ふたりはたのしそう!みんなうれしそう!
そして、次の日だ。
土曜は参観日だった。2時間目までが授業参観で、その後から高学年の4、5、6年生が体育館に移動する。低学年は親たちと一緒に下校だ。
体育館への移動だけど、僕はドキドキしながら廊下を車イスでこいでいた。
昨日の晩、自主練は家でたくさんした。寝る前の十二時までした。こんなに遅くまで起きたのは正月以来かな?
車イスからベッドへの移乗にさくらが必要だけど、さくらは僕の横でしっかりと起きていた。もし眠っていたら、どうしようかと心配だった。
そして今日の朝、五時に起きた。僕が起きるとさくらも起き、車イスに移乗してくれてすぐに練習を行った。あと、こっそりさくらを使った歩行訓練も少し行った。
結局五時間しか寝ていないけど、今はまったく眠くなかった。そんなことすらどうでもいいくらい緊張しているからだ。さくらはずっとあくびをしてるけど・・・
移動の最中はクラスメイトの男子が「出し物は何をするの?」とか色々聞いてきたけど、僕は「ヒミツ」の一点張りで通した。
秘密にしたのはみんなを驚かせたかったのもあるけど、とにかく話している余裕がなかった。頭の中で音楽がグルグルと流れて、頭の中で僕が延々と踊っていた。
体育館に行く途中、階段を下りるので僕は他の皆とは別の階段へ向かう。
来客用の玄関近くの階段、そこにはキャタピラのついた階段用車イスと、松原先生、そしてお母さんが待っていた。
「あ、来たわねヒロ。さっきの授業、あまり集中してなかったんじゃない?ノートほとんど書いてなかったじゃない」
「発表はちゃんと正解したからいいじゃん」
僕はランドセルをお母さんに預ける。そしてさくらに体を預けて、ここまで乗ってきた車イスから階段用車イスへ移乗する。
「はい、いいよ、動かして先生」
「オッケー、動くぞ。まあ、これからの大一番を考えると集中できないのは無理ないとは思うけどな」
「それですねぇ。はぁ、残念だけどお母さんはホールで家族会があるからヒロの雄姿を見れないのが残念ね」
それは僕も残念だった。だけど、お母さんが見ていると思うともっと緊張すると思うので、半分はホッとしていた。
「先生がビデオ撮ってくれるんだよね?じゃあ、家でじっちゃんにも見せようよ」
「そうね、じっちゃんも残念がってたわ。大事な出荷があるとかで、なんとか車飛ばして戻って来るって言ってたけど」
「一応、お別れ会は父兄の参加はご遠慮願ってるんですけどね」
「じっちゃんなら勝手に入ってきそうだね」
「そうそう、ヒロの時の遠足にも勝手についていったことあったわね。私が子供の時もついてきてたし」
そんな会話をしていたら、階段用車イスは一階へとたどり着いた。
「それじゃあ、ヒロ、ガンバってね!」
「うんっ!」
僕はお母さんを心配させないように、そして自分を奮い立たせるように、大きく、
「行ってきますっ」
と、声をあげた。
お別れ会は体育館で行われる。
席の配置は半円に椅子を配置してあり、壇上前に半円のスペースができていた。およそ15メートルの広い半円だった。壇上は使用しない。
6年生は体育館に入ってから正面、半円状の下の三分の一に位置し、僕ら五年生は左三分の一、4年生が右三分の一でパイプ椅子に着席していた。
僕はその様子を、壇上横にあるスペース、いわゆる舞台裏からのぞいていた。
半円状の空間の中央では、クラスメイトの中村君と桐岡君が漫才を披露していた。
漫才のネタは先生たちのものまねが主で、二人の中々の出来に生徒たちは大いに笑いや拍手が起きていた。
そんな楽しそうな光景を横目に、僕の心は不安やあせりであふれていた。
フロアを使うとしたらあの生徒たち、およそ200人の中央で踊ることになる。
よく中村君と桐岡君はあの中で漫才ができるものだと感心する。
