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さくらのしごとなのにぃ



 みんなが帰った後、僕と島村さんだけがホールに残った。


「あんたさぁ、上手くなる気がないの?」


 長身の島村さんが腰に手を当てて、車イスに座る僕を見下ろす。その姿はとても高圧的に感じ、小さな僕にはとても恐く感じた。


「あんたがさ、いつまで経っても上手くならないから、ウチはいつまで経ってもアヤさんと練習ができないのよ。いつもレッスンの残り10分はウチとアヤさんの時間なのにさ、あんたが持っていっちゃって、どうしてくれんのよ?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 僕は恐くて黙った。声が出なかった。けど、島村さんも黙ったままだった。僕の返事を待っているのだろう。


 僕は、恐る恐る、口を開いた。


「そのっ、僕、ダンスはじめて、間もないし、体もこんなだし、上手く動けないし、島村さんのように、すぐに上手くなれるわけじゃないから・・・」

「はぁっ?なに言い訳してんのっ?男のくせに、女々しいんだけどっ」


 とても低い声で島村さんが荒々しく言う。僕は目線を少し上げて島村さんの顔色をうかがうと、思った通りに険しい顔つきで僕をにらんでいた。


「ごめんなさい・・・」


 僕は恐くて、謝る選んだ。そして、僕がダンスを踊ることは、相手にとって迷惑でしかないと気付く。


「僕、やっぱり、ダンスに、向いていないんだね、ごめんなさいっ」


 なんだか目頭が熱くなりながら、僕は苦々しく、言葉を絞り出す。しかし、島村さんはその言葉に納得した様子ではなかった。


「ちがうでしょっ!それであんたはどうすんのって聞いてんの?」

「どうするって・・・ダンスはその、僕、あまり、ここに来ないようにする、とか?」

「バカなの?本番目の前つってんのよ!ウチはっ、あんたがっ、どうすればっ、上手くなるかをっ、聞いてんのよっ!」


 島村さんの語気がどんどん強くなっていく。僕は恐る恐る、島村さんが答えて欲しい言葉を探して口に出す。


「え、えと、じゃあ、その、家でもっとしっかりと練習して、それで、また一緒の時に息を合わせる練習をしっかりと・・・」

「二人での練習をしっかりとって、具体的にどうすんのよっ!」


「それは、来週に、アヤさんが付きっ切りで見てくれるって、その時に」

「待った!まさか来週まで自主練オンリーなわけっ!?」


「えっと・・・そうなるん、じゃないの?」

「だっはぁー」


 耳どころか顔面にしかと届くため息だ。


「あんた、本当にバカじゃないの?二人で上手くいかない時は、二人でしっかりと練習するのが当然でしょうが?」

「でも、その、島村さんに迷惑かかるし・・・」

「最初は誰でも迷惑かけるのは当たり前なのっ!ウチが言っているのは、あんたの練習に対する思いが薄っぺらいから、いつまでそのままでいるつもりなのか聞いてんのよっ!上手くいかない時は納得いくまで練習する。当たり前でしょうっ!」


「えっ?えっ?でも、ホールを借りようにも、ここお金がかかるって言ってたし」

「ダンスってのはどこでも練習できるでしょうが!学校の運動場から、公園まで!」


「エェッ!みんなが見てる前で踊るのっ?」

「ダンスは人前で踊ってなんぼでしょうがっ!見るため、見せるためよ!」


「それは・・・でも、もうちょっと上手になってから・・・」

「ダンスは度胸のあるヤツが上達するのよっ!」


「そう、なの?」

「そう、なのっ!他の有志で出るミカちゃんは、音楽室使えない時は教室でエレクトーン弾いてるし、マサミちゃんとか休み時間に生徒相手にマジックの練習をしてたわよ。男のあんたが度胸で負けてどうすんの?」


