みんなのおもちゃ
「ふむ、髪が伸びてきたな」
「何自分の髪が伸びたみたいな風に言ってんですか」
久しぶりに部室で読書に耽っていたらこれだ。
さっきまで大人しくしていた先輩が突然背後に立ったかと思うと、おもむろに髪を弄って宣った言葉がこれである。
確かに最近は切りに行っていないので、少し長くなっている。
「私は短いほうが似合うといった筈なのだが……」
ぶつくさと言いながら再び前髪をゴムで纏めてパイナップルにしている。いや止めろよ。
「うわーセンパイまじ似合ってますよそれ。もう今後はその髪型で生きていきましょうよ」
「馬鹿じゃねぇの」
中野が調子に乗っている。お前さっきまでスマホ弄ってただろうが。早く画面に視線を戻せ。
助けてもらおうと市ヶ谷さんを見たら帰り自宅を始めていた。
「裏切るんですか!」
「帰るだけだ。じゃあな長塚、また生きて会えたらいいな」
本当に帰りやがったあの熊野郎。今度会ったら覚えておきやがれ。
「長塚後輩も冬毛の季節か……」
「換毛期じゃねぇよ」
犬か俺は。
「ペット用の首輪ありまよ。どうです?」
中野が部室のカオス箱から適格に首輪を取り出してくる。やめろリードの先を先輩に持たせるな俺に首輪の方を渡すんじゃない。
「なんでお前はそんなピンポイントな物の所在を把握してるんだ」
「いや、何かあった時に使えるかなって」
「確かに自衛は大切だ。中野君は見目が良いから特に気を使うのだろう」
うんうんと頷いているがお前が言うなと突っ込んでいいのだろうか。
駄目だ。味方が居ない。これは勝てない。
こうなったら無言を貫き活字の世界に没頭するのみだ。
主人公が自らの望みが無い事に寂寥感を覚えている切ないシーンだ。感情移入していこう。
「せっかくですし両サイドをシュシュで……」
「素晴らしい提案だ中野君。採用だ」
もう好きにしてください。
「うわ長塚がおもちゃになってるウケるー!」
「立川てめぇ指差して笑ってんじゃねぇよ!」
「いい出来だろう?」
「アンタはなんで満足そうなんだ……」