もっとがんばれ!ヒロくん!!
次の週の土曜日・・・前に来た喫茶店だ。店名は『たんぽぽ』というらしい。
「で、練習の成果はどうだ?」
カフェオレを片手にトッシーが僕とエリに聞く。エリはため息を吐いた。
「ワルツ3分は無理ね。そもそも足が音に合わせて前に出ないの。課題曲はスローテンポなんだけど、それでもテンポに合わられるほどの速さで足が出ないの」
「・・・・・・ごめんなさい・・・」
僕は自分の力の無さに、悲しくなって申し訳なくて、二人に謝る。
トッシーは片手を開き、手のひらを出して、それを止める。
「謝る必要はない・・・君は巻き込まれた側だ。それに、案がないわけではないのだろう?エリ」
「そりゃそうよ、もとより替え玉な時点で普通にやるつもりはないわ」
「というと?」
「そもそも、スタンダードの五種目は無理なの前提だし」
ダンスの試合は、五種目別のダンスを踊り、総合の点数で順位が決まるんだ。
「おまけに替え玉よ?それなら、いっそのことワルツじゃなくてもいいんじゃない?ブルースならどう?」
「ブルース?」
トッシーが不可思議な顔をする。それに合わせ、僕はハッ!とした。
「ピンときたようね、ヒロ?」
「どういうことだい?聞かせてくれないかい、少年」
「う、うん。ワルツは三拍子だけど、ブルースは四拍子だよね?これだと、ダンスのテンポにズレが生まれるけど・・・公倍数に合わせれば・・・」
「なるほど、ボクも分かったよ。3拍と4拍で交差する部分は12拍目だ。つまり12拍をゆっくりと四拍子で踊ればダンスのテンポに問題はない」
「それでも・・・違和感はでちゃうよ・・・」
「なによヒロ、替え玉エントリーですでに変じゃないのよ」
「しかも競技では使わないダンスのブルースときたもんだ。これはかなり周りが驚くだろうな・・・」
トッシーがうつむいて難しそうに言う。そりゃそうだ、素人の僕にだって難しいことだと分かる。かなりな無茶が重なっている。とても無茶苦茶だ。
それに・・・
「もう・・・やめようよ。こんなことして、トッシー君はいいの?」
「君付けもやめてくれ、ボクに似つかわしくない・・・それと、何がだい?」
「だって、こんなことしたら、トッシーに迷惑かかるんじゃないの?替え玉の名前を貸すなんて、共犯じゃない。そんなの後で怒られるだろうし・・・」
「別にこんなヤツ、何されても気にしないわよ。そうでしょ?トシユキ」
「・・・まぁ、大会よりも面白そうな展開だからね。そもそも子供しか出ないジュニア大会にはあまり興味がないんだ・・・ボクもまだ子供だけどね」
「だそうよ、ヒロ?これで言い訳なくダンスに集中できるでしょ?」
それでも僕は首を振る。
「なんでエリはそんな簡単にトッシーを軽く扱うの?彼は君の大事な・・・正式なダンスのパートナーなんじゃないの?こんな・・・無茶させて・・・大事な、パートナーが、悪く言われるようなことさせて・・・」
目が合ったエリは首を傾げる。
「そりゃぁ、トシユキのことよく知ってるからねぇ。こいつはこれでいいのよ。こいつとは付き合い長いから誰より知ってるし」
エリは自然に言って見せる。僕はうつむき、
「そ・・・そうなんだ・・・」
と答えるだけだ。
そういう関係なのか・・・僕はこういうのはよく分からない。
ただ、なんだか僕の心がくもっていくのが分かった。
そんな僕をよそに、エリが軽い口調で言う。
「だってこいつ、ウチの兄だし」
「そ、そうなのッ!?」
僕は思わず声を張り上げてしまい、周りの客が何事かとこちらを見ていた。
「あ、あの、その、すみません・・・」
周りに謝る僕に、エリは肘をついて、怪しい笑顔をする。
「そりゃぁ、社交ダンスって競技人口少ないしねぇ、兄妹のペアってまあまあ多いのよ・・・なに?勘違いしちゃった感じ?」
「そ、そんなの関係ないよっ!僕はただ、周りに迷惑かけるのがイヤで・・・」
僕は顔が熱くなるのを感じながら言うが、エリは笑顔を絶やさずに、「ふ~ん」と僕をじっと見つめる。
「まぁ、そういうことにしときましょう!フフッ。それに、その点に関しては大丈夫よ、本当に、ね?トッシー」
「トシユキだっ!あっ、ちがう、それで良かった・・・まぁ、そうだな・・・」
トッシーが顔を上げ、怪しい笑顔をする。
「替え玉出場にワルツをブルースで、しかも足の不自由な少年が踊ろうっていうのか・・・何から何まで、ひねくれてるな・・・」
トッシーは一呼吸置き、再度口を開く。
「逆に突き抜けているじゃないか、実に・・・面白い!」
そう言い終えるとトッシーはイタズラを思いついた子供のように、ニヤリと笑う。
その姿はなるほど、エリの兄だとよく分かった。
「と、まぁ、こういう兄なのよ。無茶苦茶な兄でしょ?」
エリが言うけど、僕はエリと本当に似ていると思った。けど、言葉には出さなかった。
「よし、少年。君がやるというのなら、ボクは全力で手を貸そう。こんなにワクワクする展開がボクは大好きなんだよ」
そう、トッシーは目を輝かせて言った。その勢いに僕は、
「あ、はい、よろしくお願いします」
とだけ返した。
次の日の日曜日はもちろんリハビリの日だ。
「おお、ヒロ君、すごいじゃないか!4分も歩行ができるなんて!しかもペースをほとんど落とさずだよっ!」
普段から大げさなヤスちゃんが、それにも増して大げさに大きな声で言う。
「そうですか?今日はなんだか足の調子がいいみたい・・・」
「なんだろうね?なにかいい事でもあったのかな?心の調子と体の調子って一緒って言うからね!」
「え、えと・・・どうなんでしょう?」
思い当たる事は・・・たぶん、あると思う。トッシーに気をつかわずに踊れることとか?それとも・・・
なんでかエリの顔が出てきた。僕はブンブンと首を振る。
「・・・分からないや。でも、一人で歩くにはまだまだだなぁ・・・」
「いやいや、ここまでできたんだ、去年とは比べられないほどだよ!でも、本当に無茶はダメだよ?君が大きなケガをする事と他の健常な人とでは、治りの早さやケガの具合も変わって来るからね?」
ヤスちゃんが僕の目をしっかりと見て話してくる。僕はそれに目を合わせずに、
「・・・はい」
と答えた。
ダンスの試合まで、残り三週間だ。
※子供の頃の恋愛って正直になれないことが多いですよね。
それはさておき(笑)
ワルツといったスタンダードとは違ってラテンではあえて
テンポを意識しない振り付けってよく見ますね。
まあ、それでもダンスにおけるスパイス程度ですけど(笑)
ガッツリ別ジャンルのダンスを踊るってのはどうでしょね~。
エキシビジョンでロボットダンス取り込んだペアは見た事あります(笑)