表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後篇

   

 しばらくの時間経過の後。

 朝のシャワーから俺が戻ると、久美子は、部屋着ではなく少し余所行よそいきの服に着替えていた。

「朝食は、スパゲッティにしましょう」

「ん? パスタの買い置き、あったっけ?」

 わざとからかうように、そう俺は言ってみる。久美子の意図は、なんとなくわかっていたのだが。

「かー君の意地悪。外食よ、外食!」

「ああ、うん。『サードハウス』へ行こうか」

 なんだかんだで、もう昼に近い時間帯だ。近所のお店――パスタとケーキが美味しいという『サードハウス』――も、そろそろ開店している頃だろう。


 部屋を出た俺たちは、手を繋いで歩く。いわゆる恋人繋ぎだが、付き合い始めた頃――というより付き合い始める直前――は、もっとギュッと密着する雰囲気だったので、これでも大人しくなったと感じる。

「……あれ?」

 久美子の呟きに、あらためて彼女の顔に視線を向けると。

 その頬に、不自然な水滴が一つ。

 何だろう、と思うまもなく。

 ポツリ、ポツリと、俺の頭や肩にも雨が落ちてきた。

「降ってきちゃったな」

 傘を取りに帰るべきか。そう思いながら、空を見上げる。

 まだ本降りという感じではない。小雨だから、しばらくの間は、傘なしでも大丈夫そうだが……。

「そういえば、天気予報なんてチェックしてなかったわね。そろそろ梅雨の時期なのに」

 確かに、久美子の言う通りだ。いつ雨が降ってきても、おかしくないシーズンだった。

 そう考えると同時に。

「梅雨か……」

 俺の頭の中には、全く違うイメージが浮かんでいた。


 その少し後。

 テーブルを挟んで座る久美子は、仏頂面ぶっちょうづらになっていた。

 彼女を鼓舞するかのように、俺は、努めて明るく言う。

「やっぱり美味いな、ここの麺は」

「そうだけど……」

 久美子も、同意はしてくれる。

 俺と同じく、定番メニューのざるそばをすすりながら。

「……でも、私たち『サードハウス』へ行くはずだったのよね? なんで『蕎麦の小山』にいるのかしら?」

 ここは「学生でもリーズナブルな値段で本格的な手打ち蕎麦が楽しめる」という評判のお店。

 あの時『梅雨』という言葉から、つゆに浸して食べる『蕎麦』を連想したので……。

 俺は急遽、行く先を変更したのだった。

「久美子だって、文句は言わなかったじゃん」

 一応『サードハウス』より『蕎麦の小山』の方が近い、という理屈もあった。雨が本格的に降りそうなら、より近場の方が良いはずだ。どうせスパゲッティも蕎麦も、どちらも麺類だし。

 まあ、そこまで久美子には説明しなかったが……。

 黙って俺に従ったのだがら、彼女も理解してくれている。そう俺は解釈したのだった。

「かー君って、思ったより勝手なところ、あるのよねえ」

 今頃になって言う久美子を見ていると、『思ったより勝手な』という言葉が心に引っ掛かって、ふと考えてしまう。


 俺は中学も高校も男子校だったせいか、大学に入ったばかりの頃は、女性と喋るだけで緊張していた。

 やがて普通に接することが出来るようになってからは、人並み程度に、恋愛も経験するようになった。

 それでも。

 誰と付き合っても、三ヶ月くらいで別れることになってしまう。

 久美子とは、その『三ヶ月』ラインを越えたので大丈夫かと思ったが……。

 これまで色々な女性から何度も聞かされた、あの言葉。「こんな人だとは思わなかった」とか「もう気持ちが冷めてしまった」とか、俺にとっては呪詛のようなセリフ。

 それが久美子の口から出る日も近いのだろう。そんな嫌な予感と共に、俺は蕎麦を飲み込むのだった。




(「梅雨だから」完)

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