ハグ
「なあ、長塚後輩。私は君に言いたいことがあるのだが」
「なんですか先輩」
雨が降ると言うからわざわざ傘をもってきたというのに、先程から晴れ間が見えていてなんとも言えない気分だというのに先輩はいつものように絡んでくる。
「なぜ! ほとんど! 返事を返してくれないんだ!」
ふんがー、と言い出しそうな勢いで先輩が不満を訴えている。
今日も二人しか居ないとはいえ部室はそう広くない。荒ぶる先輩によって荒らされるのは回避したい所だ。
今日は髪を後ろの方で結っているのだが、はてあれはなんという髪型なのだろう。
「いやだって今日は何々をした楽しかった、なんてもう日記じゃないですか。それにどんなコメントを返せばいいんですか一体」
事あるごとに自撮りと起こった出来事、感想を送ってこられても困る。こちらは小学生の宿題日記にコメントを返す先生ではない。
「私は君とコミュニケーションが取りたいだけなんだが……」
手段と頻度が致命的だという事には気がついていないらしい。
「ならもう少し話題は選んでください」
「私の全てを知ってほしくてだね!」
「重いわ」
今日もまた先輩がしょんぼりしている。しぼんでしまった。
だがこれはしょうがない。正当性はこちらにある。
椅子に座ってしおしおと紙パックのジュースを飲んでいるが、この人は落ち込むと水分を摂取する習性でもあるのだろうか。
しかし、しぼんでいる先輩は見ていてあまり面白くない。
ここはひとつからかって遊んでみよう。
「先輩、知ってますか? ハグってめちゃくちゃ健康に良いらしいですよ」
ストレス解消、安眠促進、なんと驚き鎮痛作用。
最初は胡散臭そうな顔をしていた先輩も、こちらの熱弁にあてられて神妙な顔になっている。
「というわけで、どうぞ」
両手を広げてカモン状態。恥ずかしがってきっと元気になるだろう。
「では遠慮なく」
「え」
まさかのノータイムで抱きついてきた。
あかん。柔らかいし良い匂いがする。あかん。
え、なんだこれ。ピクリとも動けない。動いてはいけない。
「いいね長塚後輩! ハグは実にいい! 効果は抜群だ!」
抱きついたまま満面の笑みで先輩が見上げてくる。
「……そういうとこですよ、先輩」