連絡先
「やあ長塚後輩。今日も胡乱な表情だね」
部室で一人寛いでいる最中にやってきたのは、いつものように先輩だった。
「人の顔を見るなり失礼な事を言わないでくださいよ、先輩」
何故か得意満面で話しかけてきてこの言い草である。
ご自慢の黒檀のような黒髪を今日は高く結い上げて、馬の尻尾よろしくふりふりと振るものだから存在感が二割り増しで非常に鬱陶しい。
「どうした、午後の講義は始まっている時間だが」
私は今からここでランチだ、と先輩はコンビニ袋を机の上へ置き、いつもの場所へと腰掛けた。
この部屋は大学に正式に認められた部なりサークルなりの拠点になっている部屋ではない。どこぞの教授が使用権を持っているがほとんど使っていないので一部の学生によって不当に占拠されているだけの部屋。それを便宜上部室と呼んでいるだけだった。
長机が一つに椅子が数脚。棚もロッカーもあるのでここを利用している人達が好き勝手に荷物を置いている。
「今日は教授が出張で休講です。それを知ったのがついさっきだったんで自分もここで昼飯食ってるわけです」
ちなみに昼食は購買で買ってきたカップラーメンだ。野菜ジュースもついでに買ったのは栄養バランスを少しは気にしたからだが、果たしてどれだけ意味があったものやら。
「君はいい加減にスマートフォンを持つべきだね。そうすれば事前に確認も出来たし連絡を取りやすくなる」
いただきます、と手を合わせてからご飯を食べる先輩は行儀が良いとおもう。ちなみに先輩の本日の献立はトマトサンドと緑茶。合うのだろうか。
「案外どうとでもなりますよ。携帯電話は流石に持ってますし」
「ショートメッセージくらいしか送れないじゃないか。というか君はいい加減に私に連絡先を教えたまえよ」
むー、と端正な顔をふくれっ面にして先輩が睨んでくる。
「え、いやです」
「即答は傷付くのでもう少し手心をだね!」
「だって先輩に教えたらメッセージがとめどなく来そうで……」
「可愛い後輩とコミュニケーションを取ろうとして何が悪いんだい」
「え、うざいです」
「もうちょっとオブラートに包むことを覚えてくれないかい!」
先輩がすこししょんぼりとしてしまった。気のせいかポニーテールにも元気がない。
もそもそと残りのトマトサンドを食べている姿がリスのようだが、素直に感想として齧歯類のようだと言うと怒られそうなので黙っていよう。
先輩は食べ終わるときちんと手を合わせてごちそうさまと言う。育ちが良いのだろう。
食べ終わってもまだ先輩はしょんぼりしている。しょんぼりしたままお茶を飲んでいる。最近話題になったしわしわの黄色い電気ネズミを彷彿とさせる姿だ。
そんな事を考えていたら、静かな部屋に振動音が響いた。
「おや、連絡かな」
先輩が鞄からスマートフォンを取り出したが、残念ながら先輩あての連絡ではない。
何せ振動の発信源は自分の持ち物だ。スボンのポケットからスマホを取り出し画面を見れば友人からのメッセージ。
「あ、ちょっと用事出来たんで失礼しますね」
にっこり笑顔で告げると、先輩は目を見開いて信じられないものを見たような表情をしていた。
「スマホを持っているじゃないか!!」
若干泣きそうにも見えるのは気のせいだろう。
「携帯電話と二台持ちなんですよ」
「君は! 君というやつは! 大人しく連絡先を教えたまえ!」
ぬわー! と謎の雄叫びをあげている。ポニーテールにも活力が戻ったというか戻りすぎたというか、荒ぶっておられる。
やはり先輩は元気な方がそれらしい。
「では今度教えますよ。必ず」
必ず、の所を少し強めに言うと不満気だが納得したようだ。
「必ずだからな! 忘れたら酷い事をするからな長塚後輩!」
「分かりましたよ。あぁ、それと先輩」
言い忘れていたんですけれど。
「今日の髪型、とても似合っていて素敵ですね」
「……そういう所だ! そういう所だぞ長塚後輩!」
先輩は元気であたふたしているのがよく似合う。