「う、うんっ」

「ほらっ!」


「へっ?」

「ウチの手をつなぎなさいっ!あんたをリードしてあげるわっ」


「へっ?ここで?でも、ホールはもうすぐ閉まっちゃうって聞いてるよ?」

「閉まるまでやればいいのよっ!いいっ?あんたに足りないのはダンスの腕だけじゃないの、行動力よっ!勇気よっ!度胸よっ!しのごの言わずに動きなさい!」



「・・・うんっ」



 そうして、僕と島村さん以外、誰もいないホールの中で、二人だけのダンスレッスンが行われた。



 どのくらい練習しただろうか?外はすっかり真っ暗になっていた。

 僕たちは踊り疲れて、ホールのスミで休憩をしていた。僕は車イスの上、島村さんは床にどっかりと座り、壁にもたれ、両足を前にだらんと出していた。

 そして、唐突な言葉を僕に投げかける。


「あんた、ウチのこと恐がってるでしょ?」


 本当に突然だ。僕は目を丸くして、なんと言えば良いか返答に困る。それに気付いたのか、島村さんは言葉を続ける。


「分かってるわよ、そのくらい。ほら、ウチって小学生にしては背が高いでしょ?だからよく恐がられるのよ、威圧感ってやつ?」


「いや、それだけが原因じゃ・・・」


 僕は言いよどむ。


「うん、そりゃまあ、ちょっときついところがあるのは否定しないわ」


 ちょっとどころじゃないしっ!という思いを今は飲み込んでおく。


「他の男子なんて、ウチのことを進撃の巨人なんて言うのよ、酷くない?」


 僕は少し、フフッと笑ってしまった。島村さんのクラスの男子が、どれほど島村さんを恐れているか想像できてしまう。


「そりゃ小さい方がモテるわよねぇ、巨人なんて、変なアダ名つけられて・・・」


 そうかな?僕は首を傾げる。巨人という言葉に僕は悪い印象があまりない。むしろ・・・


「いやカッコいいよ、巨人、僕は好きだよ」

「へあっ?好き?」


 島村さんが妙にカン高い声をあげる。


「う、うん。好きっていうか、憧れるというか、その巨人っていうのに」

「はぁっ・・・あんた小さいものね。でもレディに対して巨人なんて言われて嬉しくないわ。第一、どこが好きなのよ」


 そう言われて僕はホール玄関にて未だにフセているさくらに目を向ける。するとその視線に気づいたのか、さくらも顔を起こし、こちらを見つめてくる。


「その、さくらはグレートピレネーとグレートデンの交配種、ミックスなんだ。それでね、グレートデンって、優しい巨人って意味らしいんだ。だからね、僕は巨人が好きなんだ。いつもそばにいてくれて、その大きい体で支えてくれるからっ」


 僕は体を車イスから落ちんばかりに前へと起こし、早口で説明する。そんな僕を島村さんは目をパチパチさせて見つめる。


「うん・・・いや、犬と一緒にしてもらわれても、そんなに嬉しくないというか・・・」

「あっ、うん、ごめん・・・」


 僕が謝り、島村さんが小さくため息を吐く。そして微妙に変な沈黙が続く。


 すると島村さんがクスッと笑う。


「ふふっ・・・ねぇ、あんた。そのさくらに支えられて歩いていたわよね?」

「えっ、うん、少しの短い距離だけ・・・」


「少し?あんた前にサッカーしていたじゃないの?」

「あれは・・・まあ、うん。見てたんだ」


「ここのホールから運動場見えるし、低学年の子たちの笑い声が聞こえてきてたし・・・それより、ねえ、ちょっと、立って踊ってみない?」

「えっ?・・・いやいや、ムリムリムリ、ダメだよ危ないよっ!」


「大丈夫よ、背が高いだけあって、力はあるの。握力だけなら男子と変わらないんだから」

「そうじゃなくって、禁止されてるんだって!リハビリの先生からっ!」


「禁止?そんな約束、少しくらい破ればいいのよっ、私なんて友達とだけで竜山に登ったんだから。ガケの上に立ったのよ!」


「ええっ!そこ、校区外だし、採掘現場で危ない場所じゃないかっ!」

「そうよっ、スゴイでしょ!女子だって、冒険の一つや二つくらいはするわよ。あんたとは、度胸が違うのよ。それとも、冒険するのが恐い?男なのに?一人で決断もできないの?」


「・・・・・・少しだけだからね」

「フンっ、そうよ、そのくらい度胸がないとね」


 僕は車イスのアームレストに手をかけ、装具を履いた足に力をこめる。


「・・・ッ、ヨイショ!」


 気合と共に、腕、足、体のあらゆる筋肉を活動させ、真っすぐに立ち上がる。

 腕は車イスのアームレストを握ったままだったが、なんとか直立を保つことができた。ただ、この手を離せば、どちらかの方向にバランスを崩すのは分かっていた。


「ほらっ、手を貸しなさいよ」


 対面に立つ島村さんが手を伸ばしてきた。僕は片腕ずつ、島村さんの手、いや、内ヒジに手を上から乗せる。島村さんは僕のヒジをしっかりと手で下から支えてくれた。これで幾分バランスが取りやすい。そう思った時だった、右ヒザが突然震えだした。