もし一人であの場に放り出されたら泣いてしまうと思う。というか今にも泣き出しそうだ。
「なによ、あんた、こわがってんの?」
同じく舞台裏にいた島村さんが横から顔をのぞかせる。
「いや、その・・・少し・・・」
「少し?けっこう震えてるじゃないのよ。まぁ、確かにこの人数の中だと、流石にウチも緊張はするわね。よく漫才できるわ、あの二人・・・全然噛まないし相当練習を積んだと見た」
「島村さんも・・・緊張するんだ」
いつも横柄?高飛車?とにかく自信あふれる島村さんが緊張しているとは意外であった。
「なに?その顔、ウチだって繊細な女の子なんだから、少しはドキドキするし。ただ、あんたほど怖がってはいないわよ」
「あ、いや、うん、そうだね、僕、すごく恐い。今にも逃げ出しそうだよ」
「逃げたら、首根っこつかんで、とっ捕まえるけどね。男なんだからしっかりなさいよっ」
フフッ、と僕は笑った。
何故だろう。僕はいつも周りに迷惑をかけるのが嫌で強がってきていた。
僕が悲しむ顔をすると、みんなはもっと悲しむからだ。だけど、不思議と島村さんの前ではウソを、強がることができなかった。
まあ、ウソをついたところで、見抜かれて怒鳴られるのが目に見えているからだと思う。けれども、
「うん、ありがとう。男だからしっかりしろって言われると、ちょっと嬉しい」
「はぁ?悪口のつもりで言ってんのに?もしかしてあんたMなの?」
「そっ、そうじゃなくて!」
僕は一つ咳払いをする。
「僕、足がこんなんだから、あまり無茶なことはさせてもらえなかったんだ。一度一人で車イスに乗って外へ出ようとしたけど、すごく怒られてさ。挑戦というのをやらなくなったんだ。周りも止めてくれってさ・・・」
僕の話を聞き、島村さんがうなずく。そして、僕は言葉を続ける。
「そりゃ、リハビリは頑張ったけど、それ以外で僕、あまり頑張った思い出が無いんだ。言ってくれる人もいなかったし、僕も半分諦めていた」
僕の言葉を、島村さんは黙って聞いていてくれる。
「だから、とても嬉しかったんだ。だから、頑張りたいんだ。そりゃ恐いけど、頑張りたいって気持ちは、恐いって気持ちよりも強くて、だから・・・頑張りたいんだ」
僕が言葉を終えると、島村さんが僕をじっと見つめてくる。そして次第に頬を緩めた。
「ふ~ん、それでこそ男の子よ、頑張りなさい」
「うん、頑張るよ」
ふふっ、と二人で小さく笑いあった。
漫才の次のプログラムは音楽クラブによる演奏で、その次が僕らの出番だった。
現在演奏中の奏者たちが僕らの演奏を協力してくれた女子4人組だ。
彼女たちの演奏、演目が終われば、彼女らの配置はそのままで僕と島村さんの出番となる。
音楽の終わりが近付くたびに、胸が激しく鳴りだす。喝采が体育館を響かすと、もはや拍手よりも心臓の音の方が僕にはうるさく思えるくらいだった。
「ほら、行くわよ」
島村さんの声で僕は強く車イスのタイヤをつかみ、前へと出る。
薄暗い舞台裏から、体育館の中へと進めば、目を細めたくなるくらい照明が明るかった。いつもこんなに明るかったかなと、疑うくらいだ。
僕は島村さんと横に並ぶよう、彼女の歩に合わせて車いすをこぐ。
視線が刺さるのを肌で感じながら、体育館の中央、多くの生徒が囲む真ん中、僕と島村さんのステージへと行きついた。
僕と島村さんの指定位置、互いに向き合う、視線が交差する。小さく、島村さんが口を開く。
「あんた、大丈夫なの?」
「・・・たぶん、きっと・・・」
「男なら見栄張ってでもかっこつけるもんよ、特にダンスの前はね」
「う、うん、大丈夫、ガンバるよ、島村さん」
「それと、私のことはエリでいいわ。ヒロ」
「へっ?」
「さぁ、始めるわよっ!」
島村さんから手を差し出され、あわてて僕も手を出す。
