ヘアカラーをうつそっ!
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶつぶは、ロングヘアとショートヘア、どっちが好き?
――何? 前にも同じことを聞かれた覚えがある?
ああ、そうだったっけ。気分を害したら、ごめんねごめんね〜。人の好みは移り変わるものだから、確かめないと不安になるのよ。ロングヘア好きが、一夜明けたらショートヘア好きに変わっている恐れがあるじゃない。長さだけじゃなく、ヘアスタイルだって然り。
びしっと決めた髪型がひんしゅくを食らったら、ショックが大きすぎて、穴があったら入りたい〜、みたいな? たいてい文句を言われるのは、髪以外ってところはご愛嬌って奴?
――え、ご愛嬌とは言わない? もっと深刻な問題?
ははは、つぶつぶのツッコミはいつも手厳しいわね、私にだけ。
そんな私でも髪は気になるっちゃ気になることよ。ばっさり切るのはやろうと思えば簡単。でも、伸ばすのは時間がかかるからねえ。いわば丹念に積み重ねてきた証なわけだし、昔の人が髪の長さで美しさを測ってきた、というのも理解できる話よ。
私も昔はもっと髪を伸ばしていたんだけど、そのせいか、ちょっと厄介なことに巻き込まれてね。その時の話、してあげよっか?
中学生になったばかりの頃。髪を編むことが私たちの間で流行っていて、クラスの半数以上の女子が編み込みとか、三つ編みに髪を結っていたのを覚えているわ。
私も編めるくらいの髪の長さはあったけど、ストレート一択。なんだかおさげって子供っぽいイメージが、私の中じゃ強くって。ちょっと背伸びしたい時期だったし、実際にクラスの中では身長だって高い方だったしで、「オトナの女」に憧れていたわけ。
つぶつぶも、当時のクラスでなかった? 仲のいい女の子たちがお互いの髪を編み合っている、休み時間のひとコマとか。グループ内での付き合いもあるし、私も何度か編んでもらったりしたけど、ひとりになるとすぐに髪を戻していたわ。
校則のおかげで、腰まで伸ばすのはNG。私は年中、鎖骨がすっかり隠れるくらいの髪の長さを保ちながら、生活していたわね。
その私のクラスの中にひとり、赤毛の女の子が混じっていたわ。周りが黒の中でイチゴに近い、明るめのレッドって目立つのよねえ。地毛ってことで、特別に認められていたの。
ご存知のことと思うけど、赤の地毛って世界的にも珍しい色らしいわ。そのうえ、悔しいけど彼女は小柄で、可愛らしい顔立ちだったのよねえ。男どもにちやほやされていたわ。当時の男子の間じゃ、ゲームだかに出てくる赤い髪のヒロインが人気だったのも、関係しているかもしれない。
――ふん、女は黒よ、黒。おこちゃま男子など相手じゃないわ。あーあ、オトナな魅力を分かってくれる人、いないかなあ。
そう強がって見せても、元が元のせいか、ほとんど男に相手されない私。オトナ、オトナといっても、モテるのまでオトナになってからじゃ遅いっての。「今すぐモテたいんじゃ〜」と心の中で叫ぶことしきりだったわね。
そうこうしながら、自分なりの努力を続けている「つもり」の日々を重ねる私。夏休みに入って、隣の町まで映画を見ようと出かけた時、上りと下りで一本ずつしか線路がない駅のホームで、赤毛の彼女を見かけたのね。
彼女は制服姿のまま、屋根下のベンチでうとうとしているようだった。小さい顔が、かくんかくんと上下しながらも、目を開ける気配を見せない。日頃、面白く思っていないない相手だから、ちょっと距離をとっちゃう私。駅内の高架を支える柱の前で、腕組みしながら電車を待っていたわ。
待っている時に後ろから押されて、電車に轢かれたという事件を聞いたばかり。誰かが後ろに並ぶような状況は、極力、避けたかったの。
やがて「電車が参ります」の電光掲示。車両の先頭が姿を現して、私は組んでいた腕を解くけど、すぐに違和感があったわ。
頭が動かない。前へ行こうとすると、後ろ髪をぐっと引かれるのよ。物理的に。
後ろを向くと、髪の毛の先が柱に縛り付けられていたの。私の髪を使って左右から柱を巻くようにね。
もう電車は止まり、ドアが開きかける気配。私は柱に結ばれた髪を解こうとするけど、かなりきつい結び目。その上、接着剤か何かをかけられたみたいで、柱にくっついている髪は表面がカピカピに光っていて、毛の一本もほどけなかった。
映画と髪の毛。私はとっさに前者を選んじゃったの。ソーイングセットからはさみを取り出して、柱と結ばれた部分をザクリ。かろうじて電車に滑り込んだけど、揺れに合わせて少し髪の毛が足元に散っていく……。
結局、映画の内容は半分ほどしか入って来ず、私は自分の髪の毛ばかりを気にしていたわ。
切っちゃった長さは大したものじゃなかったけど、問題は自分の髪の毛に手を出した人のこと。自分よりもホームの奥へ向かう人については、十分に注意を払っていたつもり。その行方も目で追って、電車に乗るまでこちらに近づいてくる人はいなかった。