「うわっ」


 僕はバランスを崩し、右斜め前へと倒れそうになる。


「おっと!」


 しかし、転倒は免れた。島村さんが文字通り体を張って僕を受け止めたからだ。


「大丈夫なの?」

「あっ、ありがとう」


 目の前に島村さんの大きな体があった。大人のようにしっかりとした体だった。

 だけど・・・なんだかとても柔らかかった。


「ほらっ、しっかりなさい」

「ご、ゴメンッ!」


 島村さんにもたれたままの僕はあわてて体制を立て直し、直立する。

 改めて見上げると、僕の頭から島村さんの頭まで、頭三つ分くらいの差があった。


「なんだ、けっこう立てるじゃない。それで、当然、立った状態での手の持ち方、分かるわよね、リーダー?」


 社交ダンスにおいて男性はリーダー、女性はパートナーと呼ばれる。


「う、うん。左手で島村さんの右手を迎えて、僕の右手は島村さんの肩甲骨に・・・」


 僕は島村さんの左腕の下から背中に手を伸ばし、肩の下に手を当てる。けども、


「うぅ・・・」

「ちょっと、フラフラじゃないの!」


 片手の支えなしで立つというのは、どうも難しいし、バランスを取るのに足の筋肉を活用しすぎると、とても骨に痛みが走る。だけど僕はその痛みを今はガマンする。そんな弱みは吐きたくなかったからだ。


