不穏な空気
俺の14歳の誕生日を迎えた。
今年も、家族でささやかな誕生会を開いてもらった。
どうしても、話題が俺の将来についてのことになってしまうのは毎年のことだ。
「フリッカー。トラスとの稽古を見させてもらった。
剣術も魔術もずいぶん上達したものだ。
トラスと良い勝負ではないか。その歳でたいしたものだ。
しかし、来年になったら、いよいよ独立せねばならん。
帝都に向かい、将校の道を目指してはどうだ?」
父リンゼイが、そう問うてくる。
兄のトラスも同じようなことを言って来た。
「そうだぞ。その歳で、それだけ戦う力があるんだ。
将校の道を目指しても、かなり良いところまでいけるんじゃないか?
父上のように戦功を挙げて、貴族になることも夢ではないと思うぞ」
2人の目はもちろん真剣だ。
真剣に俺のことを思ってくれていることが伝わる目である。
母のマーリンは、少し心配そうな表情をしているが、それも俺を思ってのことだろう。
話の内容は、あまり気が向かないものだが、家族の温かさを胸で感じた。
「父上、兄上。
正直に言うと、私は、ソラギで生計を立てる術がないか考えております。
剣術や魔術を教えていただいたおかげで、帝都で挑戦するだけの力は得たと思っています。
しかし、遠く離れた知らない土地よりも、この長閑で温かいソラギで暮らしていきたいです」
父は、俺の言葉に残念さを滲ませながらも、自分の領地を愛する息子を嬉しく思っているようだ。
そんな複雑な表情をしている。
そして母は、俺の言葉を聞いて、嬉しそうに頷いてくれている。
しかし、兄だけは難しい顔をしていた。
兄がソラギの領主となる。それは決定事項だ。
傍から見れば、それは恵まれていることなのかもしれない。
だが、兄自身としては、外で挑戦したい気持ちもあるのだろう。
魔法剣士としての才能にも恵まれており、その自覚もある。
しかし、領主になるため、その挑戦は認められない。
そんな思いを俺に託したいのではないだろうか。
「まあ、あと1年は時間がある。お前の一生がかかることだ。
じっくりと考えるがいいだろう」
父は、それだけ言うと、手元のワインを飲みながら口を閉ざした。
誕生日会もつつがなく終わり、翌日を迎えた。
朝食を皆で食べた後、俺は恒例の巡回を行いながら頭を悩ませていた。
ソラギで生きていく術について、どうしたものか。
ちなみに、禁止されていた巡回だが、父から許しを貰い再開していた。
昨年、兄との模擬戦で初めて一本とることができ、その褒美として認めてもらったのだ。
相変わらず長閑な領地を思い悩みながら歩いていると、領民たちが声をかけてくれる。
「ご苦労様です」
そう声をかけてくるたびに、右手を軽く挙げて応えていく。
昔のように子どものおままごとに対する言葉ではない。
俺の巡回は、本来領主が行うものと同様に受け入れられていた。
実力が上がってきたという噂もあるのだろう。
だがそれよりも、実際にビックベアーを討伐した辺りから領民の目は変わり始めていた。
巡回から戻り、昼食をとるために食堂へと向かう。
皆で揃ったのを確認すると、父が食事の前に話があるという。
「来週、帝都から使者の一団が来訪されるらしい。
どなたがいらっしゃるかは書かれていないが、高位の貴族の方のようだ」
父の言葉を受けて、兄が質問する。
「父上。こう言ってはなんですが…
このソラギに、そのような方がどのようなご用件でいらっしゃるのでしょうか?」
「うむ。どうやら、他国への使者のようだ。
ブラギを抜けて、他国へ訪問する予定とのことだ。
おそらくノルニル王国へ向かうのではないか…」
父の言葉に兄がうなづく。
セイローン大陸の南西に位置するテュール帝国。
その北部には氷竜山脈が連なり、直接北上することはできない。
かといって、西側にはフレイ王国がある。
このフレイ王国とテュール帝国は、長い間犬猿の仲となっている。
現在でも国境付近では小競り合いが続いており、いつ大戦になってもおかしくない間柄である。
そのため、他国へ向かうには東側のブラギを経由して行くしかない。
ただ、テュール帝国は他国と親交があるわけでもない。
わざわざブラギを経由してまでの使者とは、どのような用向きなのか。
滅多にない事態に、父と兄が眉間に皺を寄せていた。
「しかし、帝国を代表して行く使者となると、相応の出迎えが必要なのでは?」
兄の言葉に父も頷く。
「ソラギのような土地に何の期待もしていないだろうが…
出来る限りのもてなしは必要だろう」
俺は、長閑な田舎領地に、不穏な空気が流れてきたような気がした。