ぬいぐるみ
「なんスかソレ」
いつものように部室のドアを開けると、そこにはぬいぐるみを抱えた先輩が居た。いい歳してなにやってんだ。
「おや長塚後輩。君も大概暇なんだね」
貴女に会いに来てるんだよ、とは流石に言えない。
「友人が少ないもので」
方便ではなくこれもこれで事実だ。なにせ友人と呼べる知り合いは二人程なのだから。
「……長塚後輩はかわいそうな子だったのか……」
かわいそうだねー、などとぬいぐるみに話しかけている。ものすごくイラッとする仕草だ。
「いや先輩に言われたくねーっす」
「これでも私は友人が多いんだぞ」
「脳内で、ですか」
「実在している! 君は私をなんだと思っているんだ!?」
猫のぬいぐるみの前足を上下に動かしながら、先輩が抗議してくる。まあこの人に友人が多いというのは本当なのだ、残念ながら。
「で、そのぬいぐるみは一体どうしたんです」
「先程まで市ヶ谷のやつが居てな。ゲーセンで取りすぎて余ったから持ってきたそうだ。ここに置いておけば欲しい者が持って帰るだろう、と言っていたな」
さっそく欲しい人が見つかったということか。
市ヶ谷というのは先輩と同学年の男性だ。確かにあの人はプライズ品の獲得が異様に上手で、どこぞのゲーセンでは出禁になったという噂があるとか無いとか。
「しかし珍しいですね。市ヶ谷さんっていつもお菓子とか大量に取っては部室に非常食として置いていくってイメージだったんですが」
「それがちょっと風向きが変わったようだよ?」
にんまりと悪い笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、一切出来ていないあたりが先輩らしい。
先輩がこういう表情を浮かべるという事は、市ヶ谷さん的にはあまり知られたくない情報だろう。下手につつかない方が吉と見た。
「そういや先輩らしくないですね。てっきり友達少ないネタで弄ってくるのかと思いましたが」
勝手に話し出す前にこちらから話題を振るしか無い。
「んー、私が友達になってあげよう、と上から目線で言うのも考えたのだがね……?」
いつもナチュラルに上から目線だというのは指摘した方が良いのだろうか。
「友達で止まってしまっては困るな、と。君は友達から、の方が良いかい?」
時折無駄に男らしい先輩だった。そういうとこだぞ。