おどるっていそがしいねぇ
気付けば新年通り越して三学期、いつも通りにさくらと一緒に学校へ行く。そんで学童、金曜日はダンス教室だ。それが終わって帰宅。ちょっとさくら散歩して、家の前で歩くリハビリ。それが終わればご飯。お風呂、ダンスの練習、そんで寝る。
日曜日はリハビリに行く。ヤスちゃん指導のもとでさくらと歩く。
そんな感じの一週間だ。僕にとってのいつも通りの毎日だ。
でもよく考えると去年じゃ考えられないことしてるなって、クスッと笑う。
去年の僕からしたら、今年の僕はかなりの大冒険だと思う。
そんな冒険の海に連れ出してくれたのがさくらだ。
そしてまた、一つの大冒険がやってきた。それは僕にとって大きな波だった。
「ほらっ、再来月の初めにね、土曜の、お別れ会があるでしょ?6年生の」
アヤさんがなんだかいつもより笑顔を輝かせて僕に聞いてくる。
「それにさ、私が多目的ホール使わせてもらうお礼として踊るんだけどね、有志枠あったじゃない?あれにヒロ君もダンスで出て見ない?応募しようよ」
応募・・・それはみんなの前で踊るということなんだろう。僕なんかにできるだろうか?
でも・・・アヤさんとなら、できる、かな?
「ええと・・・それはアヤさんと一緒にですよね?」
「ん~、そうしたいんだけど、私も出るから準備とかあるじゃない?だからエリをパートナーに考えているの」
「はあっ?なんでウチがっ?」
島村さんの大きな声がホールに響き渡った。アヤさんは不思議そうに返す。
「だって同じ学校の同じ学年じゃない。何もおかしいことはないし有志枠なんだから生徒同士の方がいいと思うのよ」
「えぇ~、なら私もアヤさんと同じ普通のダンスで出たい」
「車イスでのダンスを教えれるのはこの場でエリの他に頼める人がいないわ。いいじゃないの、エリにとって、そこまで難しいことじゃないでしょ?」
「うんぅ~、あまりやりたくない」
「どうして?」
エリさんが聞く。その声はいつもの軽やかさが無く、どこか張りがあって、険があった。ホールの空気が、気温が、冷たくなったような気がした。
島村さんは答えず、うつむいてしまう。
妙な空気だった。あまりいい感じじゃない。僕はたえられずに口を開く。
「あのっ、踊るのがイヤなら別に、いいです。こんな僕と踊りたくないですよね」
辞退の意志だ。しかし、アヤさんの声がますます重く、低くなる。
「ヒロ君は、踊りたくないの?ちがうでしょ?踊りたいからここにいるのでしょ?」
「え、ええ、うん、そう・・・です」
否定はできないし、させない凄みがアヤさんの言葉にはあった。
「それにエリ、どんな形であれダンスはダンス。どんなダンスでも人々を魅了できないようじゃ、ダンサーとして先が見えないわよ」
「・・・はい」
島村さんは顔に不服を浮かべつつもうなずく。そしてアヤさんの声がいつものように明るく、軽くなり、両手を胸の前で叩く。
「とはいえ、私が決めるのは仕来たりとして間違いよね。ヒロ君、エリにお願いしなさい、一緒に踊ってくれませんかって?やり方は分かるわね?」
僕は「えっ?」と声が出た。そのダンスを女性に誘うやり方は知っているけど、それを他の人達が見ている前でやれっていうの?
