表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ヘアカラーをうつそっ! 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶつぶは、ロングヘアとショートヘア、どっちが好き?


 ――何? 前にも同じことを聞かれた覚えがある?


 ああ、そうだったっけ。気分を害したら、ごめんねごめんね〜。人の好みは移り変わるものだから、確かめないと不安になるのよ。ロングヘア好きが、一夜明けたらショートヘア好きに変わっている恐れがあるじゃない。長さだけじゃなく、ヘアスタイルだって然り。

 びしっと決めた髪型がひんしゅくを食らったら、ショックが大きすぎて、穴があったら入りたい〜、みたいな? たいてい文句を言われるのは、髪以外ってところはご愛嬌って奴?

 

 ――え、ご愛嬌とは言わない? もっと深刻な問題? 


 ははは、つぶつぶのツッコミはいつも手厳しいわね、私にだけ。

 そんな私でも髪は気になるっちゃ気になることよ。ばっさり切るのはやろうと思えば簡単。でも、伸ばすのは時間がかかるからねえ。いわば丹念に積み重ねてきた証なわけだし、昔の人が髪の長さで美しさを測ってきた、というのも理解できる話よ。

 私も昔はもっと髪を伸ばしていたんだけど、そのせいか、ちょっと厄介なことに巻き込まれてね。その時の話、してあげよっか?

 

 中学生になったばかりの頃。髪を編むことが私たちの間で流行っていて、クラスの半数以上の女子が編み込みとか、三つ編みに髪を結っていたのを覚えているわ。

 私も編めるくらいの髪の長さはあったけど、ストレート一択。なんだかおさげって子供っぽいイメージが、私の中じゃ強くって。ちょっと背伸びしたい時期だったし、実際にクラスの中では身長だって高い方だったしで、「オトナの女」に憧れていたわけ。

 つぶつぶも、当時のクラスでなかった? 仲のいい女の子たちがお互いの髪を編み合っている、休み時間のひとコマとか。グループ内での付き合いもあるし、私も何度か編んでもらったりしたけど、ひとりになるとすぐに髪を戻していたわ。

 校則のおかげで、腰まで伸ばすのはNG。私は年中、鎖骨がすっかり隠れるくらいの髪の長さを保ちながら、生活していたわね。

 

 その私のクラスの中にひとり、赤毛の女の子が混じっていたわ。周りが黒の中でイチゴに近い、明るめのレッドって目立つのよねえ。地毛ってことで、特別に認められていたの。

 ご存知のことと思うけど、赤の地毛って世界的にも珍しい色らしいわ。そのうえ、悔しいけど彼女は小柄で、可愛らしい顔立ちだったのよねえ。男どもにちやほやされていたわ。当時の男子の間じゃ、ゲームだかに出てくる赤い髪のヒロインが人気だったのも、関係しているかもしれない。

 

 ――ふん、女は黒よ、黒。おこちゃま男子など相手じゃないわ。あーあ、オトナな魅力を分かってくれる人、いないかなあ。

 

 そう強がって見せても、元が元のせいか、ほとんど男に相手されない私。オトナ、オトナといっても、モテるのまでオトナになってからじゃ遅いっての。「今すぐモテたいんじゃ〜」と心の中で叫ぶことしきりだったわね。

 

 そうこうしながら、自分なりの努力を続けている「つもり」の日々を重ねる私。夏休みに入って、隣の町まで映画を見ようと出かけた時、上りと下りで一本ずつしか線路がない駅のホームで、赤毛の彼女を見かけたのね。

 彼女は制服姿のまま、屋根下のベンチでうとうとしているようだった。小さい顔が、かくんかくんと上下しながらも、目を開ける気配を見せない。日頃、面白く思っていないない相手だから、ちょっと距離をとっちゃう私。駅内の高架を支える柱の前で、腕組みしながら電車を待っていたわ。

 待っている時に後ろから押されて、電車に轢かれたという事件を聞いたばかり。誰かが後ろに並ぶような状況は、極力、避けたかったの。

 

 やがて「電車が参ります」の電光掲示。車両の先頭が姿を現して、私は組んでいた腕を解くけど、すぐに違和感があったわ。

 頭が動かない。前へ行こうとすると、後ろ髪をぐっと引かれるのよ。物理的に。

 後ろを向くと、髪の毛の先が柱に縛り付けられていたの。私の髪を使って左右から柱を巻くようにね。

 もう電車は止まり、ドアが開きかける気配。私は柱に結ばれた髪を解こうとするけど、かなりきつい結び目。その上、接着剤か何かをかけられたみたいで、柱にくっついている髪は表面がカピカピに光っていて、毛の一本もほどけなかった。

 映画と髪の毛。私はとっさに前者を選んじゃったの。ソーイングセットからはさみを取り出して、柱と結ばれた部分をザクリ。かろうじて電車に滑り込んだけど、揺れに合わせて少し髪の毛が足元に散っていく……。

 

 結局、映画の内容は半分ほどしか入って来ず、私は自分の髪の毛ばかりを気にしていたわ。

 切っちゃった長さは大したものじゃなかったけど、問題は自分の髪の毛に手を出した人のこと。自分よりもホームの奥へ向かう人については、十分に注意を払っていたつもり。その行方も目で追って、電車に乗るまでこちらに近づいてくる人はいなかった。