同時に楽器が鳴り響き、体育館が音楽に包まれる。
楽曲は『If I Had Words』以前に見た映画『ベイブ』のエンディング曲の原曲をピアノ、フルート、ユーフォニウム、コントラバスでアレンジした曲だった。
もとはレゲエのリズムだけど、ゆっくりとした四拍子はそのままに、僕が踊りやすいようにアヤさんの指示で、上先生が編曲してくれたんだ。
島村さんが僕の左手を引き、島村さんの左横を通る。そして手を離し、島村さんの背部で一度タイヤに手をかけ回し、車イスを一回転、両手を開きながら回る。
島村さんも回り、お互い見合うタイミングで車イスのタイヤに手をかけ、ストップする。そして、同じ動作をもう一度行う。
そこで前奏が終了、次いで歌が、先生たちが声を揃えて歌う。
『君に勇気を与えよう』
僕と島村さんが両手をつなぎ、時計回りに回り始める。腕は楕円を作り、片方の手は上げ、もう片方の手は下げた状態だ。
一周回転する度に上げた手を下し、下げた手は上げる。計3週する。
ここで生徒たちの手拍子が起こり出し、僕の脈を打つかのように包みだす。
『くじけそうでも歌おう』
手を離し、島村さんが体を右向け、右足を大きく出して止まり、左手を胸に右手を大きく天へ開く。僕は車イスごと左を向き、右手を胸に、左手を大きく天へ開く。互いに背を向けた形となる。それを反対方向にもう一度行うその際、一瞬、島村さんと目が合う。
島村さんは、確かに笑っていた。僕も笑い返し、目線が外れ、右を向き、その笑顔を、左手を胸、右手を天へと向けるポーズと共に観客へぶつける。
誰かが、カッコイイと言ってくれた。ガンバレとも言ってくれた。
『君が笑うと、いつまでも』
僕の右手を、島村さんの右手が強くつかむ。そして、互いに前へと進み、僕は島村さんの背を、島村さんは僕の背を追いかけるように大きく円を描き、回転する。
手をつないでいない方の手は大きく開く。自分を、大きく見せるために。
大きな円を作る僕たちに、大きな拍手が起こった。
『光り輝き、歩き出せるさ』
右手は掴んだままで、島村さんが右手を自身の肩まで上げる。その腕の下にできたスペースに、僕はつないでいない左手で車イスのダイヤをこいで入っていき、その場でクルクルと回転する。その動きをその場で四度、繰り返し、その回転を終えると次に手を離して大きく両手を天へと伸ばす。まるで何かを求めるかのように。
ワッと、歓声が起きる。
そして、音楽は続き、僕と島村さんは踊り続ける。今度は立ち位置やふりつけを逆にして。
この曲は四度のループ、つまり同じ曲調、歌詞が四回流れる。3ループ目は一ループ目と同じ立ち位置、振り付けは少しアレンジが加わる。
そして四度目、最後のループ。立ち位置は二ループと同じで最初の逆となり、振り付けも左右逆となる。そして、大きく違うのが、最後の部分だ。
『君が笑うと、いつまでも』
島村さんの左腕の下で2回転する。それを終え、島村さんが僕の両腕を下から強く抱え込むようにして肘を掴む。僕は島村さんの上腕、二の腕部分を強く握った。
そして、僕は足に力を入れて、車イスのフット、足置きから足を下す。
『光り輝き』
周囲がざわつく。『えっ!?』という声がよく耳に入ってくる。
そりゃそうだ、僕は今、皆の前で立っているのだから。
とはいえ、踊りで体力をほぼ使い切った状態だ。足に上手く力が入らない。今にも後ろに倒れ、車イスに座ってしまいそうだった。
だけど、肘に走る強力な痛みが、それを許さなかった。島村さんのとんでもない力が僕の腕を締め付けている。島村さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
僕は彼女をとても恐く感じた。それと同時に心強くも感じた。正に、『鬼と金棒』だった。なんか違うかな?