僕が困って視線をさまよわす。島村さんが大きくため息をついてるのが分かった。
他のみんなは、なんだかニヤニヤしていた。アヤさんは腕を組んで口を開く。
「ダンスを誘うことからつまずいてちゃ、この先どうするのかな?」
もっともだけど・・・とても、逃げられる空気ではなかった。
僕は島村さんの前へと車イスをこいで近付く。とても小学生とは思えない背の高さがある島村さんだ。島村さんの顔を見るには、大きく見上げる必要があった。
島村さんの刺さるような視線が、上から降りそそぐ。「何よ?」とでも言いたげだった。
本来は右ヒザを地面に付けてひざまずくけど、それは車イスの僕にはできない。
だから僕はイスに座ったまま、左手を腰に当て、右の手の平を上にして、島村さんへと差し出す。
「僕と一緒に・・・踊ってくれませんか?」
島村さんが、観念したように目を細め、首を横に傾ける。
「・・・まぁ、いいわよ」
そう言って、島村さんの柔らかく温かな手が、僕の手を優しく包む・・・
「よろしく頼むわ、リーダー」
「う、うん、って、痛っ、イダダダダダァ」
包まれた手に激痛が走る、僕は思わず右手をひっこめた。
「こぉ~ら、エリッ!」
「だって、この程度で手を引っ込めるなんて男のくせにだらしないのよっ、ダンス中じゃ簡単に手を離したらダメなんだからっ」
そう言って島村さんは自分の練習に戻っていった。
島村さんとの練習は、一時間半ある練習時間の内、最後の30分に割り当てられた。ストレッチ、基本ステップ(僕の場合は振り付けの確認と練習)、そしてその後にパートナーとの練習だ。
「じゃあ、とりあえず二人で話し合ってみて。振り付けやステップの確認とかね。エリなら指導できるわよね?」
「えっ?アヤさんが教えてくれるんじゃないんですか?」
僕は驚いて、慌てて聞く。だって、島村さんと二人でほったらかしっていうのは、その・・・なんだか、恐い・・・僕、島村さんに嫌われてるみたいだし・・・あまり二人で一緒にいたくないというか・・・
だけどアヤさんは僕の思いに反して、両手を胸の前で合わせる。
「ごめんね、私も他の指導に当たらないとダメだから。それに、踊りを覚えるよりもまず、パートナーと息を合わせるためにお互いを知ることが大事なの。だからたくさんお話ししてねっ」
そう言ってアヤさんは僕に背を向けて離れていく。そして一度、こちらを振り向く。
「そうそう、嫌なことから逃げるのは簡単だけど、時には立ち向かわなきゃダメよ?おとこのこっ!なんだから」
そして、別の人のペアへと足を運んでいった・・・行ってしまった。
ホールのすみで残るのは僕と島村さんだけ、一応ホールの玄関近くなのでさくらがいるが、あいにく体を丸めて眠っていた。
その場に、気まずい沈黙が続いた。
「・・・んで、どうするのよ?」
そんな空気に耐えかねたのか、島村さんが口火を切った。
「踊るの?それとも、振り付けをするの?」
「あっ、え、ええとっ、まずは動画を見て、島村さんのステップを確認とか?」
「その必要はないわよ、アヤさんとあんたのを見て覚えたし」
そう言って最初の一分、ステップをして見せる。
「すっ、スゴい・・・動画の通りだよっ」
「大したことないわよっ、一応、五年もやってるんだし、こんなの基本のステップの繰り返しじゃない」
そう言って、島村さんはアンバランスなショートヘアを片手でかき上げる。
「それより、あんたこそステップのことどれくらい理解してるの?といっても、車イスだし関係ないか」
「えっ、えと、スタンダードのワルツの最初は左を前に出すことで始まって・・・」
「ふぅ~ん、一応は基本を押さえてあるのね、でもなんで?」
「え、えと、冬休みの間はそのヒマだったし、その間に覚えたから」
「じゃなくて、女性のパートナーのステップや動きなんて、男のリーダー、ましてや車イスのあんたには関係ないじゃない」
「で、でも、さっきアヤさんが言った通りに、相手のことを知ることが、その、大事だって言ってたから・・・」
「へぇ、まっ、及第点ってやつかしら?」
島村さんはニヤッと笑い、僕の手を取って引っ張っていく。
「ほら、さっさと踊るわよ!振り付けはお互いに頭の中に入ってるんだし、実践よ。一丁前のこと言ったんだから、少しのミスでもウチは目こぼししないわよっ」
「ちょっ、ちょっと、急に引っ張ったら危ないよっ!車イスのブレーキがかかっていたら落ちていたところだからっ!」
僕の抗議を聞かずに、島村さんは強引に僕をフロアの真ん中へと連れて行かれた。
僕と島村さんの練習は毎週行われた。何度も何度も振り付けを島村さんに注意されながら、少しずつだけど、上手になっている実感があった。何より、体を動かすことが楽しかった。それが僕の上達につながっているのだと思う。
でも、アヤさんの言う、パートナーとお互いを知る事が大事という言葉。もし、お互いのことをもっと知れば、僕のダンスはもっと上達するのかな?
