すてっぷあっぷ?
そんな日々が過ぎていき、12月に入った頃のことだ。
いつものように日曜日のリハビリ教室でさくらとリハビリをしていた時だった。
車イスに座っての休憩中、リハビリの先生のヤスちゃんが髙野さんを連れてきた。
「どうだい?リハビリの調子は?」
髙野さんが手をふって近付いてくる。
「うん、まあボチボチかな?歩ける時間も増えていったし」
「たまにこけることもありますけどね、まだまださくらの支えは必要ですよ」
後ろで立っていたお母さんが苦笑いしながら言う。
「それはそれは、でも骨や筋肉の調子も、歩行も好調と聞きますし。さて、川島さん、ヒロ君。これから少しステップアップをしてもらいたいと思います」
「ステップアップ?」
僕は首を傾げた。
「そう、次のリハビリに移るということだね。と言っても難しいことはいないよ。学校でもさくらとの歩行がOKになったということだね」
「さくらと、学校で歩くの?」
ヤスちゃんがうなずき、言葉をつなぐ。
「そう。お、少し不安そうな顔だな。大丈夫さ、ここと同じように歩けばいいんだ」
ヤスちゃんは簡単に言う。そうは言っても、ここのリハビリ教室と学校の教室とでは全然違うんだ。不安はいっぱいある。
「もちろん、ヒロ君とさくらだけで歩かせることはしないから、大丈夫だ。必ず支援の先生が隣にいる時だけに限るよ。当然、先生がいない時の歩行は禁止だぞ?」
「う、うん。それはそうだろうけど」
でもやっぱり不安は残るもので、僕はどうしようかと隣でお座りをするさくらを見る。するとやっぱり、舌を出して変な顔をするんだ。
僕はさくらの頭を強く手の平で押さえて、ぐぐっと頭を下げさせ、フセをさせた。
「そう、だね・・・ちょっとだけなら歩いてみようかな」
「決まりだなっ!」
ヤスちゃんが嬉しそうに指を鳴らして言う。
「さっそく明日から始めよう。学校の先生には予め話していたからね。すぐに通ると思うよ」
「なんだか、ヤス先生の方が嬉しそうですね?」
お母さんが苦笑いしながら言う。
「そりゃあ、やっぱり、自分のリハビリしている子が良くなって、前へと進んでいくのを感じると、嬉しく思えますよ。冥利に尽きるというやつです」
ヤスちゃんが頬に大きくシワを作って笑う。この先生はどこか子供みたいなところがあるんだ。
みんなが嬉しそうに、話を進めていく。あまり、これまでに見られなかった光景だった。みんな、僕の足が良くなっているのを嬉しく感じているんだろう。
それでも、僕には不安がいっぱいあった。今までの車イスでの生活が、今まで通りなら、これからの生活は今まで通りではなくなるんだ。
車イスではこけることがまずない。
僕は、これまで生きてきて、覚えているだけでもこけた回数なんか、指で数えられるくらいにしかない。でも、歩きとなればこけることはいっぱいあるんだろう。普通の人でもこけるんだ、僕はたくさんこけると思う。とても、それが不安でならない。
それでも・・・
僕は、僕の座る車イスの横でフセをしているさくらを見る。
するとすぐに気付いてさくらはこちらを見るんだ。
そして、必ず、閉じていた口を開いて、舌を出して、間抜けな顔をする。
きっとさくらは、僕がこけても必ず支えてくれるはずだ。
今までそうだった。だからきっと、これからも。
さくらはずっとずっと、一緒に僕のとなりで、歩いて、僕を支えてくれるんだ。
だから、僕はさくらに向かって小さくうなずくことができた。
※この作品にヒロインって出てこないの?
と思われるかもですが、ヒロインはさくらですよ(笑)
というかヒロの周り、大人ばかりですね。
男の子も女の子も出てきますので、もう少しお待ちください(笑)