おかげで、立位時のバランスは安心だ。後は僕の足次第だ。
島村さんと目が合う。
頑張るよ、男の子だから。僕は目で訴えた。
次に腕の組みかえだ。左手は島村さんの右上腕そのまま。右手は島村さんの左手をしっかりと握る。同時に島村さんの右手が僕の肩甲骨下を力強く支える。
そして、最後の歌詞が流れる。
『歩き出せるさ』
みんながざわつく中、上先生が、音楽クラブの皆が、大きな声で歌ってくれている。
そして僕たちは、互いに小さくつぶやく。
「スロー」
第一声、僕が右足を前へ出し、島村さんが左足を下げる。足を一歩、前へ・・・
おおっ、と言う生徒たちの声が聞こえた。
「スロー」
第二声、次は逆、僕が左足を前へ、合わせて島村さんが右足を下げる。
僕の足を出すタイミングに合わせて、音楽のテンポがゆっくりとなる。
「クイック」
第三声、次は僕が少し広く左足を出し、島村さんはそれに揃えて右足を下げる。
誰かが、ガンバレと言ってくれた。
「クイック」
第四声、4拍目だ。両者とも角度を90度変え、僕が出した左足に右足を揃え、島村さんは下げた右足に左足を揃えてピタリと止まる。
そして、僕は島村さんと片手をつないだままに、右手を大きく円を描くように開き天を向け、島村さんは同じように左手を上げた。
パチ、パチ、とそれは降り始めのような静かな拍手だった。だけど次第に夕立が迫りくるような大きな拍手へと変わり、体育館が割れんばかりに響いた。
すごく・・・気分が良かった。だけど、気がゆるんだのか、足の力が抜け・・・
「あっ」
という間もなく僕は後ろへと傾く。その時、視界に映ったのは、島村さんのすごくあせった顔だった。
ポスンッ!軽い音がした。
同時に、お尻に馴染みのある感触がした。それは2年間連れそった車イスだった。
そして背後から声がする。
「まったく、私の教えていないところで本当、無茶するわ」
その声の正体はアヤさんだった。アヤさんが車イスを押してきてくれたんだ。
そしてそのまま僕らは体育館の袖へと引っ込んだ。
はぁっ・・・というため息と同時にアヤさんがアゴに手を当て、難しい顔をする。
「ほんと、なんて親御さんに謝ればいいのかしら・・・」
「ちょっと、アヤさん!なんで始まる前にウチらに声をかけてくれなかったのよ?こいつ、すっごく緊張していたんだから」
島村さんが僕を指さして言う。
「あら、こっちにも挨拶回りとか色々あるのよ。それに、緊張やプレッシャーを跳ねのけられるかはパートナー二人の問題なの。でも、あのダンスの様子だと、特に問題はなかったようじゃないの。本当に、あなたたちは本当にすごくガンバッたとホメてあげるわ」
「アヤさん・・・」
僕と島村さんはホッとしたような声をだした。
「でも、エリ、最後の危険な振り付け、これあんたの差し金よね?なにか企んでるのは知ってたけど、まさかねぇ・・・裏でお話があるから、ちょっと来なさい。あとあの音楽の合わせ方からして、上ちゃんも一枚噛んでるわね。ちょっとあいつも呼んで詳しく聞かせてもらうわ」
そう言って、アヤさんはコツコツと冷たい足音を響かせ、舞台裏に繋がる扉へと入っていった。
「はぁ、ああなったらアヤさん、ものすごく説教してくるのよねぇ。これも全部ヒロのせいだから」
島村さんが肩を落として言った。
「えぇっ!?もともとは島村さんのせいで」
「エリって名前で呼びなさいって言ったでしょ?」
「エリ・・・ちゃん」
「エリよ、この年でちゃん付けとか、キモいから止めてくんない?」
「エリさん」
「エリだっつの」
「あいたっ!」
頭に軽い衝撃が走った。
「まっ、楽しかったでしょ?また踊ろう」
白くとがった八重歯をきらりと光らせ、島村さんは背を向けて歩き出す。その背に、僕は答える。
「うん、楽しかった。また踊ってね、エリッ」
僕の声が聞こえたのか、エリは背を向けながら手をヒラヒラと振った。
その後、他の生徒も僕たちのダンスに負けじと様々なパフォーマンスを繰り広げた。中には劇だったり、けん玉だったり、格闘技の演武だったり、本当に様々だった。
最後のパフォーマンスとなる。配られたプログラムでは、シークレット、~お楽しみ~となっていた。
校長がマイクを手に持ち、体育館の壇上に上がる。
「えぇ~、6年生のみなさん。5年生たちによるパフォーマンスはいかがだったかな?」
校長先生の問いかけに、6年生たちは「良かった」「楽しかった」「面白かった」と次々に感想を上げる。
「ええ、私もみなさんが6年生の為にここまでガンバってくれるなんて、とても感動いたしました。4年生のみなさんも、5年生なったら、ぜひともガンバって来年のお別れ会も今日のように盛り上げて下さい。それでは、最後に本校出身で、世界で活躍中のダンサー、三船アヤさんとパートナーの城土智也さん、その生徒さんによるダンスパフォーマンスが行われます。どうぞお楽しみください」
