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おどるってなぁに?



 その日はとても寒かった。


 そりゃあ、12月も中頃だし、寒くもなる。みんな登下校の際は厚手の上着を着ている。僕もそうだ。


 六時間目の授業を終え、終わりの会をすまして、僕は職員玄関の前でみんなが下校する後姿を見ていた。色んな色や形のランドセルがわらわらと校門を出ていく。


 いつもは学童に顔をだすのだけれど、今日はいつもよりお母さんのおむかえが早くなるので、僕は校門がよく見える職員玄関で待つことにした。


 けど、失敗だった。なんにせよ寒い。


 となりに座るさくらは平気そうな顔だ。そりゃそうだ、体には真っ白でフワフワの毛布を着ているようなもんだし、その上に犬用のシャツまで着ているんだ。


 だけど僕は寒い。職員玄関から中に入って、学童の教室に行こうか?

 そう思ったけど、学童のみんなは先生もそろって図書室へ行くのを思い出した。


 参ってしまった。僕も図書室に行けばいいのだけれど、図書室は二階だ。


 階段を上るには特別な電動の車いすが必要で、僕一人では操作ができない。

 職員室にいる先生に相談しようか?いやっ、迷惑はかけたくないな。


 そう思い、僕は車イスをこいで職員玄関から外へ出る。少し体を動かせば体が温かくなるかなと思ったからだ。


 だけどもそれも失敗だった。さくらと一緒に運動場の手前まで来たのはいいのだけど、そこでパラパラと雨が降ってきたんだ。


 僕はあわてて屋根のある場所を探した。すると近くに体育館に併設する多目的ホールを見つけた。

 僕とさくらは急いで雨宿りのできる多目的ホールを目指した。

 幸い、雨は本降りになる前に多目的ホールへとたどり着くことができた。

 自分についた雨水を地面にはらい、次にさくらへコマンドをだす。


「さくら、シェイク」


 するとさくらは大きな体をさらに大きくなるくらいに体毛をブンブンと左右にふりまわして雨水を飛ばす。僕にいくらかかかったけど、ランドセルからタオルを出してそれでふく。そしてさくらもふいてあげる。


 そして、一息ついたところで周りを見渡す。そこは靴箱が並んだ玄関であり、その先の両開きのガラス製ドアからは光がもれていた。

 そして、なにやら聞き覚えはあるんだろうけど、どこで聞いたかは分からない、でもどこか楽し気な音楽が耳を通り抜けた。


 その音楽に混じって、キュッキュッと足音が聞こえてくる。


 前みたいに誰かが踊ってるのかな?


 僕はこっそりとガラス越しに中の様子をうかがった。

 中では、ろうにゃくなん、なんだっけ?とにかく色んな人が、踊っていた。

 男女二人で一組となって手を組み、楽しそうにクルクルと回って踊っていた。

 服装はみんな動きやすいジャージとかだったけど、なんだかとてもはなやかに見えた。


 ダンスかぁ・・・


 僕は車イスのフットに乗った両足をみる。

 少しは立てるし、歩くには歩けるけど、ダンスなんて夢のまた夢のような話だ。

 でも、ちょっとは足も動くようになってきたから、いつか僕にだってできるようになるのかな?・・・なんて。


「ねえ、ボク、ダンスに興味あるの?」


「へぇっ?」


 不意に後ろから声をかけられ、僕は後ろを振り返る。


 そこにはとてもキレイで背の高い女の人が立っていた。30才くらいかな?お母さんより少し若いくらいだろうと思うけど、テレビで見る女優さんのようだった。


 黒い髪を後ろに束ねて跳ねさせ、とても活発そうな印象だった。


 僕は突然に声をかけられたことと、こっそりのぞいていたことがバレたこと、そして、こんなキレイな女の人を目の前にしたことが重なって声を出せずにいた。


 僕が戸惑っていることに気付いたのか、その女の人は手の平を口に当てる。


「あら、ごめんなさいね。ビックリさせた?」


「えっ、ああ、うん、少し」


「で、どうするの、見てく?ダンス、見てるだけでも面白いと思うし」

「あの、おむかえを待ってて・・・」

「そう?でもまだ来ないんでしょ?時間あるなら少しでも見ていけばいいのに」

「えと・・・どうしようかな」


 正直なところ、近くで見てみたいけど、車イスだし、さくらもいるし、場違いな気がして心が決まらない。


「あっ、そうそう、この子は残念ながらホールには入れないかな。マテはできるよね?」


 女の人はさくらを指して言う。


「うん、マテはできるよ、介助犬だもん」

「知ってる。有名だもんね、この子、さくらっていうんでしょ?」

「う、うん・・・」

「それじゃあ、さくらちゃんはここで待っていてね。じゃあ行こっか」


 そう言って、その女の人は僕の後ろに回り、車いすの介助用レバーを持つ。


 って、あれ?僕は行くなんて一言でも言った?


