表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/33

さくらはね、ヒロくんをまもるのがおしごとなんだ!



 さくらと一緒にリハビリをするようになって、1ヶ月がたった。

 毎週日曜は病院でリハビリの先生とトレーニング、それ以外は自宅で簡単なリハビリを行う。いつも通りの練習メニューに、さくらとのリハビリが加わった。


 これがすごく楽しい。


 さくらと一緒に体を動かすのも楽しいけど、他のリハビリを受けている人たちが、さくらをさわりに来るようになった。

 最初は大きな犬を見てみんな恐がっていたけど、さくらが何もしないって分かると、ひとりふたり、さわりに来て、気付けばたくさんの人がさくらをさわりに来ていた。

 すぐに病院でさくらは人気者になった。そのおかげで、僕は多くの人とお話ができるようになった。

 前まではリハビリで頭がいっぱいだった。お話しする時間があるなら、リハビリをしないとって思っていた。


 というのは言い訳で、まあ、人見知りでもあったからね。自分からお話をしに行くのは苦手だったんだ。


 でも、さくらがいるおかげで、みんながお話をしに来てくれるようになった。

 みんなとお話しするようになって、みんなのことが知れた。みんな色々と大変なんだなって分かった。そして、僕だけじゃないんだって、分かった。



 今日は5月の第二日曜日、今日も病院でリハビリだ!


「さくら、おいで、リードつけるよ!」


 いつものように、さくらを呼ぶ。さくらがチャッチャッチャと足音を立てて寄って来る。ぼくはさくらのハーネスにリードをつけた。


「準備できた?ヒロ、行くよ」


 お母さんが外用の車イスを持って、玄関で待っていた。

 ぼくはさくらのリードを口で加えて、お母さんのもとまで、車いすをこぐ。

 さくらは僕のスピードに合わせて、横について歩いていた。


「さあ、乗りかえるよ、さくらちゃん、お願い」


 お母さんが言うと、さくらは四本足で立ったままじっとしていた。

 僕は室内用の車イスの両側面についたバーを引っ張り、ブレーキを止める。

 そしてさくらの体にしがみついて、しっかりと上体をさくらの背中に預ける。


「それじゃあ、車イスを引くわよ」


 お母さんがそう言って、室内用の車イスから、外用の車イスを差し替える。


「はい、オッケー、座っていいよ」


 お母さんの合図で、僕はさくらから手を離し、外用の車イスに座った。


「ありがとう、さくら」


 僕はさくらに言った。


 さくらは名前を呼ばれて僕のほうを見た。そして口を開き、舌を見せた。


 車イスの乗りかえは、いつも誰かにだっこをされてやっていた。でも今はさくらにおんぶをされてやっている。正確に言えば、車イスの差し替えがあるから、僕とさくらとお母さんの三人なんだけど、もう少しリハビリがすすみ、松葉杖が使えるようになれば、僕とさくらだけでできるようになるらしい。


 それで、今日は病院で松葉杖の練習をする日なんだ。


 車イスから車の座席に乗るのは、さすがにお母さんにだっこされて乗る。

 座るのは後部座席だ。その後すぐにさくらが横に乗ってくる。


「あはは、もうせまいよ、さくら~」


 さくらは大きな体で席をあっぱくする。

 僕は、もうっ、て怒ったような声をだしてさくらの背中をペチペチと叩いた。

 さくらは叩かれているのを気にせず、前の窓から景色を見ていた。


「さくら」


 僕が呼ぶ。さくらはこっちを振り向いた。



 病院の外を僕とお母さん、そしてさくらが歩いていた。


 前までは病院の中からリハビリ教室へと行っていたけど、リハビリの先生から病院は色んな病気を持っている人がいるので、雨の日以外はなるべく外を通って、別の入り口から入るように言われた。

 それは仕方のないことだと思うし、それでも良かった。さくらと一緒に外の景色を見て回れるのは楽しいからだ。

 それに病院の中を通ると、みんな不思議そうな顔で見てくるけど、外の道を通ると、僕やさくらのことを知っている人に会うことが多いし、みんなが僕とさくらにあいさつをしてくれるんだ。

