目の前でやるな
「さあ行くぞ、長塚後輩」
「出掛けるのか。気をつけて行ってこい」
「いや唐突にいわれましても。というか市ヶ谷さんはノータイムで一切疑わないのやめてください」
市ヶ谷さんの持っていた心優しさが俺に対してだけ失われてしまっている。何故だ解せない。
「んで、どこに行きたかったんですか」
今日は冷え込んでいるので暖かい部室から出たく無いのだ。
「勝手に過去形にするんじゃない。鍋だよ、土鍋。忘年会用に今のうちに買っておこうと思ってね」
なるほど、車の運搬能力が欲しいのも納得だ。
「あれ、鍋なら部室にありましたよね?」
去年もここで使った筈だ。
「あれなら花見の時に馬鹿が焦げ付かせた。カレーの臭いがこびりついていたので捨てたぞ」
あぁ、馬鹿がいたのか。それはしょうがない。
「つーか今年も鍋ですか。芸がないというか」
「まあ闇鍋でないだけ良いだろう。私達が初めて忘年会に参加したときは酷かったものだ。なあ、市ヶ谷」
「正直思い出したくないな……」
すんげー眉間に皺が寄っている。そんなにか。
「数年前は治安悪かったんすね、この部屋」
意外だった。騒ぎはするが悪ふざけが過ぎるような事は知る限りでは一度もない。
なんとなくだが、この二人が苦労して変えたんだろうという気がする。
「というわけで行くぞ、長塚後輩」
えっへん、と胸を張って偉そうに言っているが、この人はなんでこう常に自信満々で偉そうなんだろう。いや実際偉いのかもしれないけれども。
「……分かりましたよ。やだなぁ、外寒いんだよなぁ」
「しょうがない、そんな寒そうな長塚後輩の手を握って温めてやろうではないか」
「いや、そういうのいいんで」
「……もう少しデレておくれよ、長塚後輩」
しょぼんとしたって駄目です。
「お前ら、そういうのはせめて二人きりの時にしてくれないか」
あ、ほんとすみません。