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 それに、車イスで多目的ホールに入るのは難しいんだ、ここはバリアフリーではないから段差があって、そのままだと入れない。


「つかまっててよ!」


 えっ?と聞く前に、車イスの前輪が浮く。そして段差に前輪を乗り上げて、その後に後輪を上げ、段差を登りきった。とても手慣れた操作だった。


 そして僕はホールの中へ入った。そこには光の中でキラキラと汗を流す男女の姿があった。


「どう?楽しそうでしょ。あっ、そうそう。自己紹介がまだだったね。私はアヤ、ここのダンスの先生をしてるの。と言っても臨時だけどね」


 アヤさんが、キレイな顔のほっぺに少しシワを作ってニッコリと笑った。



 アヤさんが背筋をピンとさせて軽やかに歩いて、みんなのダンスに指導をしていく。その姿もとてもキレイだった。

 ダンスも見ていて楽しいけど、アヤさんを見ているのもなんだか楽しかった。

 なんて、僕はホールのすみっこでそんなことを考えていると、


「ちょっと、あんたちゃんとダンス見てるの?」


 横から女の子が声をかけてきた。僕はあわてて返答する。


「う、うんっ、もちろんだよ!そのダンスもいいけど、ダンスの先生がどういう風に教えるのかを見るのも、とても新鮮で、勉強になって」


「なにあわててんのよ、そこまで聞いていないわよ」


 その子は目を細めて僕を見下ろす。その子は背がとても高かった。

 その子は同学年だ。同じクラスになったことは一度もないけれど、背が女子の中で一番高いから名前はしっていた。確か島村さんだ。


「まあ、いいわ。はぁ、車イスじゃパートナーになれないしね。ゆっくり見ていけば?私もキレイな先生を見てダンスをはじめたから。見ててあきないしね」


 そう言って、島村さんは少しバランスを崩して整えたショートカットの髪を手ぐしで後ろへなでる。それからホールの中央、アヤさんのもとへと駆けて行った。


 島村さんはアヤさんの手をつなぎ、一緒に踊るように催促をしていた。


 そして二人は、音楽とアヤさんの合図に合わせてダンスを踊っていた。だけど、僕が今まで見てきた踊りとはなんだか違った。


 その・・・とても迫力があった。


 フォークダンスというのは、運動会でやったことがある。といっても、僕は車イスに乗って先生の誘導ありで女子と手をつなぐという簡単なものだった。


 ダンスっていうのは、とりあえず男女で手をつないで音楽に合わせてクルクル回る。そんな簡単なものだという印象だった。


 でも、アヤさんと島村さんが踊るダンスは、指先まで細かく動かして、どこも無駄がなくて、それでいて力強くて・・・キレイだった。


「ワン、トゥー、スリー、ワン、トゥー、スリー」


 ゆるやかに腰を落として、流れるように足をそろえて進み、ピタッと止まる。


 そして時おりキレイに円を描いて回りだす。これが舞うということなのだろう。


 二人はあれだけの近距離で動いてるのに、なんでどっちもつまずいたり、足をふんだり、こけたりしないのだろう?僕なんてよくさくらの足をふむのに・・・


 中でも驚いたのが、周りにも踊っている人がいるのに、それをよけて踊り続けている点だ。後ろに目でもあるかのように、それも二人で回りながらよけていく。


 二人の踊りは、他の誰よりも完成されたものだと、素人の僕にでも分かった。


 音楽が止まり、二人の踊りはそこで終わりとなる


 パチパチパチッ!


