荒廃したこの大地で、僕は天使を見つけた
2050年 5月 21日
世界の命日と言われる日。
突如世界各地の軍事施設がサイバーテロに遭い、数千、数万発のミサイルが打ち放たれた。
世界中が火の海に包まれ、そのミサイル攻撃で地球人口は三分の二までに減った。しかし本当の恐怖はそこからだった。世界中が疑心暗鬼に包まれ、世界大戦が勃発。誰が味方で誰が敵なのかも分からないまま、昼夜問わず、各地で激しい爆音と銃声が鳴り響いた。
僕が生まれたのは世界大戦勃発後。両親の顔は知らない。僕を育てたのは、その頃レジスタンスのような活動をしていた人達だった。
この荒れ果てた世界の歴史、生き方を教えてくれた。僕にとっての家族……だったと思う。でもその家族も、ある日突然、無くなってしまった。
十歳になった頃、拠点としていた野営地にAIが攻めてきたのだ。攻めてきたAIは皆、ウィルスに侵されマネキンのような者達ばかり。僕の家族の中には勿論AIも居たが、奴等はまるで違う。表情など無く、ただ人間を襲い、殺していくだけの機械。僕の家族は皆、そのAI達に殺されてしまったのだ。
一人で逃げるか、観念して大人しく死ぬか。選択の余地は無かった。僕は死ぬのは嫌だ。まだやりたい事が残っている。そう、何か……何かしなければならない。それが何かなのか分からないが、絶対……絶対にやらなくてはいけない事がある筈なのだから。
※
《四年後》
家族を失ってから四年経った……と思う。正確な月日など分からない。何処かにカレンダーが親切に貼ってあるわけでも無い。ただ寒い冬を四回、越えたというだけ。
今日という日を生きる。それが僕に出来る精一杯の抗い方だ。ただ一人だけで、この世界を生き抜かなくてはならない。家族を失ってからというもの、似たような集団に誘われた事はあった。でもそれは断った。もう失うのは嫌だ。もう……親しい人が目の前で殺されるのを見るのは……耐え難い。
そしてまた今日という日が始まる。朝日が昇り、大地を照らしていく。
目の前に広がる大地はひたすら瓦礫の山。大戦勃発から十年以上経っているというのに、未だ戦争は続いている。復興など進むはずもなく、瓦礫の山と化した街があったであろう土地は、植物に浸食され見るも無残な姿……なのだろう。
僕が生まれた時、既に世界はこの姿だった。だから別に違和感はない。僕を育ててくれた人達は一様に、昔は輝かしい、星空のような光に包まれた街が存在していたと口々に言っていたが。
僕の荷物は背嚢とバールのみ。背嚢の中には大した物は入っていない。旅の途中で拾ったガラクタが詰まっている。いつか使うかもしれない、もしくは物々交換出来るかもしれないと未練たらしく持っているが、そろそろ捨てようか。いい加減、これを背負って体力を消耗してしまうなど本末転倒だ。
しかし一つだけは持って行こう。僕の特技が生かせる唯一のガラクタ。それは壊れた無線機。バールも絶対必要だ。宝箱を開けるのにこれが無ければ話にならない。
植物に浸食された街を歩く。今日はいい天気だ。太陽が雲に隠れてさほど暑くないし、かといって寒いわけでも無い。多少湿っぽい風が体を撫でる。なんだかこの風は何処か不安にさせてくる。そういえば、僕を育ててくれた人が言っていた。風は平等に、良い物も悪い物も運んでくる。だから風が吹いたら、とりあえず何処かに隠れろと。
僕はその言いつけ通り、瓦礫の山……僕の体をすっぽり隠せるような場所へと潜り込んだ。あぁ、なんだか居心地がいい。今日はずっとここに居ようかな……。
そんな事を考えていた時、耳に複数の足音が届いた。砂利を踏みしめる音。それと同時にリズム良く金属同士が当たる音も聞こえてくる。
「隊長さんよぉ……いつになったら飯にありつけるんですかねぇ」
「黙って歩け。嫌なら一人で野垂れ死んでろ」
「そうだぞ。お前、ちょくちょくイラっとくるからこの辺で死んどけよ」
「ヒデェ……ちょっと愚痴りたかっただけだって……」
三人……だろうか。
僕が隠れている瓦礫を通り過ぎ、後ろ姿を確認する。なんだか仰々しい恰好……もしかしてあれは軍人だろうか。でもなんでこんな所を軍人が三人で歩いているんだろう。あのリズム良く鳴っていた金属音は武器か。男二人はライフルを持っている。銃の名前までは分からないが、AKみたいな突撃銃だ。確かアサルトライフル……って教えてもらった事はある。中央を歩く女性は男のように武器は持っていない。その代わり、何やら荷物を多く持たされているようだ。戦うのは男に任せて、女は荷物持ちという事か。
