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さくらといっしょにいこうよ!



 あれから二ヶ月が過ぎ、すっかりと夏の暑さが通り過ぎ、涼しく過ごしやすい季節になった。


「いつまでもランニングシャツだけやったらあかんな」


 と言って、暑がりのじっちゃんも腹巻をするくらいだった。


 そんなことはどうでもいいんだけど、この二ヶ月は色々な事があった。

 まずさくらは土日以外、犬の学校でお泊りの訓練をしに行き、家に帰ってきても、僕との訓練は禁止だった。それでもその期間は三週間くらいで、その後は訓練士と、リハビリの先生付きで、さくらと一緒にリハビリをすることができた。


 それで一ヶ月、九月が過ぎた。


 あぁ、そういえば病院でさくらのいないリハビリをした時は、周りのリハビリをしにきていた人たちがみんな心配してくれていた。


 さくらはどうしたの?って。


 みんな、さくらのことが好きなんだなって、思った。


 十月に入り、さくらは特別な訓練を開始した。というのもおかしな訓練で、僕がお母さんに抱っこされて、振り回されて、それをさくらがじっと見て、待っていられるかの訓練。


 訓練士の和田さんが言うには、じょうきょうさいげん?とかいうやつらしい。


 僕がお母さんに振り回されている間、さくらはというと、僕たちに飛びつきはしないけど、ずっと僕たちの周りをウロウロしていた。


 きっと危なくないか心配だったんだろうけど、じっちゃんがものすごい恐い顔でさくらをにらみつけると、さくらはシュンとして、頭を下げ、上目づかいでこっちを見ていた。一応はこれで成功らしい。この成功を積み重ねていく訓練だ。


 そんな変な訓練と同時に、僕にもさくらとの訓練が課せられた。僕がさくらを上手に扱うために、今までお母さんがさくらに出していたコマンド(指示)の大半を僕が出すことになったんだ。

 例えば車にさくらを乗せる時の「ジャンプ」とか、ハーネスを付ける時の「ハーネス」だったり、リハビリに特に必要ない「お手」やら「ねんね」、僕の周りを一周する「アラウンド」とか、芸を覚えることになった。


 これらは僕がさくらを知るために必要なことらしい。


 後は「待て」だ。これはさくらの動きを止めるために大事なコマンドだと教わった。いざとなったら、僕がさくらの危険な行動を止める必要があるからだ。


 ちなみに、「ハーネス」は僕がハーネスを両手に持って広げると、さくらが自分から頭と腕を通すんだ。まるでお母さんが僕に服を着せるかのようで、きっとお母さんはこんな感じなんだと思った。僕は誰かに服を着せたことがないからとても新鮮な感じだった。


 そんな訓練が加わりつつ、僕とさくらのリハビリも再開した。


 そして、十月の終わりも近付き、さくらがついに土日以外の平日も僕の家にいられることになった。ようやく、ちゃんとさくらが帰ってきたんだ。


 これで、普段の、さくらとの日常が戻ってきた。そう思っていたんだけど・・・



「さくらと一緒に小学校へ行くのっ!?」


 車イスの上で、僕は大きな声でそう言った。


 僕がついたテーブルに対面して座る、介助犬指導員の髙野さんと、リハビリの先生のヤスちゃんが、大きくうなずく。


「さくらの役割は、リハビリや歩行を助けるものだけどね。もう一つ、君の日常を補助、サポートする為でもあるんだよ」


 髙野さんが言い、ヤスちゃんもそれに続く。


「そう、ヒロ君も来年、というかもう半年後には6年生。その次は中学生だ。それまではあっという間だと思う。中学生になれば、君はもっと多くのことを学ぶ機会に触れるだろう。それまでに、君たち二人には、二人での生活を共有・・・えぇと、一緒に行動できるパートナーでないといけないんだ」


 二人は笑顔で頷く。僕はそれに対し、うつむくしかなかった。


 さくらと一緒に、小学校・・・


 いつかはそうなるだろうなと思った。でもそれは、そんなにすぐだとは思わなかったし、そもそも僕はさくらと歩けるといっても、長い距離は歩けない。いや、短い距離だって危ういんだ。でこぼこな道だと、バランスをすぐにくずして、さくらにもたれかかってしまう。そんな僕がさくらと一緒に学校へいけるのだろうか?