 割れんばかりの拍手がホールを包んだ。


 いつしかアヤさんと島村さんの二人以外に踊っている人は誰もいなく、みなジャマにならないようにホールのすみっこで見学していた。


 そんなみんなが、いっせいに拍手をした。もちろん僕もした。


 二人はジャージ姿だったけど、見えないスカートの襟をつまんでお辞儀をした。


 その姿が、とてもキレイで、まるで映画のワンシーンのようだった。


「どうだった?」


 アヤさんが光る汗を散らしながら小走りに僕の所へ近付いてきて、聞いてくる。


「その、とてもすごかったです!」

「どうすごいのよ?」


 アヤさんの後ろにいた島村さんが聞く。

 でも、どうすごかったかなんて、ダンスなんかよく知らない僕には上手く説明できない。なので、思ったことを直接口にする。


「なんだか、その、キレイでした。二人とも、すっごく、キラキラしてて、映画にでてくる女優さんのようでした」

「ふふっ、そう、ありがとう。嬉しいな」

「なにその感想、低学年の読書感想文みたい」


 島村さんはプイッと後ろを向いて、水の入ったボトルを取りに行った。


「んふっ、気にしないでね。あの子あれでも照れてるのよ」

「は、はぁ・・・」

「ねぇ、それよりもさっ、ヒロ君も踊ってみない?」

 アヤさんが胸の前で手を合わせ聞いてくる。というかその突拍子もない質問に僕は思わず目を丸くする。


「えっ?いや、僕、車イスだし」

「うん、知ってる。じゃあ、車いすダンスってあるの知ってる?」

「う、ううん。知らない」

「文字通り車イスを使ったダンスなんだけどね。これなら足の負担もほとんどなくダンスができるの。以前、私が出演したフェスでね、車イスで行うダンスを見て、これすごく良いなって思ったの。で、どう?」


 どう?と聞かれても・・・僕はうつむいてしまう。


 この前、サッカーのことでヤスちゃんに注意されたところだ。遊ぶのはいいけど、今はまだ、あまり無茶な遊びはひかえるようにと・・・それにこれは僕が勝手に決めていいことなのだろうか?


 僕が返答に困っていると、後ろから声がかかる。


「ヒロっ、こんなところにいたのっ?探したじゃない」


 その声の正体はお母さんだった。


「あっ、すみませんね、おジャマします。もうヒロっ、学童で待っててって言ったのにドコにもいないし、みんなの迷惑になるでしょっ」


「いえっ、ダンスの見学にお誘いしたのは私なので、こちらのせいです。すみません。こちらがご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、そんな、この子が勝手に場所を離れたせいで、誰かに言ったらいいものを・・・」


 いやいや、そもそもお母さんのむかえに来るのが遅いからなのに、それにダンスの見学に誘われたというか、強引に連れてかれたんだけど、なんて僕は思ったけど、これが大人同士の会話なんだなって黙っておくことにした。腑に落ちないけどね。


「それより、ヒロはダンスの見学をしていたんですか?」

「そうなんですよっ、お母さま、私、ここのダンスの先生をさせてもらってる加藤アヤと言いますけど、実は車イスダンスというものを最近知りまして」

「それは車イスでできるダンスなのですか?それをヒロが?」

「ええっ、ぜひどうかなと思ったのです。足に負担もないですし、少し体験してみませんか?振り付けも簡単で覚えやすいですし」

「えぇと、そうねぇ、足に特に影響ないなら・・・どう?ヒロ、やってみる?」


 なんだか、断りづらい空気だ。それにみんなの前で踊るというか、見られるのは好きじゃないんだ。あまり見られることに良い思い出がない・・・


 でも、さっきのアヤさんと島村さんのダンスはとてもキレイだった。あんな風に踊れたら、感動を与えられるとしたら、僕は・・・


「・・・少しだけ、やってみようかな?」

「そうくると思ってたわっ、決まりねッ!」


 パンッ、とアヤさんが手を打ち鳴らす。そして僕の車イスのブレーキを外し、介助用のハンドルを握り、僕とホールの真ん中へやってくる。


「ああ、みんなは各々自主練ね、あまり見られてると緊張すると思うから、適当に動いていて。エリ、音楽流しといて」


「ずいぶんと、車イスの扱いが上手なんですね?」


 お母さんが聞く。


「ええ、こういう子の扱いは慣れているんです」


 そう言って、アヤさんが僕の両手を取る。


「さあ、踊りましょう。大丈夫、最初は手を取ってるだけでイイから、ただ落ちないようにしっかりと座っていてね」


 そして僕の手は引っ張られる。ブレーキの効いていない車イスのタイヤは、摩擦の少ないフローリングをスムーズに走り出す。


 そして視界が、風景がクルクルと回りだす。遊園地で乗ったティーカップのようだった。


 僕はただ、手に引っ張られているだけだ。何もせず、運動会でやった、先生の操作で動かされていた車イス上でのフォークダンスのように・・・


 音楽が止まり、アヤさんの手と足が止まる。その姿はとてもキレイだった。そして隣にいる僕は、みんなの目にはどう映っているのだろう。ただなにもしない車に乗せられた人形のようだろうか?


