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所謂一つのお約束

「ほうれほうれ、口を開けるのじゃー」

「……」

 ようやく秋らしい気候になって、部室の空調も今はお休みしているほどに過ごしやすい気温だ。

 だというのに、なんでこの人は季節を感じながら読書の秋を堪能している俺の口に食べ物を放り込もうとしているのか。

「膨れっ面の長塚後輩はアレだな、可愛い系だな」

「成人男性に対していう台詞じゃないですね」

 思わずツッコミを入れたが最後、口に栗の甘露煮が詰め込まれた。

「よく味わい給え……」

 もぐもぐもぐもぐもぐ。

「……なんでずっと頷きながら咀嚼しているんだい?」

 ごっくん。

「正直な感想を言っていいですか」

「なんでそんなに真顔なんだい!? 怖いだろう!?」

 ゆっくり頷いてたっぷり間を置いて、

「めちゃくちゃ美味しいです」

 正直な感想を口にした。

 何を言われるのかと身構えていた先輩が呆けた顔になっていて面白いのだが、これはやはり撮影して永久保存すべきだろうか。

「美味しいのか……そうか……美味しいんじゃないか!」

 表情がくるくる変わる先輩は見ていて飽きない。

 無理やり捻じ込まれたのだからこれくらいの悪戯は許してほしい。

 でも両肩掴んで揺さぶるのはやめてほしい。

「いや味見とかちゃんとしたんでしょう?」

 先輩はそこら辺抜かりないだろう。味見もせずにポイズンクッキングをするキャラではない。

「それは当然だが、君の口に合うかどうかは別問題だろう?」

 この人は何故ナチュラルに俺の為にこんな手間暇掛かるものを作っているのか。おのれ……。

「この先輩野郎め、貴様も食うがいい」

 何やらお上品な入れ物に入っている甘露煮に、同じく先輩がもってきていたフォークで一粒ぶすり。

「ほうれ食え食えー」

 貴様にも甘露煮を食う権利をやろう。いや作ったの俺じゃねぇけど。

「先輩野郎とはなんだい全く。しかし君にしては珍しい趣向だ。有り難く頂こう」

 所謂あーんというやつである。たまには餌をやらねばならぬのだ。

「こんにちわー、誰か居ます……かー……」

 先輩がちょうどぱくりといった瞬間に中野が入ってきた。久しぶりに見たなお前。最近は片方の肩を出すのが流行か。

 部室の中の時間が停止する。残念だったなアインシュタイン、ここが特異点だ。いや知らんけど。

 原因は主に気まずさだ。

「失礼しましたー」

 にやぁ、という悪い感じの笑顔を浮かべて中野がドアの向こうへ消えていく。

「待ち給え中野君! いや誤解ではないがともかく待ち給え!」

 学祭であれだけ連れ回しておいて今更この反応とはこれ如何に。

「タイミングが悪かったな、先輩で遊びすぎたかな?」

 あとでご機嫌取りをしておこう。

 下手だが指に絆創膏があるのを見てしまっては、対応も甘くなるというもんである。

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