無い物ねだり
「あ、市ヶ谷さんお久しぶりです」
「長塚か。久しぶりだな。ほら、いつものだ」
「チョコ系ありますー?」
久しぶりに市ヶ谷さんが部室に顔をだした。かと思えばノータイムで立川が手土産を物色している。駄目だこいつの辞書に遠慮の文字は無い。
「忙しかったんですか?」
「まあ少しな。ようやく落ち着いたのでこうして来れたわけだ」
確かに表情がちょっと疲れているような気がするが、まあ普段からそんなに市ヶ谷さんの顔を見ているわけではないのでなんとなくだが。
「あ、なら今度またゲーセン行きましょうゲーセン。欲しいプライズがあるんですよー」
こいつ市ヶ谷さん相手だとマジで遠慮がねぇな。立川は駄目なやつだ。
「わかった。連絡をくれれば予定を開けよう」
……他人の事情に口を挟むのは野暮である。当人が納得しているのなら言える事はないのだ。
熊のような体格の市ヶ谷さんが来ると部室が若干狭くなったように見える。体が大きい人にはその人なりの苦労があるのだろうが、無い物ねだりというやつで羨ましくも思うのだ。
「市ヶ谷さんって小さい頃からやっぱ背が高いほうだったんですか?」
「高いほうではあったが極端に大きいわけではなかった。ある時急に背が伸びてな。成長痛が酷かった」
眉根を寄せて真顔で言っている。相当嫌な思い出になっているのだろう。
「そうして熊のような体を手に入れたわけですか。人に歴史あり、大きな身体に代償あり、というわけですな……」
立川が何やら寝言をほざいて云々と一人で頷いている。ほんとになんだコイツ。何言ってんだ。
「俺ももうちょい身長欲しかったですわ」
市ヶ谷さんサイズまでいくと不便そうだが、平均身長プラス数センチとしては色々と思うところがあるのだ。
「……先輩、背高いもんね。ヒール履いたら並ばれるからね」
「ちげぇよ」
「あぁ、そういう」
「違いますよ」
「ムカつく」
「理不尽に殴ってきてんじゃねぇよ!?」
ちげぇよ!
「長塚。お前はもういい加減素直になって年貢を納めるべきだ」
「あのマジなトーンで説教風に言うのほんとつらいんでやめてもらえますか」