ついに乗り込まれてしまった
「……森へお帰りなさい」
「どうやら軽口が言える程度には元気のようだな。少し安心したぞ、長塚後輩」
玄関を開けると先輩が居た。なんでだよ。
「……森へ……お帰り……」
「なるほど、熱で頭が回っていないな? ほらほら、病人なんだから早く部屋に戻れ。というか暑いから早く中に入れ給え」
強引に先輩に押されて部屋へと戻る。体がダルくて押し返す気力もない。一生の不覚というやつだ。
「なんで部屋知ってるんだ……」
「いいから君は布団に戻りなさい。勝手に冷蔵庫等漁るが非常時だ、文句は聞かないぞ」
そう言うと先輩はもっていたビニール袋から色々と取り出しては冷蔵庫に入れたり台所に置いたりしている。なんだこの非日常な光景。
などとボーッと見ていたら、額に冷却シートを勢いよく貼り付けられた。ほとんど叩くような勢いだ。
「君は早く横になれ。はりーあっぷ」
逆らう元気も無いしそういう雰囲気でもないので、大人しく従う。
寝室に戻って気がついたのだが、そういや今めっちゃ寝巻きだ。
この状態で先輩と会っている。ははーん、さてはバグだな?
「全く食事を摂った形跡が無いのはどういう事なんだ、全く」
いつの間にかエプロンを装着した先輩がお盆を持ってやってくる。
「面倒でして」
「体調を崩して食欲が無いのはしょうがないが、少しは食べなければ治るものも治らないぞ」
これなら大丈夫だろう? と先輩がゼリータイプの栄養食を差し出してくる。キャップまで外してあるのだが流石に過保護過ぎやしないだろうか。
「一応病院には行ったんだな? 薬の残りは……大丈夫だろう。ちゃんと飲むんだぞ」
「オカンですか」
「心配しているんだ馬鹿者。君はもう少し他人に頼る事を覚えなさい」
「んで、誰から聞いたんですか」
住所と風邪を引いていることの両方だ。
「風邪なのは立川、住所は市ヶ谷からだ。あと長塚後輩の姉君にも話が行ったらしいぞ。実家に戻っていたそうだが」
「うわーめんどうな」
弱っているので口調の切れ味と頭の回転が悪い。おのれ風邪。
何処から突っ込んだものか分からない。治ったら面倒そうだ、という事だけはボヤけた頭でもわかる。あと立川は今度泣かす。
「取り敢えず寝ていなさい。風邪を治すにはそれしかないぞ」
「……先輩がいると寝られそうもないんですが」
「なんだ、愛しい私がいると緊張して眠れないのか?」
「あーはいそのとおりです」
「うーん、やはり弱っている状態の長塚後輩は面白くないな。いいから寝なさい」
やめなさい。そんな優しい顔して頭を撫でるのはやめなさい。
「結構きついんで寝させてもらいます」
「そうするといい」
何か色々と致命的な気もするが、目を閉じると意識が簡単に沈んでいくのが分かる。
「先輩」
「なんだい?」
やけに声が優しく聞こえる。弱っているとこれだからいけない。
「ありがとうございます」
「いいんだよ。おやすみなさい」