察せない人
「次はあれにしましょう! いやー今日は設定甘々じゃないですか!? それとも腕を上げましたか市ヶ谷さん!!!」
「そろそろ荷物が大変なことになりそうだが……」
部室メンバーでの初詣。その帰り道に立川が神妙な顔で寄りたい場所があると言うから何事かと思えば、いつも通りのゲーセンだった。
お年玉という軍資金を手に入れ意気揚々。年末年始でファミリー層が多いが、それも気にせずプライズ品に熱視線を向けている。
「今がチャンスなんです! 小物中心に普段はスルーしてるのお願いします!」
言い終わる前に小銭を台に投入済みなのはご愛敬という事にしておこう。
「……どの色だ」
目の前にあるのは小さなぬいぐるみが山のように積まれている台だ。
「コンプでお願いします!」
いい笑顔で敬礼までされてはしょうがない。ファミリー層向けなのか在庫処分なのか、先ほどから設定の甘い台が多いのでこれも大丈夫だろう。
「……む」
そんな楽観がみごとに打ち砕かれるレベルでアームの力が弱かった。それならそれでやりようがあるのだが、立川はいい笑顔でポチ袋を取り出して、両替機へと走っていった。
そこまでつぎ込んでいいのだろうか。いや、
「俺が上手くやれば被害は減る、か」
本当は止めた方がいいのかもしれないが、正直距離感が掴みかねていて止めても良いものか判断がつかない。
頼まれて景品を取る。同じコミュニティに所属していて比較的親しげに会話する。俺と立川の関係というのはその程度だ。
例えば、彼女が今お年玉を持っているという事は実家暮らしなのだろうという推測はできる。しかし、実情は知らないのだ。
もしかしたら年末に帰省していて、その際に貰ってもうこちらに戻って来ているのかもしれない。
俺が彼女について知っている事というのは、本当に少ない。
可愛い小物が好きだとか、あいつを慕っているだとか、その裏返しで長塚を敵対視しているとか。そういうどうでもいい事しか知らないのだ。
赤いマスコットが落ちる。青が落としやすい位置に来ている。
「これならいけるか……?」
残りのクレジットで何処まで落とせるか、腕の見せ所だ。
白が遠い。あれはダブり覚悟で落とすしかないだろう。
アームが開き、降りていく。
「あ、もしかしてもう取ってます!? 流石……っ!」
小銭を握って戻ってきた立川の満面の笑みが眩い。
これから先、立川の事をもっと知ることができるのだろうか。
相手のことをよく知らないのに何処に惹かれたのかとも思うのだが、残念なことにこの手の話は理不尽なものなのだ。
プライズが取れるか否かで一喜一憂する姿以外にも、多くの表情を見たい。今年の抱負はそんなところだ。
「任せておけ」
そしていい加減伝わるようにアプローチをしなければならないというのも、今年の重要なテーマだろう。
何せ立川はなにかを察するということがない。いや無いわけではないが限りなく可能性が薄い。
湾曲的表現では意味が伝わらないのだ。
普通に考えてほしい。好意を持っていない相手にこんなに頻繁にゲーセンの景品を取ってくれと頼まれても普通は応じない。
しかし彼女にはその辺りが一切伝わっていない。
強敵なのだ。
「……強敵だな」
「あ、残弾追加しますね! 市ヶ谷さんを悩ますとはやりおるなこの台!」
……こういうところだ。
しかしそれを憎めないあたり、もう既に取り返しがつかないのだろう。