アスモデウス
気がついて、周りを見渡すと見慣れた自分の部屋だった。
見回す動作でわき腹が痛み、少し声を上げる。
「領主様、奥様、坊ちゃまがお気づきになりました!」
どうやらベッドの側に人がいたようだ。
部屋から出て行くその人物の服装を見て、回復魔術を依頼された魔術師だと理解する。
親を呼びにいったということは、すぐに皆がやってくるのであろう。
その短い時間の中で、意識を失う寸前の出来事を思い出していた。
「あれは現実…?」
そうつぶやいたところで、人々が駆け込んできた。
入り口の方を見やると、両親と兄上が部屋に入ってきたところだった。
「ああ、無事だったのね!良かった…
良かった…私のかわいいフリッカー!」
母上が泣きながら、そう言って俺の顔を撫でる。
父上は黙って立っていたが、ホッとしたような顔をしている。
兄上も同じような様子だ。
「特に後遺症はないようですが、まだしばらく安静が必要です」
一緒についてきた先ほどの回復魔術師が家族3人に告げる。
魔術師の言葉に安堵の表情を浮かべながらも、苦々しげに父上が声をかけてきた。
「しばらくは外出禁止だ。
それから成人するまでは巡回とやらも禁止だ。
いいな?」
その言葉に、大きく頭を縦に振り、母上が同意する。
兄上は、そんな両親の姿を見ながら苦笑していた。
両親の話によると、ビッグベアーの出現を知らせる領民が館に駆け込んできたらしい。
同時に、俺がその討伐に向かったことも、その時知ったらしい。
父上は、慌てて兄上を伴い現場に向かったそうだ。
そこで、頭を破裂させたビックベアーと倒れている俺を見つけたというわけだ。
どうやって討伐したのか聞かれたが、必死だったので覚えてないと答えておいた。
父上と兄上は、納得いかない様子ではあったが、それ以上の追求はなかった。
追求はなかったものの、その後、日が暮れるまで両親から説教をされることとなってしまった。
「10歳の子どもが危険な魔獣に1人で挑むなど、無謀にも程がある」
と、至極まともな説教であったため、反論もできず、ただただ謝った。
説教が終わり、夕食を部屋に運んできてくれた時に、兄上は「よくやった」と笑ってくれたが。
夜が更けても、頭の中は意識を失う前の出来事でいっぱいだった。
自身に何が起こったのか、正直自分でも良く分かっていないというのは本当のことだ。
得体の知れないものが魔法陣から出てきて助けてくれた。
記憶に間違いなければ、これが事実であろう。
ただ、それを話しても他人に信じてもらうことは難しいということも分かっていた。
だから、両親にも話していないのだ。
まだ魔術の知識は拙いが、あれは召喚に属する魔法だったのではないか。
そういった予想はできるが、なぜ自分にできたのかは全く分からない。
あの夢の影響なのだろうか…
そんな疑問を堂々巡りさせているうちに寝入ってしまった。
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『…御主人様…
…ご無事でなによりでした、御主人様…』
また、自分がどこにいるかも分からない暗闇で目覚める。
この暗闇が心地よく感じさえする。
「おまえは、あの時助けてくれた【色欲】の≪アスモデウス》か?」
『御主人様!
覚えておいでですか!
その通りでございます。
貴方様の臣下たる【色欲】の≪アスモデウス》でございます!』
喜色を乗せた声で、そう返事が返って来た。
冷静に聞いていると、女性の声のように聞こえる。
「まずは、礼を言っておこう。
助けてくれて、感謝する。
だが、なぜ俺がおまえの主だというのだ?
それにあの魔法陣はなんだ?
分からないことが多すぎて困っている」
『ああ!我が御主人様!
身に余るお言葉をいただき、光栄に存じます。』
アスモデウスの声は、さらに喜色を増しているようだ。
だが、舞い上がって質問をされていることを忘れているようだ。
「できれば、疑問にも答えてくれるとありがたいのだが」
そう伝えると、慌ててアスモデウスは返事をする。
『我々は、御主人様にお仕えする6柱の大悪魔でございます。
我々との古の約定が、御主人様の魂に刻まれております。
そのため、転生されても我々は御主人様の臣下なのでございます。
ただ、今回、御主人様は我々の住む魔界ではなく、人間界に転生されました。
そのため、御前に参るためには魔法陣を通して、人間界に顕現する必要がございました』
アスモデウスは分かりやすく説明してくれているのだろうが、なにせ情報量が多すぎる。
いきなり理解も納得もできなかったが、気になる点だけ更に質問してみた。
「よくわからんが、アスモデウスの他にも部下がいるってことか?」
『仰るとおりです。御主人様。
私以外にも5柱の大悪魔がおります』
「そいつらは、なぜ出てこない?」
『今、お話させていただいている空間は、御主人様の夢の世界でございます。
私の【色欲】の悪魔としての特性ゆえ、夢に干渉することができますが、他の悪魔にはそれができません。
しかし、それも最近になって、ようやくのことでございます』
口ぶりからすると、俺が生まれてからずっと呼びかけてたようだな。
そう思うと、なんだか悪いことをした気になってくるから不思議なものだ。
「夢…そうか、ここは俺の夢の中か…
だが、先日は確かに魔法陣を通して、お前はでてきたではないか」
『【色欲】は、戦闘ではなく干渉を得意とする悪魔でございます。
その特性もあって、御主人様の魔力量全てを用いて、なんとか腕だけ人間界に干渉できました。
他の悪魔たちは、まだ御主人様の魔力量が足りないため、眠りについております。』
また突然意識が途切れた。