my fair lady
「お嬢様。そろそろ移動しなければ次の予定に差し支えます」
「そうか、済まない。次はなんだったかな?」
「実行委員としてステージでの挨拶です」
「分かった。というわけで私はこの辺りで失礼させて頂くよ。よければ後で中央ステージまで見に来ておくれ」
黄色い歓声が上がる。
各サークルが出している屋台の視察という名目で、先輩がこうして巡回しているのだがどこに行っても足止めと黄色い声が待っている
元より学内で美人と評判になっているのだ。それが気さくに話しかけてくるのだからそりゃこうもなる。
……その歓声の幾分かに自分も加担しているのかと思うと頭が痛い。
しかし今それを表情に出すと負けだ。
「しかし、私の想像以上だったな。よく似合っているぞ、長塚後輩」
「今はお嬢様の執事なのでは?」
そういう設定で髪型から服装、果てはメイクまで含めたトータルコーディネート。徹底し過ぎて完全に別人だ。
何故か部室の女性陣がノリノリで俺の化粧をしていたことを僕は忘れない。
「まあそうなのだが、そこまで徹底できるというのは才能だ。演劇系のサークルから勧誘が来るかもしれないぞ?」
「専属運転手という役目もありますし、お嬢様の許可を得ない事には何とも」
「……いいなぁ、これ。学祭が終わってもたまにやってくれないだろうか?」
「お断りいたします」
そう言うなよー、と本気で残念がっている。それでも先輩を見つけて黄色い声を上げている女子達に対し手を振って応えているのだから、先輩の方がよほど役者だろう。やれるからと期待に応えた結果、後で疲れて黄昏るのだからこの先輩は放っておけない。
「うわー改めて見ると似合ってて違和感! 笑える!」
「立川……もう少し歯に衣をだな……」
市ヶ谷さんのセリフが一番トドメを刺していることに気付いて欲しい。
というか最近あんたら二人でつるんでること多いな。知ってるが。
「おぉ、二人とも。これからメインステージに行くのだが、一緒にどうだい?」
「行きます行きますー。いやー先輩の方はもう着こなしがさすがって かんじでバッチリですねー。美人特有の迫力が良いなー」
立川も結構な先輩フリークなのでテンション高めだ。まぁ今の先輩はスーツ姿でどこからどう見てもキャリアウーマンだしな。しゃーないな。
「しっかし似合うのが違和感ってのも一種の才能だよね。逆にすごいわあんた」
「嫌味を言いにきたのかお前は」
先輩の横に居たかと思えばいつの間にか市ヶ谷さんと入れ替わり、立川がちょっかいをかけてきた。
「いや、今日はアンタにしては良くやってるからね。ほれ差し入れ」
缶コーヒーが差し出されたので有り難く受け取っておく。喉が渇いていたので本当にありがたい。
「アンタが連れ回されてる意味が分かってるから我慢してるんでしょ? キャラじゃないのによくやるわ」
まあつまりはそういうことだ。
人気のある先輩の側に、夏休み明けに突然張り付き始めた男が居る。
実体は違うのだが、周囲から見たらそう写るという話だ。
あらぬ噂も立てばヘイトも集まるのは当然。
なので、本当にいいとこのお嬢様である先輩に対し、親元から派遣された本物の専属運転手だということにして俺に向けられているやっかみやヘイトを緩和しようという話なのだ。
ぶっちゃけコスプレみたいなものなのだが、ハッタリとしては上等だ。
「俺はどうでもいいんだがな。先輩が男を囲っているという話にまで飛躍されると流石にな」
「それは事実じゃん?」
「お前ちょっと黙ろう?」
先輩としては本当にそのつもりだから困る。ていうかそれバレたら俺の今日の頑張りが無意味だ。
「先輩、絶対うちの子いいでしょーって見せびらかしてるつもりだよ」
「だよなぁ……」
というか俺のコーディネートに気合を入れ過ぎだ。それで先輩が完全にはしゃいでしまっている。
「まあ今日くらいは付き合ってやるさ」
「物言いが気に入らん」
「……っ! いてぇよバカ!」
「お前と先輩が釣り合ってないと私は思ってるからね」
知ってるよ馬鹿野郎。
まあしかし、楽しそうに学祭を回る先輩に水を刺す気には到底なれない。
あれのためなら、多少の苦労はしょうがなかろう。
「フン」
「だからいてぇよ立川!?」