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なんでこんなことするの?


 あの騒動があっても、特に僕の生活に変わりはなかった。


 いつも通りにさくらと学校に行く。それで授業が終わったら帰る。それだけだ。


 でも、周りは少し変わった。さくらとの関わりが少し減ったように思う。


 さくらに声はかけてくれる。でも、触れる人は少なくなった気がする。

 とはいえ、クラスが変わったばかりで、さくらに慣れていない人もいる。

 5年生だった時にクラスが一緒のカズ君や今井さん、大西君、桐岡君や東君はいつも通りに接してくれる。あと別のクラスだったエリも。

 他のクラスだった人、宮村君もそうだけど、あまりさくらに面識が少ない人はやっぱり警戒している感じだった。

 でも、廊下をさくらと歩いていると他のクラスや下級生は触れてくる。僕のクラスだけ、さくらに対する警戒の度合いが明らかに違っていた。きっと、宮村君が言ったこともあるんだろう。

 とはいえ、生活に違いはなかった。だから、このままでいいと思った。


「学校でなんか変わったことでもあったんか?」

 ある日、じっちゃんが聞いてきたことがあったけど、僕は「何もない」とだけ答え、じっちゃんは、「そうか」とだけ答えた。



 でも、6年生になって半月が過ぎたころに、僕の生活に影が差す。

 事の始まりは、その日の授業が終わり、いざ帰ろうとしていた時だった。


「おい、ちょっと待てよ」


 そう言ったのは宮村君だった。その左右には男子二人がいた。教室には他に誰もいなかった。だいたい僕が教室を出ていくのはさくらがいるので最後になるからだ。

 僕が周りを見渡していると、宮村君が言葉を続ける。


「なんでまだ犬連れてきてんだよ?お前、そいつとほとんど立って歩いてないだろ」


 宮村君は背が高く、車イスに座る僕は見上げて宮村君の顔を見る。その顔はとても険しい顔つきだった。後ろの男子二人はニヤニヤと笑っていた。

 ケンカとなれば、僕に勝ち目はない。僕は恐る恐る言葉を選んで口を開く。


「その・・・これから、学童でリハビリにさくらが必要だから・・・それにトイレとかあるし」


 宮村君の隣の男子が口を開く。


「宮村、こいつ職員便所の隣にある大きい便所あるだろ、車イスのマークついた。その便所に犬と入ってるの見たぜ」


「ハハッ、犬と連れションかよ。他に連れション行けるやついねえのかよ?」


 連れション・・・一緒にトイレに行く人だ。そんなのいるわけがない。というか行けない。


「それだけなら授業中も廊下で待たせとけよ、番犬にはなんじゃね?」

「さ、さくらは・・・吠えないし、噛まないから、その・・・番犬にはちょっと」


 変な言い訳をしてしまう。早く話を切り上げてここを離れたかった。


「それじゃぁ、もう行かなきゃだから」


 僕が車イスのタイヤに手をかけ、前へ進もうとした時だった。


「おい、待てよっ!」


 声がかけられる。それでもこの場から逃げ出したい僕は車イスをこぐ。しかし、前に進めない。宮村君が車イス背面にある介助用のバーを握っているからだ。


「前も聞いたが、噛まない根拠はなんなんだよ?この犬がお前に言ったのかよ?ボクは噛みません~、ってか?」

「その、しつけで・・・根拠は、その・・・介助犬だし・・・」

「ふぅ~ん、じゃあ俺がこの犬を叩いても、犬は怒らないんだな?」

「えっ、それは?」


 宮村君が言うや否や、近くにあった机から教科書を出し、丸めて握りしめる。


「だ、ダメッ!」

「オラッ!」


 呼び止めも聞かず、宮村君は丸めた教科書でさくらの頭を叩く。


 ポコンッ!と大きな音が響いた。


 さくらはキョトンとした顔をする。


「さくら、大丈夫?」


 僕が聞くと、さくらは舌を出して僕を見る。


「へえ、なんともない顔って感じだな。もっと強く叩いてみるか」

「ちょっと止めてよ!」


 やっぱり僕の制止は聞かず、宮村君は丸めた教科書を大きく振りかぶってさくらの頭を叩く。しかも一度ではない、何度もだ。

 叩かれる都度、さくらは目を細め、うつむいてジッとする。さくらは本当に何もしなかった。


「もう、止めてよっ!これでさくらは何もしないって分かったでしょ!」

「ヘッヘッヘ、本当になにもしないでやんの!なんだこいつ、大きいだけで、なにもできない弱い犬だなぁ」

「そ、そんなことないよっ、すごい犬なんだから」

「でも、自分を守ることすらできねえじゃんか。ほんと、何のためにいんの?」


 その時、ガララッ、と扉の開く音がした。


「あ、ヒロ、こんなトコにいた。学童にいるもんだと思っていたのに」

 教室に入ってきたのは宮村君よりも背の高い女子、エリだった。


「まったく、選曲の相談がしたいって言ったのあんたでしょうに」

 近付くエリを見て、男子3人はバツが悪い顔をする。


「チッ、巨人の彼女が助けに来てくれたぞ」

「あぁっ?違うっつてんだろ。なに?握りつぶされたいの?」


 エリが身の毛もよだつような女子とは思えないドスの効いた低い声で吐き捨てるように言う。睨みつける顔も初めて見る険しさがそこにあった。


「うわぁ、恐い恐い、逃げるぞっ」


 そう捨て台詞を吐いて、三人は廊下へと飛び出していった。


「・・・何かあったの?」


 さっきのエリとは打って変わって、少し優しさがこもった声で聞いてきた。でも、顔は険しいままだった。


「・・・僕は、なんともないよ」

 そう、ウソじゃない。僕は何ともない。ちょっと悪口を言われただけ。

「・・・そう」


 納得しかねない顔だったけど、エリはうなずき、この場の騒動はそれで終わった。



 だけど、これで終わりじゃなかったんだ。


※当然、犬に理由なく危害を与えるのは動物虐待として罪に問われます。

 盲導犬が悪戯で煙草を押し付けられたり、しまいには刺されたりする事件がありました。

 とても悲しい事件だと思います。

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