 そのあいさつが、僕には温かく感じた。だから良かった。


 外の通路を通り、別口から病院の中に入って、リハビリ教室に行く。


「おはようございます」


 僕は大きな声であいさつをした。


「おはよう」「ヒロ君おはよう」「おお、今日もさくらと一緒だな、おはよう」


 するといっぱいのおはようが返ってきた。リハビリの先生や、リハビリを受けている人、その家族のひとから、あいさつが返ってきた。

 この声を聞くと、僕はがんばろうって気持ちになれた。

 僕は前まで、あまりあいさつをすることがなかった。あいさつするにしても、先生くらいなもので、後は誰とも話さずにモクモクとリハビリに向かっていた。


 でも、今は違う。みんなとお話しするようになって、大きな声であいさつするようになった。みんなと、みんなでがんばりたいと思ったからだ。


 だから僕は大きな声であいさつをするようになった。


 みんながんばろうって、気持ちよくリハビリができるように。


「今日も元気だね、ヒロ君、さくらちゃん」


 リハビリメニューを挟んだファイルを持ったヤスちゃんが、にこやかに僕の方へと歩いてきた。


「おはようございます、ヤスヒコ先生。ヒロってば、今日は松葉杖を使う練習が始まるからって、張り切っているんですよ」


 お母さんが嬉しそうに言った。


「もう、いちいち言わなくていいよ」


 僕は恥ずかしくなって、お母さんのお尻を叩いた。


「はいはい、ごめんなさいね」

「あっはっは、元気があるのはいいことだ、ヒロ君。その元気が、足を良くするエネルギーになるからね。さて、もう少ししたら準備運動が始まるよ」


 ヤスちゃんに言われ、僕は教室の真ん中に移動した。


 そこで足の装具を床に置いてから、さくらの背に体を預けて、前みたいに「ダウン」と言って、さくらに床へ下してもらった。


「ずいぶんと手慣れたもんだね」


 僕のとなりに座る西本さんが言った。西本さんは僕と同じでリハビリを受けに来ていた。西本さんは車の交通事故で足が悪くなった人だった。新しく働き始めてすぐに事故にあったから、早く足を治したいって言っていた。二週間前に西本さんが話してくれたことだ。


「上手でしょ?僕もがんばってるからね。今日から松葉杖を使う練習をするんだ」


 僕はさっき床に置いた装具を足につけながら言う。


「へぇ、やっとだね。気を付けてね、あれ脇をけっこうこするし、腋毛も抜けて痛くなるんだよ。ツルツルになっちゃう」


「えぇ~なにそれ~?」


 僕は笑いながら言った。


「本当だよ、でもま、すぐに慣れるけどね」


 西本さんも笑って言った。


「さぁ、時間ですよ。みんなで準備運動始めるから、先生を中心に輪を作って、なるべくとなりから手足が当たらない距離を作ってくださいねー」


 リハビリの先生が言って。リハビリを受けに来た人はそれぞれ床に座ったり、車いすに乗ったりした状態で、先生の指導に合わせて準備運動を行った。



 準備運動の後、いつものリハビリメニューを終えて、ついに松葉杖を使ったリハビリを行う時がきた。


 これを使えるようになったということは、僕の足が少しは良くなっているということだ。それはとても嬉しかった。


「さぁ、説明通りにやってみて」


 ヤスちゃんが言って、僕はさくらに支えられながら立った状態を維持する。そして、両手でつかんでいるさくらのハーネスの取っ手から、左手を離し、先生から松葉杖を左脇に差し込んでもらう。


 これで僕は、左手に松葉杖、右手にさくらで立っている状態になった。


『おおー!』


 リハビリ教室にいたみんなが、すごいすごいと、拍手をしてくれた。

 僕は恥ずかしかった。でも嬉しかった。みんなからの拍手も嬉しいけど、ここまでしっかりと立てたことは今までになかったからだ。

 いつも誰かにワキを抱えられただっこか、お尻を支えられて立っていたからだ。

 それが今では、ほとんど一人で立っている。あっ、正確に言えばさくらと二人なんだけどね。

 そのまま立った状態で、5分は立ち続けた。少し足が震えてきたら、ヤスちゃんが休憩しようと言って車イスに座らせてくれた。


「いやあ、驚いた。あるていどはさくらと一緒に立てるようになってたから、少しはいけるかと思っていたけど、一発で五分も立てるなんてね。こんなにできるようになったのはさくらのおかげかな?」


 ヤスちゃんが目をパチパチさせて僕とさくらを見て言った。


「ええ、私もヒロがこんなに良くなるところは初めて見ました。こんなに急に良くなるものなんですか?」


 お母さんが口元を手でおさえて言った。お母さんの目には涙が浮かんでいた。


「いえ、そんなすぐには・・・ですが、気持ちの変化が回復を促進するというのはよく聞きます。まさかここまでとは思いませんでしたし、ぼくも驚きです。きっと、モチベーションの差と成長期が上手く重なった影響でしょう」


「それじゃあ、今もっとリハビリすれば、ヒロは歩けるように?」


「ええ、しかし焦ってはいけません。せっかく築いたものが、無理をして崩れてしまえば元も子もありません。ここは慎重に、ゆっくりとペースを上げていきましょう。きっと、ヒロ君ならやれますよ」


「本当に・・・ッ」


 お母さんが床に倒れるかのように座り、顔をうつむいて、涙をポタポタと落とした。


 どうしたの?って、僕は車イスで近付いたけど、車イスからだと下を向くお母さんの表情は分からなかった。

 代わりにさくらがお母さんの顔をのぞきこんで、ぺろぺろと、お母さんのほっぺをなめていた。


※最後のさくらが舌でお母さんを舐めていますが、介助犬や盲導犬、動物介在療法等の犬って意外と舐めてくる犬はいるんですよね(笑)

 実体験です(笑)

 もちろん、そこは厳しく躾けられてますから、激しく自分から舐めに行くような事は滅多にないです。

 ・・・たぶん(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