なんだかわくわくするね!
それから土曜、日曜を挟み、月曜日のことだ。学校の授業が終わり、学童に行くためにランドセルを車イスに座る僕のヒザの上に置いた時だった。
「おいっ、ヒロ、隣のクラスの巨人がお前を呼んでるぞ!」
クラスメイトの東君が僕を呼ぶ。その方向を見ると、廊下から背の高い女子が覗いているのが確認できた。
「お前、なにかしたのかよ?」
同じくクラスメイトの大西君が心配そうに声をかけてくれた。
「うっさい、男子どもっ!ほらヒロっ、さっさと来なさいよっ!」
目に見て分かるくらい不機嫌な島村さんが、声を荒げて言う。
「うわぁ、コワッ、おいヒロ、お前、巨人に捕食されるんじゃないだろうな?」
ふざけて言う東君。
ガンッ!
教室に響き渡る重く大きな音に次いで、静まり返る教室。何事かと皆、大きな音を出した張本人、島村さんを見て、彼女がドアを蹴った音なのだと理解する。
これ以上待たせたら島村さんがどうなるか想像できない。僕があわててさくらのリードを左手に、車イスのタイヤを右手に手をかけて前に進もうとする。
だけど、僕の前にカズ君が立ち、島村さんに声をかける。
「なあ、ヒロを連れていって何するつもりだ?無茶なことじゃないよな?」
それを聞いて、島村さんは・・・ニヤリと笑った。僕は嫌な予感がした。
「フンッ、これからお別れ会の出し物の打ち合わせを二人でするのよっ!あんたたちが驚くようなすごい芸を披露するんだからっ、楽しみにしときなさいっ!」
そう言って島村さんが教室に入ってきて、僕の車イスの背にある介助用ハンドルに手をかけ、廊下へと出て行った。
皆がポカーンとしていた教室を出て、渡り廊下を進む。そこで僕は周りに同級生がいないことを確認して口を開く。
「なんであんなことを言ったのさ。すごい芸だなんて、そんなもの・・・」
不満をあらわにする僕に対して、不敵な笑みを浮かて島村さんは返す。
「あら、プレッシャーに感じた?でもこういうのは口に出した方が、覚悟が決まるのよ。それに、みんなを驚かせてみたいでしょ?」
「もう、十分驚いてたよ・・・」
「そうじゃないわよ。もっとみんなに、驚きと興奮を与えたいと思うでしょ?それがダンサーでエンターテイナーなのよ」
「エンターテイナー・・・」
「そうよ」
自信満々に島村さんは言った。僕はこの時の彼女をとてもまぶしく思えた。
二人と一匹が訪れたのは音楽室だった。そこには音楽の先生である上先生と3人の女子が各々に楽器を手に演奏していた。
「お邪魔します、上先生」
島村さんが明るく言う。それに気付いた上先生がピアノの演奏を止めてこちらを振り向く。
「おっ、エリじゃないのよ。あぁ、その子、ヒロ君がパートナーだってね、意外だわ。あぁ、車イスだからじゃなくてね、大人しい感じの子だと思ってたから。合唱でもあまり声が出てなかったからね」
上先生が椅子から立ち、こちらに近付いてくる。僕は軽く頭を下げた。
「どうも・・・えと、なんで音楽室?」
「そりゃあ、ここを使ってダンスの練習をするからに決まってるじゃない」
島村さんが鼻を鳴らして言う。上先生が言葉をつなげる。
「それと、生演奏付きよ。今回の出し物で、私たちがあなたのダンスのBGMを弾かせてもらうわ」
「ええっ!?」
僕は驚いた。だっててっきりダンス教室のようにCDの音源で踊るものだとおもっていたからだ。
「それは・・・嬉しいけど・・・迷惑じゃ?」
「遠慮は不要よ」
上先生は手の平を立てて突き出し、僕の言葉を止める。
「もともと私たち音楽クラブは演奏で出る予定だったから、そのついでよ。一曲や二曲増えたとしても大して変わらないし」
「二曲は困りますよぅ~」
女子の一人が言う。クスクスと笑い声が音楽室に響いた。
「それと、フォローができるでしょ?ダンスに遅れが出てもある程度は音楽にごまかしを効かすことができるしね」
なるほど、と僕がうなずく。