犯人は私に悟られないように忍んで、柱の後ろから気づかれずに髪の毛を結べる何者か……器用とかそんなレベルじゃなくて、私は少し寒気がする。
本当なら映画帰りに買い物する予定だったけど、そんな気分にはなれず、すぐに駅へ向かう私。今度は、人はもちろん、柱にも触れないように注意を払ったわ。
最寄り駅に戻ってきて、減速し始める電車。つり革に掴まって乗車側のホームを眺めていた私は、どきっとする。もう数時間が経つのに、あのベンチには赤毛の彼女の眠りこけている姿があったのよ。
私は電車を降りると、高架を渡って反対側へ。彼女に近寄ると、顔の前に手をかざして息をしているか確認。小さいけど確かな鼻息に、ほっと胸をなでおろしたのも束の間、私は見てしまったわ。
彼女の後ろ髪の一部が伸びて、ベンチの後ろにある金属の手すりに絡みついていたの。今朝の私と同じように。
思わず肩を揺さぶって、起こしにかかる私。ほどなく彼女は大あくびをしながら起きて、私を見るとのんきに「おはよう」と声をかけてくる始末。私が、髪の毛が結ばれているのを指摘しても、特に慌てた様子もない。
「うん、いいの。私、染めているから。天然の方法で」
わけがわからない私に、彼女はおでこにかかった前髪をかき上げて見せてくれる。のぞいた彼女の髪の生え際は、私と同じ黒い色。
地毛っていうのは嘘だったんだ。校則のゆるい学校とはいえ、さすがにこれはと抗議したところ、彼女は「だから、天然って言ってるじゃん」とふくれっ面。
ポケットから小さいはさみを取り出すと、背後の結び目をぷつっと解きながら、説明してくれる。最近、この辺りには髪の色素を食べる生き物がいるんだと。
「メラニンって知ってるでしょ? 髪には2種類存在して、ユーメラニンとフェオミラニンがあるの。日本人のような黒髪はユーメラニンが多くて、今のあたしのような赤い髪には、フェオミラニンが多いらしいのよ」
「じゃあ、なにか? あの結びつけてるのって、フェオミラニンを髪に足しているとか?」
「ご明察。ユーメラニンに比べてフェオミラニンは安定したものらしくってね、片っ端から不安定なユーメラニンを壊していっちゃうんだ。でも、時間がかかるの。ここまでにするのに苦労したんだから」
彼女は赤毛の一本をつまんで、くるくる指に巻きつけてみせる。私は彼女の髪が結ばれていた柱をじっと観察。生き物といっていたけど、手足とか顔とかがくっついている気配はなかった。
「ああ、そいつカメレオンみたいに姿見えないから。音もなく髪結んで、音もなくチューチュー吸いながら、メラニン出す見たい」
平然と告げる彼女の言葉に、私はさっと今朝の柱の下へ急ぐ。そこに残されていた私の髪は、彼女のものとほぼ同じ色にまで、褪せてしまっていたの。
「ん、これ大分気に入られたんじゃない? きっとまたチューチューしてくるよ」
「そんな……どうにかならない?」
「いや、私知らないし。でも吸うだけ吸ったら飽きるんじゃない? 人間と同じでさ」
ぎゃはは、とはしたない笑い声まで添える彼女。女同士だからか、お下品さを抑えようとしない。こういう面を知らずにちやほやする奴らを見るたび、「男子ってアホだなあ」と私は思うのよ。
で、その懸念は現実になっちゃったわ。
その晩、やけに寝つきが良かったのよ、私。美容院で頭をマッサージされている時みたいに。もう、これ以上ないってくらい良い目覚めだったのに、洗面所の鏡を見て愕然としたわ。
私の黒髪が、一晩でブロンドに大変身していたのよ。
昨日、帰ってから調べたから分かっている。ブロンドは赤毛ほどではないけれど、フェオミラニンの割合が多いということを。
――やっぱりチューチューしてきたんだ、あたしの髪。しかも、中途半端の食べかけで投げ出すとか……!
しかも間が悪いことに、直後にパパがやってきてびっくり&大激怒。「この馬鹿娘が!」って、その場で黒染めスプレーぶちまけられる始末よ。
学校がなかったのが救いね。私、汗っかきだからスプレー流れてきちゃって、服の襟がまっくろくろすけに……先生にバレたら、パパにされる以上の大目玉を食らっていたかも。
結局、私は伸ばした髪をバッサリ切ったの。新しく生えてくる髪は黒いままで、またあの眠気に誘われることもなかったから、あの「チューチュー」に飽きられたんだと思う。髪を手入れしていた身としては、だいぶ複雑なんだけど……。
休み明け、ベリーショートにイメチェンした私は、一日限りの人気者。話題をかっさらっていったわよ。ただ件の赤毛の彼女だけはその輪に加わらずに、遠目からにっこり笑っているだけだったけどね。
卒業して以来、彼女には会っていないけど、どうしているかなあ? もしかするとチューチューされすぎて白髪になっちゃっているとか、ないかしらね。