ノットおかん
「ようやく気候が秋らしくなってきたね」
大学構内を例によって例の如く部室へと向かい歩いている最中。吹き抜けた風に靡いた髪を押さえながら先輩は言う。
「そうですねぇ。えぇ、そうですとも」
「どうした、まだヘソを曲げているのかい、長塚後輩」
「お気になさらずお嬢様。えぇ、私めはただお側に控えているだけですから」
「……いや、悪ノリした私も悪かった。謝るからそろそろ機嫌を直してはくれないか?」
「ではまずご自分で上着を持ってはいかがでしょうか、お嬢様」
すまない、と苦笑しつつ先輩が上着を受け取った。
専属運転手というよりは執事的な扱いでナチュラルに上着を渡された時は本当にどうしようかと思ったが、意趣返しには成功したようだ。
「しかしだね、私のスケジュールを概ね把握し、それに合わせて送迎もしてくれているだろう? なんというか、その、マネージャーというか秘書というか執事というか……」
「自業自得と言いたいわけか」
というか自業自得だ。
「そもそもこの上着だって、今日は冷えるかもしれないから用意した ほうがいい、と迎えに来る前に君が連絡してくれたから用意したものであってだね」
「だからって俺に持たせるのは違うでしょう」
それは確かに悪ノリが過ぎた、と先輩も反省しているようなので寛容な心を示そうと思う。
「そうだ、良いことを思いついた」
「本当に反省してます?」
くふふふふ、と悪い笑顔で先輩が部室のドアを開けた。
今日は市ヶ谷さんが既に陣取っていて、なにやら寛いでいる。
「どうした、賑やかだな」
「あぁ、良いことを思いついてな。学祭を盛り上げるのに私も一役買えそうだ」
「頑張れよ、長塚」
「俺が巻き込まれる前提で会話するのやめていただけます!?」
「だが確実だろう?」
確実だ。しかし他人に改めて指摘されるのは嫌なのだ。
「この辺りに伊達眼鏡はなかったか? えらく角張っているやつを見かけた覚えがあるのだけれど」
何やら部室の棚をごそごそと漁っているかと思えば、何を探しているんだこの先輩は。
「それならこっちだ。渡すから待っていろ」
「おぉ有難う。ほら長塚後輩!」
「……ナンスカ」
「それで髪はオールバックにすれば……ふむふむふむ!」
「ほうほうほうほう」
「……ナンスカ」
ナンスカ。