 犯人は私に悟られないように忍んで、柱の後ろから気づかれずに髪の毛を結べる何者か……器用とかそんなレベルじゃなくて、私は少し寒気がする。

 本当なら映画帰りに買い物する予定だったけど、そんな気分にはなれず、すぐに駅へ向かう私。今度は、人はもちろん、柱にも触れないように注意を払ったわ。


 最寄り駅に戻ってきて、減速し始める電車。つり革に掴まって乗車側のホームを眺めていた私は、どきっとする。もう数時間が経つのに、あのベンチには赤毛の彼女の眠りこけている姿があったのよ。

 私は電車を降りると、高架を渡って反対側へ。彼女に近寄ると、顔の前に手をかざして息をしているか確認。小さいけど確かな鼻息に、ほっと胸をなでおろしたのも束の間、私は見てしまったわ。

 彼女の後ろ髪の一部が伸びて、ベンチの後ろにある金属の手すりに絡みついていたの。今朝の私と同じように。

 思わず肩を揺さぶって、起こしにかかる私。ほどなく彼女は大あくびをしながら起きて、私を見るとのんきに「おはよう」と声をかけてくる始末。私が、髪の毛が結ばれているのを指摘しても、特に慌てた様子もない。


「うん、いいの。私、染めているから。天然の方法で」


 わけがわからない私に、彼女はおでこにかかった前髪をかき上げて見せてくれる。のぞいた彼女の髪の生え際は、私と同じ黒い色。

 地毛っていうのは嘘だったんだ。校則のゆるい学校とはいえ、さすがにこれはと抗議したところ、彼女は「だから、天然って言ってるじゃん」とふくれっ面。

 ポケットから小さいはさみを取り出すと、背後の結び目をぷつっと解きながら、説明してくれる。最近、この辺りには髪の色素を食べる生き物がいるんだと。


「メラニンって知ってるでしょ? 髪には2種類存在して、ユーメラニンとフェオミラニンがあるの。日本人のような黒髪はユーメラニンが多くて、今のあたしのような赤い髪には、フェオミラニンが多いらしいのよ」


「じゃあ、なにか? あの結びつけてるのって、フェオミラニンを髪に足しているとか?」


「ご明察。ユーメラニンに比べてフェオミラニンは安定したものらしくってね、片っ端から不安定なユーメラニンを壊していっちゃうんだ。でも、時間がかかるの。ここまでにするのに苦労したんだから」


 彼女は赤毛の一本をつまんで、くるくる指に巻きつけてみせる。私は彼女の髪が結ばれていた柱をじっと観察。生き物といっていたけど、手足とか顔とかがくっついている気配はなかった。


「ああ、そいつカメレオンみたいに姿見えないから。音もなく髪結んで、音もなくチューチュー吸いながら、メラニン出す見たい」


 平然と告げる彼女の言葉に、私はさっと今朝の柱の下へ急ぐ。そこに残されていた私の髪は、彼女のものとほぼ同じ色にまで、せてしまっていたの。


「ん、これ大分気に入られたんじゃない? きっとまたチューチューしてくるよ」


「そんな……どうにかならない?」


「いや、私知らないし。でも吸うだけ吸ったら飽きるんじゃない? 人間と同じでさ」


 ぎゃはは、とはしたない笑い声まで添える彼女。女同士だからか、お下品さを抑えようとしない。こういう面を知らずにちやほやする奴らを見るたび、「男子ってアホだなあ」と私は思うのよ。


 で、その懸念は現実になっちゃったわ。

 その晩、やけに寝つきが良かったのよ、私。美容院で頭をマッサージされている時みたいに。もう、これ以上ないってくらい良い目覚めだったのに、洗面所の鏡を見て愕然としたわ。

 私の黒髪が、一晩でブロンドに大変身していたのよ。

 昨日、帰ってから調べたから分かっている。ブロンドは赤毛ほどではないけれど、フェオミラニンの割合が多いということを。


 ――やっぱりチューチューしてきたんだ、あたしの髪。しかも、中途半端の食べかけで投げ出すとか……!


 しかも間が悪いことに、直後にパパがやってきてびっくり&大激怒。「この馬鹿娘が!」って、その場で黒染めスプレーぶちまけられる始末よ。

 学校がなかったのが救いね。私、汗っかきだからスプレー流れてきちゃって、服の襟がまっくろくろすけに……先生にバレたら、パパにされる以上の大目玉を食らっていたかも。

 結局、私は伸ばした髪をバッサリ切ったの。新しく生えてくる髪は黒いままで、またあの眠気に誘われることもなかったから、あの「チューチュー」に飽きられたんだと思う。髪を手入れしていた身としては、だいぶ複雑なんだけど……。

 休み明け、ベリーショートにイメチェンした私は、一日限りの人気者。話題をかっさらっていったわよ。ただ件の赤毛の彼女だけはその輪に加わらずに、遠目からにっこり笑っているだけだったけどね。

 卒業して以来、彼女には会っていないけど、どうしているかなあ? もしかするとチューチューされすぎて白髪になっちゃっているとか、ないかしらね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] まんまと、タイトルに釣られてしまいました! 面白かったです。 ほほう。女子中学生の髪を、チューチューする……それはまたマニアックな嗜好の生物でしたね。(笑) 背伸びしたい気持ちもよく分かりま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