「そしてなにより、エリが必死に頼み込んできたからね。これは先生としてより、姉として尊重したかったわけ!」
「も、もう、余計なこと言わないで良いからっ!第一、アヤさんにこいつを託されたんだからそりゃ頑張るに決まってるでしょ!」
顔を真っ赤にして言う島村さんに、女子4人が集まって来る。
「でも~、こんなやる気のエリちゃんってめったにないよねぇ?」
「ね?ここまでダンスに熱心だった?いつもすましてる感あったけど」
「熱心なのは別のことではないのでしょうか?」
「そりゃぁ、成功させなきゃね?あたいらに任せときなって」
女子が横目に僕を見ながら言う。僕はみんなが協力してくれるんだと分かり、頭を下げる。
「その、みっともないダンスになるかもしれないけど、よろしくお願いします」
「あらま、礼儀正しい男子だこと」
「ヒロ君って他の男子とは違って落ち着いてる感ありますものね」
「ね、同じクラスになったことないけど、なんとなく大人しい雰囲気」
「そういうところに、ひかれたとかぁ?」
女子たち四人がまじまじと僕を見てくる。
「もう、ホント、そういうのじゃないからっ!あとこいつ、単純に恐がりだから静かなだけだからね!それと、あんたっ」
島村さんが僕をにらんで言葉を続ける。
「みっともないダンスにはウチがさせないからっ!そういう時は、俺のダンスについて来いっ!くらい言って、意気込みを見せなさいよっ」
「ひゅ~、エリってばカッコイイ!」
「これは、姉さん女房ってやつです?」
「ね、尻に敷いちゃう感じある」
「口うるさいお母さんになりそぅ」
「ああ、もうウルサイウルサイっ!」
島村さんが声を荒げたところで、パンパンと手を叩く音が音楽室に響く。
「はいはい、それじゃあ時間が惜しいから、さっそく音合わせするよ。楽曲とテンポの合わせはどうするの、エリ?」
「はぁ・・・えと、アヤさんの指示では・・・」
僕とさくらはこの空気に置いていかれて、ただポツンとしているだけだった。
そして、音楽のお話中も置いていかれていた。楽器のことなんかよく分からないし、会話の中には入っていけなかった。だから、ここではみんなにお任せするしかなかった。
本当、何も僕一人ではできないな。そう、思った。
だけど、さっきの女子たちのワイワイとした騒ぎと打って変わって、みんなは真剣な目つきで音楽のことを話し合っていた。
真剣に、僕と島村さんのダンスを成功させるつもりなんだ。
僕は強く、拳を握った。
それから放課後はいつも音楽室を貸切ってダンスの練習だった。
時折、カズ君や他の男子が覗きに来るけど、音楽クラブの女子四人組に追い返されていた。その時までの秘密にしたいんだとかで、女子と言うのは秘密が好きなようだ。
それから、あっという間に金曜日で、この日は放課後の通常通り、ダンス教室だ。
ここでアヤさんの最終指導と、チェックが行われた。
この日のレッスンは今まで以上に大変だった。ほとんど休憩もなく動き続けた。
もちろん、これは僕の意志でだ。あと、島村さんの意志でもある。
でもレッスン時間はスグに終わりを迎え、僕と島村さんは最後のダンスを終えた。
「・・・うん、これなら、人前に出ても恥ずかしくない仕上がりよ。二人とも、とても頑張ったじゃない」
アヤさんが僕たちをほめてくれた。その言葉に僕はホッとした。
「とはいえ、本番は明日よ、気を緩めずに今の感じを保つこと。それと今日は居残り練習は許しません。二人とも、先週遅くまで残ってたでしょ?その情熱は大事だけど、約束は守らないと、私が学校の先生に怒られたんだから」
「は~い、すいませ~ん」
島村さんが軽く謝る。そして僕を見て、小さく舌を出した。
「まぁ、いいわ。それより、今日はしっかりと休むこと。今日のはかなりハードだったから、体力を明日に温存しとかないとね」
アヤさんが僕と島村さんのおでこを指先でつつく。僕たちは渋々うなずいた。
※お別れ会とか懐かしいですねぇ。
漫才やら手品、ダンスや演奏
色々とやりましたねぇ~(遠い目)