 そして、ホール内に大きな拍手が起こる。お母さんが嬉しそうに僕を呼ぶ。


「ヒロっ、すごいじゃない!かっこよかったわ!」


 はぁっ?ただただ、僕は『はぁっ?』と思った。何がすごいのか、全然分からなかった。アヤさんが?それなら分かる。僕が?そんなわけがない。


 僕はホールの中央にいるのが嫌になって、車イスをこいでスミへと移動する。


「キレイに踊ってるように見えたわ。まっ、そう見せたアヤさんがすごいのだけど」


 気付いたら隣にいた島村さんが、僕だけに小声で言った。わざわざ言われなくても、そんな事は分かっている。僕はうつむく。


「どうだった?踊ってみて」


 アヤさんが近付いて聞いてくる。


「・・・その、よかったと思います」

「あらそう?でも顔は不満そうね。知ってるわ、もっと私とエミみたいに全身を使って踊ってみたかったのでしょう?そんなの初日でできるわけないじゃない、生意気な子ね」


 アヤさんはクスクスと笑って僕のオデコをつつく。


「もちろん、ヒロ君がその気なら、いつかはソロ、一人で踊る場面だってあるわよ、でもそれは少し先の話ね。私だって、社交ダンスの基本を体になじませるのに一年かかったのに」


「僕が、一人で、車イスで?」


 そんな姿、想像がつかないし、そもそも車イスで踊れるのだろうか?


「あら、私を疑ってるのね?こう見えてダンス界じゃ有名なのに、生意気ね、でもそんな子ほど、上手になるものよ。エリみたいにね」


「いちいち、ウチのこと出さなくていいからっ」


 島村さんが顔を赤くしてアヤさんをにらんだ。


「まっ、分からないのは無理もないわね。これ見てみてよ」


 そう言って、アヤさんがスマホを取り出し、僕に一つの動画を見せてきた。

 その動画は、車イスの人が、健常者、普通の人と手を繋ぎ、僕と同じようにクルクルと回されて踊っていた・・・


 って、えっ!?車イスの人が、健常者の人を肩車して、その場でとんでもない速さで回転しだした。


 その後も、車イスの人の肩を使い、健常者がその上で逆立ちをしたり、車イスの人が健常者の足を持ってバックの宙返りをさせたりと、アクロバティックな演技を披露していた。


「まあ、これは雑技団みたいなもんで、次の動画ね」


 別の動画だ。これは車イスの人が五人いた。五人みんなで五角形の頂点に位置する。そしていっせいに中心へとこぎだす。当然、そうすれば全員激突だ!


「危ないっ!」


 僕は思わず叫んだけど、その車イスの人たち五人は、わずかな隙間をくぐり、衝突することをギリギリで回避していた。

 そしてその後も、すさまじい車イスさばきで、円をつくって均等な間隔で回ったり、平行に、垂直に動いたりしていた。一糸乱れぬとはこういうことなんだろう、芸術のような美しさがそこにはあった。


「まっ、これも体育大の行進のマスゲームみたいなもんね。本命はこっち」


 そして次の動画だ。これは外国人の人が映っていた。これも車イスの人と、健常者の人のペアだ。

 そんなペアが4組もいた。いずれも男性はスーツ、女性はドレスを着ていた。

 一つのペアにカメラの焦点が合う。二十才くらいの健常者の男性が、同じくらいの車イスに乗る女性の手を取り、空いた手は大きく開いてクルクルと回っていた。

 そして、手が離れると、各々が独自に踊りだす。健常者の方は普通に踊っていた。車イスの女性は上半身を大きく動かし、ダンスを表現していた。

 それから、とても驚いた場面があった。

 それは、男性が女性の両手をとって、大きく円を描くようにステップを踏んでいる時だ。急に男性が進行方向を正反対に変えて、逆方向に歩き出す。


「えっ!?」


 このシーン、ただ男性が車イスの女性を引っ張って無理矢理に方向転換したかのように見える。けど、先に方向転換したのは一瞬だが車イスの方が先だった。

 車イスに乗る僕だから分かる。こんな方向転換、タイヤを握ってでも難しい、なのに女性の両手は男性の手を掴んでいる。その掴む手を利用したのだろうか?いやっ、手の力だけでない。腰だ、腰を車イス上でひねり、手と腰の相互によってキレイに、スムーズに進行方向を変えたんだ。