だけど、そのお互いを知る機会がいま一つなかった。会話も、ダンスに対しての振り付けくらいなもんだ。学校ではクラスも違うので、喋る機会もない。
でも、6年生のお別れ会まであと二週間、二月の中頃に、その機会ができたんだ。
「はぁ、なんか、息が合わないわね、ウチら」
「振り付けは・・・大丈夫なんだけどなぁ」
「あんた、ちゃんと音楽聞いてるの?ターンの時、いっつも遅いのよ。車イスだからっていう言い訳はできないわよ、動画の車イスの人はできてんだから」
「そ、そっちだって、手を出すのが少し遅いよ、ほら、動画だとここで手をすでに車イスの人と手をつないでるし」
「・・・だって車イスの人とのペアだなんて初めてだし、そっちがもっと手を伸ばせばいいんじゃないのっ?」
「そんな無茶なっ」
お互いに、口調が荒くなる。ここ最近は練習終わりに近付くと、どうも険悪な雰囲気になる。
「はいっ、言い争いはそこまでっ」
そしてそうなると、いつもアヤさんが両手を鳴らし、間に入る。
「私から言いたいことは、今二人とも気付いてることよね。だからあえて細かく言わないわ。二人とも、息を合わせる努力をしなさい」
「だって、こいつがっ」
「エリッ、いい加減、パートナーのことは名前で呼びなさい。失礼だし、マナーよ」
「・・・はい」
「本番まで残り二週間、ホールで練習できるのもあと一回。あせる気持ちも分かるけど、それで息が乱れてたら本末転倒よ。振り付けは二人とも上手になったけど、まだ息は最初の方が合ってたと思うわ。お互いに気をつかってたと思う」
アヤさんは一つ息を吐いて続ける。
「お互いに我が強くなってるのね、それは大事、でもペアとしてぶつかりあったら、社交ダンスは踊れないのよ。これはエリが一番知ってることでしょ?」
「・・・はい」
「はいっ、じゃあ今日はここまで。時間も良い時間ね。これはこの子たちだけでなく、他のペアの人たちにも言えることだから、気を付けてね。では集合」
そう言って、アヤさんがホールの壁際に立ち、その前に僕たち生徒が横一列に並ぶ。そして、あいさつをして、掃除をして、解散となる。
「じゃあっ、私、今日ちょっと用事あるから、先に帰るわね。ホールは学校の先生が閉めに来るから、みんな早めに帰ってね、お疲れっ」
アヤさんがイソイソとホールを出ていく。そして、僕たちも帰り支度をすませる。
はぁ、とため息をつく。どうも上手くいかない、息が合わない。残す二人そろっての練習の機会は来週金曜日の一回だけだ。その日はアヤさんが多めに時間を取って僕たちの練習を見てくれるらしい。その日に仕上げることができるだろうか?
「・・・なんだか疲れた」
心配とあせりと、疲れがたまる。頭も体もフラフラだ。少し、休みたくなった。
僕も帰ろう・・・そう思った時だった。
「ちょっと、あんた、帰んの?」
「へっ?」
僕の前に、腕を組んで、仁王立ちする島村さんがいた・・・
※アメリカには車イスの社交ダンスプロの方がいるんですよね。
競技人口は少ないものの、そういう世界があったりします。
かなりハードな動きをしていますので一見の価値ありです。
そういえばここ最近、女性で車イスバスケの選手が日本で初登録されましたね。
あの世界も車イスからの転倒上等でハードな世界ですが、パラリンピックに向けて
ガンバってほしいものです。