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さくらがまもるんだっ!


 それからというもの、さくらに対するイタズラが始まったんだ。

 最初に気付いたのは騒動から三日目の放課後。さくらが自分の背中を鼻でかいで、何かを気にしていた。それでさくらの着ていた犬用の服をめくると、背中に変な落書きがされていたんだ。たぶん絵具だろう、大きく『バカ』と描かれていた。


 いつされたの?と聞いても答えるさくらじゃない。犯人は分からないけど、とりあえず水道でハンカチをしめらせてキレイにふき取った。幸い水性で簡単にとれた。

 お母さんにその絵具で汚れたハンカチはどうしたのか?と聞かれたけど、その場は図工の時間に失敗したと言い訳をしておいた。


 そして、次の日だった。これもまた放課後、さくらの白くてさらさらした尻尾に、汚い灰色の足跡がついていたんだ。足跡の形から言って学校の上履きだった。

 さくらの尻尾は大きい、踏んで気付かないはずがない。謝りもせず踏んでいった。

 これは・・・どうみてもワザとだ。

 幸いにケガはなく、踏んだ跡は水道で洗い、乾かせば分からなかった。

 だけど後日、さくらの首元の毛にガムが絡まっていた。かなり、ガッツリとだ。

 これは洗い流して取れるものではなかった。

 ハサミで・・・切るしかなかった。


 三ヶ月に一回、さくらはトリマーにかかっているけど、ちょうどトリミング一週間前で、毛は良く伸びていた。だから、そこだけ切ってしまえば、どう見ても不自然だった。

 これに対して僕は学童で校庭の散歩中に引っ付き虫がついたのだと言い訳した。

 お母さんは僕を怪しんだけど、毛を切るならお母さんに任せなさいと言って、その場はやり過ごせた。


 その後もあらゆるイタズラは続いた。


 背中に『マヌケ犬』と書かれた張り紙がされていたり、皮膚をクリップで挟まれていたり、毛が一部むしりとられていたりした。


 いったい、いつの間になんだろうか。誰かとすれ違いざまなのだろうか?


 さくらに聞いたところで、教えてくれるはずはない。


 一応、宮村君が近くにいる時は警戒するけど、犯人は他にいるようだった。でも主導は、確実に宮村君であると思う。

 さくらに何かあると、必ずニヤニヤと笑ってこっちを観察しているからだ。


 もはや、さくらに対するいじめであった。


 学校でトラブルがあるなんて、相談はできなかった。もし言ったらどうなるか、家族は心配するか?さくらはどうなるのか?分からない。どうなるのか分からない。

 さくらのおかげで、五年生の終わりにはたくさんの人が話しかけてくれるようになった。少しは、学校が楽しくなっていた。なのに・・・


 ここは、こらえなければならない。きっとそのうち飽きて、相手をしなくなる。

 そう思っていた。でもそれは甘い考えだったんだ・・・


 ことは五月に入ってのことだった。相変わらずさくらへの嫌がらせは続いていた。

 今日はさくらのお尻に靴跡がついていた。真っ白な毛並みだからよく汚れが分かる。これは・・・どこかで蹴られたんだ。

 

 僕はため息を一つついて、さくらの背中を手洗い場へ行き、濡れたハンカチで拭ってやる。そして、お尻をさすってやる。


「なんで、黙ってるの?」


 なんて、さくらに聞いたところで、首を傾げるだけだった。首を傾げたいのはこっちだよ・・・

 学童が終わるまでには乾くと思う。僕は車イスに手をかけて、さくらと廊下を渡っていった。


「いい加減にさぁ、犬連れて来るのやめろよ」


 後ろから声がかかる。肩越しに後ろへ視線を向けると、案の定、宮村君がそこにいた。その顔はしびれを切らしたのか、今まで以上の嫌悪感を表していた。


「なんで・・・こんなことするの?」


 僕も、今までは恐れがあったけど、これまでの仕打ちに腹を立てており、彼には敵意の感情を込めて聞く。


「あっ?なに睨んでんだよ?これは俺がしたことじゃないぞ?俺の周りがしたことだ。俺以外の、犬が学校にいてほしくないヤツがしたことなんだよ」

「・・・でも、それを命令したのは君じゃないの?」

「ハッ、その根拠は?」

「・・・・・・こんなことするの、君しかいない」

「あ?根拠になってねえだろ?」

「こんな意地の悪いこと、君にしかできない」

「お前が俺の何を知ってるんだよ?」


 宮村君が距離を詰めてくる。僕は車イスを操作、反対方向に回転し、彼と向き合う。

 やはり、彼は背が高い。それもあって、見上げる顔はとても威圧感があった。

 さくらも、恐れているのか、うつむき、上目で僕と宮村君を交互に見ていた。

 でも、僕はゆずる訳にはいかなかった。これ以上、大切なさくらを傷つけられるのは嫌だし、大切な家族に心配をかけさせるわけにもいかない。


「そっちこそ、さくらが何をしたって言うの?何もしてないのにッ!」

「いつかするかもしれないだろうがっ!犬は何も言わねえから分かったもんじゃねえ。特にそんなでかい犬はなっ」

「そんなっ、君みたいな人の方が、よっぽど何するか分からないよっ!」

「あっ?どういう意味だ?それ・・・」


 空気が重くなる・・・だけど、僕は、僕は言ってやる。自分の気持ちとさくらの優しさを踏みにじる目の前の大きな人に。


「君は犬以下だって言ってるんだ!性根も、根性も、犬以下だっ!」

「なッ・・・だと!?」


 言ってやった。スッキリした。とか思う暇も一瞬。宮村君が僕の胸倉を掴んできた。


「犬に世話してもらってるチビが、俺を語ってるんじゃねえよっ!」


 恐いっ!僕は成す術なく引っ張られる。車イスから落ちそうだ。


「!?」


 するとさくらが僕と宮村君の間に入る。大きな体を無理やり間に挟み込み、止めようとするかのように。

「い、犬が、寄って来んなッ!」


 宮村君が勢いよくさくらの頭を叩く!パチンッ、と廊下にその音は響いた。

 さくらは叩かれるも、じっと、宮村君の顔を見つめる。


「な、なんだよっ!何みてるんだよっ!」


 すると、宮村君の顔つきが変わった。怒ったような顔から、一気に血の気が引いたような顔になった。


「オイッ!チビ、お前、飼い主だろ、こいつどっかにやれよォッ!」


 叫ぶように言う宮村君。だけど、それは聞けない相談だ。


「君が、どっかに行けばいい!」


 僕は言い返す。すると、宮村君が僕の胸倉を掴む手に力を込める。そして、反対の空いた手を大きく振り上げた。

 殴られる!僕は咄嗟に目を閉じる。

 不意に、右手首に違和感を覚える。手首にかかったリードが動いたのだ。

 目を開け、僕は急ぎ口を開く。


「さくら、待っ!」


 しかし声は届かず、さくらは大きな体を起こし、宮村君に対し飛びかかった。

 以前、お母さんと僕に飛びついた時のように、さくらはのしかかったのだ。


「う、うわあっ!」


 宮村君は掴む胸倉の手を離し、大きく後ろに倒れた。


「な、何やってるんだ!お前たちっ!」


 廊下の先から声がする。そこにいたのは松原先生とエリだった・・・


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