視線釘付け
「日中と朝晩の寒暖差が酷いと着る服に困るね」
「あー、女性は大変そうですね」
先輩が上機嫌で前を歩いている。
「男は上着とか適当に着ればいいですから楽なもんですよ」
「それは君が服装にあまり頓着していないというのもあると思うのだけれどね」
しょうがないやつだ、と言わんばかりに苦笑しながら、先輩が今にもステップを踏み出しそうな陽気さで通りを歩いていく。
大学構内にあるイチョウの樹はすっかり葉が色付いていて、先ほどからひらりひらりと舞い落ちていた。自分達の他にも暇を持て余した学生達が歩いていて、つまりは秋恒例のありふれた光景だった。
学祭で執事姿を晒して以降、以前のようにこちらを好奇の目で見るような人物は居なくなった。目論見はある程度成功してくれたのだろう。
「ちゃんと足元気を付けないとすっ転びますよ」
「君は私を小学生男子か何かと思っているのかね?」
「割合そんな感じだと思っている所があるのは否定できないですね」
「そこは素直に私を心配していると言っておけばいいのだよ?」
そうすれば好感度アップだ、と言われましても。
「というかこの前思ったのだがね? 君は少し口数を減らしたほうが周囲とうまくいくのではないか、と」
なるほど。そういう事なら少し黙っていよう。
無言で頷くと意図が伝わったのか、先輩も満足そうな笑顔で頷いた。
しまった。
機嫌が良くなってさらに足元がお留守になっている。
イチョウの葉で滑って大怪我とか洒落にならんぞ。
「どうした長塚後輩。そんなに見つめられると流石に私も照れるのだが……」
頬に手を当てるんじゃない。ええいこの天然モノはどういう育ちをしているんだ。良いとこの育ちか。そうか。
「転ばないように気をつけてくださいよ、お嬢様」
「うむ、では転ばぬように支えをしてもらうとするかな」
腕を組むんじゃありませんお嬢様。
「先輩?」
「まあまあ、いいだろう?」
そう言って数歩進んだところで本当に転ぶのが先輩らしい。
危ないから気をつけなさい。