校長が言い終えると、体育館が暗くなり、僕が先程踊っていたところにライトが当たる。そこへ、軽やかな音楽と共に、キレイな赤色のドレスを見に包んだアヤさんが登場した。
そこへ後からかなりカッコイイ男性も登場。燕尾服と言われる、ツバメのような黒色の衣装を身にまとい、とてもよく似合っていた。この服を着て踊るために生まれたような男性だった。
二人は手を取り合い、時に美しく、はたまた激しく、あるいは軽やかに楽しそうに踊った。
曲の終わりに二人とかっこよくポーズを取り、ダンスが終わる。
当然、大きな拍手が起こった。その拍手を浴び、二人は光の外へ出ていく。
すぐに次の曲が流れると、照明の下へと島村さん・・・エリが出てきた。
そしてエリのダンスの相手は、同じくらいの背がある男の子だった。
その男の子はとてもキリッとした顔つきで、僕の近くの席に座る女子たちが口をそろえてカッコイイと言った。僕もそう思った。
二人のダンスはアヤさんたちと比べると、素人の僕が見ても差があると分かるけど、それでも生徒たちのみんなはとても盛り上がっていた。
二人のダンスは、とても子供とは思えないくらいに迫力があったし、美しかった。
拍手に包まれながら二人のダンスが終わると、再びアヤさんが出てくる。
「さぁっ、皆も踊りましょう。軽くステップを踏むだけで、簡単に踊れるわ!」
そう言って、ダンスを踊っていたみんなが散って、周りを取り囲む生徒たちのもとへと駆ける。そして、生徒や先生の手を引き、数歩、説明しながらステップを踏んでから音楽に合わせて踊り出していた。
手を引かれて出てきた先生や生徒は、焦っていたり、恥ずかしそうにしたり、調子にのったり、照れくさそうにしたり、様々な顔で踊っていた。
エリの相手は音楽クラブのフルートを吹いていた子だった。その子は初めてには見えないくらい上手にステップを踏んでいた。
アヤさんの相手は松原先生だ。先生はとても恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、アヤさんの足を踏まないようにへっぴり腰でステップを踏んでいた。
とても・・・楽しそうな空間だった。
「思いっきり体を動かせたら楽しいんだろうな・・・」
車イスの座る僕はそう言って、となりでお座りをするさくらの頭をなでた。
家に帰って、さっそくアヤさんが撮ってくれていたお別れ会のビデオを、お母さんとじっちゃんと、さくらとで一緒に見た。
僕とエリのダンスを見たお母さんとじっちゃんは、スゴイスゴイとほめてくれた。
それはとても嬉しかった。
最後の場面、座っていたお母さんが立ち上がり、目を見開いて僕を見る。
「なにやってるのよッ!」
その顔は驚きと、怒りと、戸惑いと、何かもう色々混ざったような顔だった。
「ええやんけ、ええやんけ」
わっひゃっひゃ、と笑うじっちゃん。二人の反応は正反対だった。
「だって、こんな、えぇ?どうして?リハビリの先生はこんなの?だって、ダンスの先生は!?」
「落ち着けや、リカ。これは子供らで決めたことや、大人が口をはさむ問題やない」
「挟むわよッ!何かあったら、ヒロの将来はどうなるのよっ!というか、お父さんは知っていたのッ!?」
「まぁ、ここ最近迎えに行っとたからな。それに、ヒロの将来はヒロが決める事や」
「まだ子供に、将来の重要性が分かるわけないでしょっ!とにかく、ヒロ!今後は勝手に歩くのは禁止!いいわねっ!」
「でも、僕、みんなに歩けるところ見せたかったし・・・」
「ダンスの最後、こけそうになってたじゃない!何かあったらどうするのよっ!」
「・・・はい」
「分かったら少し部屋に行ってなさい。それとお父さん、さっきダンスの先生からの電話に出てたわよね?もしかしてこの事だったんじゃないの?」
「せやな!」
「せやな、じゃないでしょう!お父さん、ええよ、ええよって言ってたしアヤ先生からの謝りの電話だったんじゃ・・・」
二人の会話を背に、僕とさくらは部屋を逃げるように出ていき、自室へ入った。
「おこられちゃった・・・」
さくらに言う。でも、それでも、僕はあの瞬間にできたことを、やってよかったと思う。なんだか、今の僕ならなんでもできそうな気がする。
勇気があふれてくるんだ。
お母さんには怒られたけど、きっと、もっと上手に歩けていたなら、お母さんも怒らなかったのかもしれない。そう思った。
「さくら、僕、リハビリがんばるから、しっかりと支えてね」
さくらの白い頭をなでる。さくらは、いつものように舌を出した。
※生きた音楽に合わせて踊るのはとても楽しいもので
音との一体感が気持ちいいものです。
そういえば、さくらの出番が少ないですね。本作のメインヒロインなのに(笑)
エリちゃんという準ヒロインとは交互に出していきたいです(笑)
なので次はさくらがメインです!