俺のいないところでやってほしい。
「今回の助勢は、本当に助かった。礼を言う」
お子さま皇子が、父にそう言った。
「ありがたいお言葉をいただき、感謝致します。
帝国貴族として当然のことをしたまでです」
父がそう返す。
「いや、今回ばかりは本当に肝を冷やした。
しかし、さすがはソラギの強兵。
噂にたがわぬ強さだった」
父の言葉に、トライデン様が応える。
続いて、シンバ様が発言する。
「その強兵ぶりを見込んで頼みがある。
今回の襲撃で、護衛の数が半分となってしまった。
まさか自国内で襲われるとは…
これでは他国に入ってからも心配だ。
そこで、ソラギの兵を護衛に出してもらえないだろうか」
頼んでいる形であるが、地方領主の父に断る術はないだろう。
案の定、父はこれを承諾した。
「リンゼイ殿、重ねて感謝する。
帝都に戻った暁には、そちへの褒美を陛下に上奏するゆえ。
期待していてくだされ」
トライデン様の言葉に、父が頭を振る。
「とんでもない。帝国貴族として当然のことです。
あまりお気になさらないでください」
父の言葉に、ラビス様が応える。
「いや、功績があった者に褒美を与えるは皇族の務め。
私からも父へ必ず奏上し、そなたへの恩に報いよう」
「かしこまりました。ありがたき幸せにございます」
「で、ついでといってはなんなのだが」
そう言って、俺をみるラビス様。
「そこの子どもも使節団に加えさせてくれ。
なんなら、私の騎士としてこの場で叙勲してもいい」
驚く父と兄。
それ以上に、困惑する俺。
「いえ、フリッカーはまだ成人しておりません。
ですので、叙勲はできません。
それに、この領地から出たことのない未熟者ですので…」
父がやんわり断ろうとするが、ラビス様は聞かない。
「そうか。では、騎士見習いとして付いて来させよう。
私は、この者が気に入ったのだ。
将来は、私の近衛として仕えさせたい」
その言葉に、父と兄が嬉しそうな反応を見せる。
「本当にそのような厚遇をいただいてもよろしいのでしょうか」
父の言葉にラビス様が大きくうなづく。
「私も賛成です。この子どもは見所がある。
腕も立ちますし、歳も皇子と変わらないので良き相談相手にもなりましょう。
将来的に、皇子の腹心となる人材に成長してほしいものですな」
トライデン様まで、そんなことを言い出してしまった。
「よろしくお願い致します」
あ、父がよろしくお願いしてしまった。
これは、ソラギを離れて帝都へ行くことが決定してしまったのか…
皇族の頼みだもんなあ。
断れないよなあ。
父と兄は、帝都で出世して欲しがってたしな。
この話、無かったことにはならないだろうなあ。
「これから頼んだぞ、フリッカー」
皇子のにこやかに笑いかけてきたので、引き攣った笑みだが返しておいた。
「フリッカーは下がってよいぞ」
父からの言葉でようやく退室できた。
「殿下、今回の襲撃ですが、賊の装備をみても偶然とは思えません。
捕虜にした者も一切何もしゃべりません」
「そうか。やはり、兄上たちの差し金だろうな」
リンゼイの言葉に皇子が応える。
「皇子、このまま帝都へ引き返すのも1つの手だと思いますが」
「使者の任を受け、自国も離れぬうちに戻っては恥をかくだけだ。
それも計算に入れているのだろうな」
青い顔をしたトライデンの言葉に、皇子が苦々しく応える。
「では、このまま旅を続けると?」
「うむ。覚悟はしていたことだ。致し方ないだろう」
渋い顔をしたシンバの言葉にも、それ以上に渋い顔をした皇子が応える。
「それでは、なるべく腕のたつものを護衛につけましょう」
「よろしく頼むぞ、リンゼイ」
護衛のために付いて行く兵の選抜を待って、使節団は出発することとなった。
その猶予、2日。
その間に俺も旅の支度をしないといけない。
帝都に行くことになるにしても、ノルニルから一旦ソラギに寄ることになる。
まずはノルニルへ行く程度の荷物で十分だろう。
その間に、帝都へ行くための荷造りをお願いしておこう。
2日後、こうして俺は、あれよあれよという間に、ソラギの地を離れることになった。