「気付いた?今のターン、スゴイでしょ?二人の息が揃わないとできない芸当よ」


 その後、ターンの間隔は短くなり、ものすごい速さで柔らかな三角を描くように踊り、舞台を舞っていた。


 踊りが終わり、その動画から音割れするほどの拍手があふれだした。


「どうだった?最後の、すごかったでしょう?あれ、かなり大変だと思うのよ。まっ、最初二つの動画はちょっとダンスとは次元が違うけれどね」


 そう言って、アヤさんはスマホをバッグにしまった。


「さて、どうする?ダンス、やってみない?できる、できないとかじゃなく、チャレンジね。これはきっと、あなたにとっての大きな経験になると思うわ」


 アヤさんは、すごくキレイで、まぶしくなるような笑顔で言う。


「やってみるっ!」


 僕は即答した。なんだか、今の動画を見て、心の奥が、やってみたいと、熱くなったんだ。


「そう来ると思っていたわ。それじゃあ、ヒロ君のお母様、月謝のお話しですけど」

「あら、月々、それくらいで?もっと高いものかと思ってたわ」


 アヤさんとお母さんが大人の話を始める。

 僕は周りを見渡す。みんな僕より年上の大人ばかりだ。みんなニコニコして僕を見ていた。

僕と年が同じくらいの人は・・・島村さんの一人だけだ。前にホールをのぞいた時はもう一人いたような気がしたんだけど・・・

 島村さんは興味無さげに帰り支度をしていた。時折、僕を見ていた気もする。

 そして、もう一つの視線に気づく。それはホールの玄関でずっと僕を待っていたさくらだった。

 さくらの表情は、いつもの間抜けな顔ではなかった。

 口を閉じて、みけんにシワを寄せて、じっとこっちを見ていた。


「さくらっ、もうちょっとしたら帰るからね」


 僕が声をかけると、さくらは舌をだして、間抜けな顔になった。



 それから、僕の日々の予定に、社交ダンス教室が加わった。

 社交ダンス教室は週に一度の金曜日の5時半からだ。その日は学童には行かない。

 教室では、アヤさん考案の車イスでできるストレッチから始まる。

 全部の時間で1時間半あるんだけど、だいたいこれで30分くらいかける。

 そして、みんなが基本のステップを練習する間に僕は動画を見たり、振り付けを覚えたりする。これも30分。

 休憩を5分。全体練習が15分。この全体練習は本番を想定しての練習なんで、僕は参加できない。見学だけ。

 でも残りの10分、この時間はアヤさんと二人で一緒に車イスでのダンスを教えてもらう。

 まだ初心者なので、難しいことはしないけど、動画で見た簡単な振り付け通りに車イスを動かすだけ。だけといっても、アヤさんと手をつないでだった。

 みんなの前に出るのは恥ずかしくてドキドキしたけど、それよりもアヤさんと手をつなぐことの方がドキドキした。こんな美人な人と手をつなぐのは二度目だけど、それでも僕はとってもドキドキした。



 帰ったらいつもの日課。じっちゃんかお母さんとのどちらかとさくらの散歩に行く。それから宿題、そんで眠るのだけど、眠る前に、ダンスの復習をする。


 今覚えようとしてる振り付けの動画を見たり、上半身を動かしたりする。

 これがいつもの日課に加わったことだ。少し一日が忙しくなった。

 このおかげで眠る時間が少し減ったけど、なんだかいつもより良く眠れている気がする。

 僕が本当に踊れるのかな?踊れたら、みんなどんな顔するかな?なんて考えただけでドキドキする。

 そんなドキドキが、最近とても増えた気がする。もちろん、良いドキドキだけじゃないけど・・・

それでも悪いドキドキよりも増して多くのドキドキがある気がする。


 恐い道も、勇気を出して進んだ先はきっと、素敵な場所が待っているんだ。


 僕はそう思った。


 その恐い道を一緒に進んでくれて、素敵な場所へ連れて行ってくれるのが、さくらなんだ。僕はそう思った。


※はい、いよいよ女の子が出てきましたね。

 第二のヒロイン(?)島村エリちゃんです。

 ここから少し物語の展開が変わります。

 ただ恋愛要素は・・・ちょっぴりあります(笑)

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