「ちょっと、あんたムリしてるでしょう?」


 島村さんはそう言って、僕の両腕、手首から肘までを、腕で下から支えてくれる。


「もう、あんた左手をウチの右上腕に持ちかえなさいよ、そんで、右手はウチの左手をしっかり握る!どう?」


「う、うん、安定して、立てる、かな?でも、これ」


「そうね、男女反対のホールド(持ち方)よねぇ・・・まっ、これも経験てか冒険ってやつ?面白いじゃない」


 島村さんは首を傾げて言う。僕はてっきり嫌がるかと思ってたけど、かなり前向きに考えるんだなって、僕は感心した。


「さっ、ここからね。ホールドが逆なら当然ステップも逆ね。ウチも少し考えながらやるから、ゆっくり動くわよ?もちろん分かってるわよね?」


「う、うん、島村さんは左足を出して、僕は右足を下げればいいんだね?」

「そうよ、まずはブルースの8拍まで、OK?」

「お、オーケー」


 僕は踊らないとはいえ、ある程度のダンスの知識は頭に入れておくようアヤさんに教わっていた。相手のことを知るためだ。だけど、その知識が今使われると思いもしなかった。


「スロー」

 第一声、島村さんが左足を前へ出し、僕が右足を下げる。


「スロー」

 第二声、次は逆、島村さんが右足を出し、僕が左足を下げる。


「クイック」

 第三声、次は島村さんが少し広く左足を出し、僕はそれに揃えて右足を下げる。


「クイック」

 第四声、4拍目だ。両者とも角度を90度変え、島村さんが出した左足に右足を揃え、僕は下げた右足に左足を揃えてピタリと止まる。


 僕は少しふらつく、足は少しでも開いた方がバランスを取りやすい。しかし今は足が、かかとがくっつきそうなくらいに揃っている。かなり、ふらつく。


 だけど、島村さんは続ける。


「スロー」

 あわてて僕は右足を下げる。バランスは、なんとか体重を島村さんに流すことで保てている状態だ。ここからはさっきの動作の繰り返しになる。


「スロー」

 左足を下げる。僕のつま先に、島村さんのつま先がコツリと当たる。


「クイック」

 右足を少し広めに下げる。


「クイック」

 最後の8拍目、再び角度を変えて、出した右足に左足を揃える。


 そこで、制止する。バランスは・・・取れている。僕の腕を、肩を、ぐっと島村さんが引き寄せてバランスを取ってくれている。


 そのせいか、とても・・・近かった。


「どうよ?できたじゃない」

「う、うん」


 島村さんが鼻を鳴らして、ニヤリと笑う。その笑顔は、なんだかいたずらを成功させた子供のような笑顔で、とても愛嬌があった。


 猫のような大きな目が僕をじっと見つめる。顔も、少し近いし、なんだか照れくさい。


「・・・ねぇ、あの子、なんかウロウロしてない?」

「ウロウロ?」


 僕は聞き返し、島村さんの視線の先、ホールの玄関で左右に小刻みに歩きまわるさくらがいた。

 さくらのリードはドアのノブにくくってあるが、そのリードはピンと張り、今にもリードが千切れそうだった。


 僕は『ハッ!』とした。以前にお母さんが僕を抱きかかえてクルクルと回った時を思い出した。さくらが僕とお母さんに飛びついたあの時の光景がよみがえった。


「さくら、マテ!」


 慌てて指示を出す。するとさくらはじっとこっちを見つつ静かにお座りをした。

 トレーナーの和田さんが、少しでもさくらの行動に異変を感じれば、すぐにマテをするように『僕が』指導を受けたんだ。


「・・・なんだったの?」

「うん、ちょっと心配したんだと思う。僕がいじめられてるんじゃないかって」


「えぇ、なによそれ?本当にそう言ってるの?どっちかっていうとヤキモチって感じな気がするわ、女の感ってやつ。と言っても、犬もヤキモチするのかしら?」

「トレーナーはするって言ってたけど・・・」


「そう、あの子もヤキモチを焼いたのね」

「あの子も?」


「なんでもないわ。それより、良いこと考えたの。ちょっと耳貸して」

「う、うん」


 この場に二人しかいないのにと思いながら、僕は耳を傾ける。



「・・・・・・・・・」



「えぇっ!?む、ムリだよそんなの!」

「そう?ウチはできると思うけど?これも女の感?いや、パートナーとしての勘」


 島村さんがまたも、いたずらを企てるような笑顔、いや、ようなじゃない。企てている笑顔を、花が満開に開かせるように作っていた。


「け、けど・・・」

「約束なさい!じゃないと、あんたがウチの胸に顔を押し付けてきたって言いふらす!」


「うえぇえぇえ!?」


 確かに顔は当たったけど、それはワザとじゃないというか、コケそうになったからというか、なんと言うか、色々考えるけど、適切な言い訳が出てこない。そんな時だ、


「お~い、迎えに来たで」


 ホールの玄関から、じっちゃんの声がした。


「なんやすまんなぁ、ちょっと車の調子が悪くてこんな時間までかかったわ」


 じっちゃんに言われ、ホールの時計を見る。気付けば7時前だった。


「うわっ、もうこんな時間!えっ?」


 本来なら学校は6時に閉まるはずだ。なんでこんな時間まで誰も言いに来なかったのだろう?そう考えていると、玄関から別の声がした。


「おう、なんだまだ残っているのか?ダメだぞ、早く帰らないと。まったく、うっかりこのホールの見回りだけミノガシテタよ」

 そう言って入ってきたのは松原先生だった。


 そうか、先生はここの見回りだけうっかり忘れていたんだろう。でもなんか先生の話し方がいつもよりちょっと固いような気が・・・する?


「まぁ、先生も失敗するいうことヤナ」

「あはは、すいません。まあ、こちらの落ち度を見逃してくれたら、今回の事は目こぼしするということで」

「しゃあないなーそれで手を打ったろ」


『あっはっはっは!』


 じっちゃんと松原先生が笑いあう。


「何この変な会話」


 そう言って島村さんはリュックを背負う。


「それじゃあ、ウチは帰るから。いい?約束だからね。じゃあバイバイ!」

「えっ、あっ、うん、バイバイ・・・」


 僕は真っ暗な外へと姿を消していく島村さんの背中に手を振った。


「青春かぁ、ええなぁ」

「私らの青春っていったい何年前でしたっけ」


 じっちゃんと松原先生がボソボソと話し合っているのを横目に、僕は島村さんの姿が見えなくなるまで手を振った。



※リード・・・犬のヒモをリードと言いますね。

 もちろん、犬を引っ張るからリードなんですが、

 さくらのリードを持つのがヒロ君なら、

 ヒロ君のリードをするのがエリちゃんだったり。

 なにがなにやら(笑)


 あと犬種のグレート・ピレネー(ピレニーズ)は

 ピレネー山脈で活躍してきた犬。

 ピレニアン・マウンテン・ドッグからきてます。

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