 僕はさくらの方を見た。さくらはテーブル向こうにあるソファの下の、じゅうたんの上でふせて、こちらをじっと見ていた。そんなさくらは僕と目が合うと、小さくあくびをした。


 次に僕の右となりに座るお母さんを見る。お母さんは不安そうに口を開いた。


「でも、大丈夫でしょうか?少し早くありませんか?さくらちゃんがすごく賢い犬というのは分かっていますが、その・・・いきなり環境が変わるというのは、色々とヒロが大変でしょうし、周りも、困惑するかもですし・・・」


「前のこともあるしな、なにがあるか分からん」


 ソファに座るじっちゃんが言葉をつなぐ。それに髙野さんはうなずく。


「もちろん、これは今後のさくらの適正を測る意図もありますが、最初は特にさくらに何かをしてもらうということはありません。学校での歩行も数日はまず無いです。ただ、さくらと一緒に学校に行き、過ごすだけ。いつも通り、車椅子でね」


「それだけなら、ねぇ」


 お母さんがじっちゃんに目線を送り、じっちゃんは低くうなる。


「いずれは通る道ですし、我々はこの時期がベストと考えます。思春期前の子供たちに慣れさせておくのも大事だと思いますし、なにより中学に上がると区域も増えて、学校生徒の人数が増します。がらりと環境が変わる前に、今の内にヒロ君やさくらが周りに慣れ、周りにも少しでも多くの人に慣れ、理解をしていただく必要があると考えます」


 ヤスちゃんが口早に説明する。


「なるほどな、ちゃんと考えあってのことことなんけ」


 じっちゃんが重くうなずいた。


「せやかて、決めるんはヒロやろ。どないや?ヒロ、学校でさくら連れて歩け言うとるんちゃうし、行くだけ言ってみるか?」


「僕は・・・」


 どうだろう・・・さくらとただ学校でいつものように過ごすだけ、介助は当分無い。少しホッとしたような、残念なような気がする。

 でも、やっぱり、気になるのは・・・

 

 うつむき、考え込む僕に、お母さんがそっと肩に手をそえて聞いてくる。


「さくらと一緒だと、周りが気になる?」


 そう、それなんだ。ただでさえ、人の目が僕に集まる。学校で僕だけが車いすで、みんなとは違うあつかいを受けて、色んな目で見られる。それがとても嫌な時間なんだ。


 それなのに、さらに犬を連れての登校だ。車いすの人なんてまずいない、犬を連れてなんてさらに見たことが無い。


 みんなきっとビックリするだろう。僕だって、もしそれを見たらビックリするに違いない。


「僕は・・・」


 どう言ったらいいか、続く言葉が見つからない。


 それにたえかねたのか、ヤスちゃんが口を開いた。


「大丈夫さヒロ君、病院のリハビリのみんなだって、さくらのことを喜んでむかえてくれただろ?むしろさくらがいないと、みんなさみしがるくらいさ。きっと学校でだって同じようになるさ。病院と変わらない変わらない」


 ヤスちゃんは明るく言う。いつだってヤスちゃんは元気に前向きだ。


「・・・そうかな?」


「そうだよ」


 今度は髙野さんがうなずき、言葉を続ける。


「まぁ、それまでに、ヒロ君には車いすでリードを持って、さくらの誘導の仕方を学ばないといけないけどね。それは簡単だからそんなに気にしなくていいよ。大丈夫、難しいことはそんなにないさ。さくらがいても、普通にすごしていれば、その日常が普通になる。君にとっても、周りにとってもね。これは課題、いや、いつかは君が通るべき道なんだよ」


「それは・・・早い方がいいの?」


「時期は、そうだね。早い方がいいけど、進む速度はゆっくりがいいね。難しいと思ったら、立ち止まり、行けると思ったら進もう。そんな感じでね」


「七転び、八起き言うことやな、できればあまり転ばん方向で進んでほしいけどな」


「そこは善処いたします」


 髙野さんが言い終え、皆、なぜかにこやかだった。


 まるで、僕だけが不安を抱えているようで、それがいけないことのようで、だから僕はウンとうなずくしかなかった。


「僕、さくらと学校に行ってみるよ」



※日本で介助犬と一緒に学校へ登校する例ってあるのでしょうか?

 知っていたら教えてほしいです(笑)

 アメリカだと色々とあるみたいですね。

 介助犬や盲導犬と一緒にスクールに通うとかで、人間のパートナーとして社会から

 認められている存在なのでしょう。

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