喧騒はちょっとだけ遠く
「……すっかり出来上がっているな……」
「まあしょうがないでしょう。実行委員の打ち上げに顔出してから来たわけですし」
学祭も無事に終わり、ようやく着替えが出来ると喜び勇んで部室に来たら赤ら顔が複数人。貴様らの血が赤いのはよく分かったから邪魔するな。
「来たな執事! 飲め執事!」
「ドライバーが呑めるわけねぇだろ」
「やはり君は私専属の運転手……」
「混ぜっ返すなボンボンお嬢!」
「お前先輩に向かってなんて口聞いてるんだ! 長塚のくせに生意気だぞ!」
「黙ってろ立川!」
カオスだ。酒盛りなのだからしょうがないが酔っ払いの相手は面倒だ。
「取り敢えず着替えてきますから、先輩は少し待っててください。おら酔っ払い共邪魔だどけ。俺の鞄を渡しやがれ」
理性の残っていた市ヶ谷さんが他のメンツを押し除けて荷物を渡してくれる。最近裏切りの多い先輩だが今日のところは勘弁してやらぁ。
鞄の中には着替えが入っている。取り合えずトイレあたりで着替えればいいだろう。執事服は……まあ部室に放置しておけば持ち主が持ち帰るに違いない。
「出所が先輩だったら嫌だな……」
やたら着心地が良かったので、下手するとそうかもしれない。本物という表現が正しいのかは分からないが本物だったら嫌だなぁ。
それでも慣れない格好というのは体力を消耗する。普段の服装に着替えるだけでかなり身体が楽になるから人体とは不思議なものだ。
「……メイク落としが無いな」
着せられた時に渡されて、そのまま鞄へと入れた筈なのだがみあたらない。まあ最悪自室に帰り着いてからでもいいだろう。
そう思ってトイレから出ると、何故か先輩が居た。何故だ。
「部室がカオスだったのでね。早々に退散しないと大変なことになりそうだったよ」
「今日は駄目な方の宴だったか……」
あの部室に集まる面々で飲み会をすると、いい感じに盛り上がる時と駄目な方向に盛り上がり歯止めが効かない時がある。今回は後者だったのだろう。
「まあ学祭浮かれテンションで呑みすぎたんでしょう。今日はこのまま退散しますか」
「その前に少しだけ付き合って貰えるかな、専属運転手?」
「へいへい」
何処へ行くのかと思えば、部室のある棟に最も近い休憩所だった。
掘建て小屋に自販機とベンチが設置してあるだけの簡素なもので、この自販機は部室利用者御用達である。
「今日はお疲れ様」
「それは先輩こそ言われる立場じゃないですかね」
自販機で買った冷え冷えの炭酸飲料で乾杯をした。
「これで明日の片付けが無ければなー」
「片付けまでが祭りだよ、長塚後輩」
先輩が楽しそうに微笑んでいる。本当に楽しかったのだろう。疲れてはいるようだが、楽しさが上回ってまだ少しテンションが高そうだ。
「あれ、まだメイクは落としていないのかい?」
「メイク落としが見つからなくて。まあ家帰って洗顔しようかと」
「化粧はちゃんと落とさないと肌に悪いぞ? 少し待ちたまえ」
先輩が自分のバッグを漁ったかと思ったら、メイク落としシートが出てきた。
「ほら、こっちを向いて」
「……いやそれ渡してくださいよ」
自分で拭くわい。
「いいから大人しくしていなさい」
「……」
何故逆らえないのでしょうか神様。
「うむうむ」
やけに楽しそうな先輩によって顔を拭かれて終わる学祭であったという。