(軍人……たしか、おじさんが、軍人には関わるなって……)
この世界で生き方を教えてくれた育ての親が、そんなような事を言っていた……ような気がする。ちなみに銃の扱いなども教えてくれた。まあ、現物が無いと意味は無いが。
そのまま三人が見えなくなるまで瓦礫の中で過ごす。先程ここで今日一日過ごそうかとも思ったが、いい加減……お腹が空いた。この数日間、僕は何も食べてない。水ならその辺りを流れているのを飲んでいるが、そもそもあの水も大量に飲むなと教えられている。街を流れている水には何が入っているか分からないらしい。ならば森や山で過ごせばいいではないか、という僕に対して、育ての親はこう返してきた。森には悪魔が住んでいる。だから絶対に一人では入るな、と。
森に住む悪魔が何かは知らないが、僕にとって育ての親であるおじさんの教えは絶対だ。今も、風が吹いたらとりあえず隠れろという教えにしたがって、軍人に見つかるのを避けたのだから。まあ、見つかった所で身ぐるみ剥がされたとしても、大した物は持ってないのだが。
瓦礫から出て、僕は食料にありつく為、壊れた無線機のスイッチを入れる。何故に無線機なのか。それは僕の唯一の特技が関係している。
耳に無線機を当てると、ひたすら砂嵐のようなノイズ。でもその中に、蜘蛛の糸のような……細い、非常に聞こえにくい全く別のノイズが混じっている。
「あっちかな……東か」
太陽が昇った方角、そっちから例のノイズは発生している。何故にそんな事が分かるのか、と聞かれても理屈は説明できない。ただ僕は、この誰にも聞こえないようなノイズを聞き取り、尚且つそれが何処から発生しているのかがなんとなく分かるのだ。これが僕の唯一の特技。
ノイズが発生しているであろう場所へと向かう。そこはビルと呼ばれる巨大な廃墟。昔はこの中に何百人という人が入り、労働に励んでいたらしい。今では想像も出来ない。この中で野菜でも作っていたのだろうか。
その廃墟の中へと入り、再び無線機に耳を当てる。さてさて、ノイズは何処から……むむ、かなり近いようだ。流石僕。
さて、何故僕がノイズを聞き、それを追っているのか。それは勿論食事にありつく為だ。かなり運の要素が強いが、僕が聞き取ったこのノイズは生きている機械が発生させている物。生きている機械と聞くと、僕の家族を奪ったAI達を連想してしまうが、中には宝箱と呼ばれる機械もある。それは水や食料が詰まっている夢の箱だ。そんな物があるのか、と思われるだろうが、あるんだから仕方ない。
ノイズを頼りに廃墟の中を探索。するとかなり近い事が分かった。幸い……なのかどうか分からないが、この廃墟はかなり植物に浸食されてボロボロだ。天井も崩れていて、光が廃墟の中を探索しやすくしてくれている。
僕はバールを構え、ここだと思った位置の瓦礫をどけていく。これも手慣れた物だ。自分よりも大きな瓦礫も、コツさえつかめばかなり簡単にどかすことが……
「って、うわぁぁ!」
危なかった。自分よりも大きな瓦礫が僕の方に倒れてきた。やばい、手慣れたとか言っておきながら、なんて恰好の悪い……。いや、まあ、どける事が出来たのだから結果オーライだ。
そのまま宝箱の捜索を続ける僕。すると、瓦礫の中に微かに金属の箱の一部が見えた。
「これか?!」
心の中で頼む、頼むと思いながら瓦礫をどけていく。すると、僕の予想通り……そこには宝箱が横たわっていた。
僕は自分自身を褒め称えながら、空腹のお腹を鳴らしつつ再びバールを構える。宝箱には鍵が付いていた。そのカギをバールに引っ掻け、テコの原理でぶち壊す。
すると宝箱からけたたましい音が。
「うわっ! 元気のいい奴め……! 静かに!」
そのまま音が鳴ってるであろう部位をバールで突き刺して破壊。ちなみにこれも育ての親に教えてもらった。どこをどうすれば何が起きるのか。しかしこの宝箱、何もそこら中にあるわけでは無い。かなり貴重なため、僕が解体を教えてもらったのは、これまで十回も無い。確か……自動販売機と誰かが呼んでいたような気がする。
そのまま箱の中、更に金属で覆われた部分を剥がしていくと、中から大量の虫が。
「げげっ、ちょ、ちょっと! 虫に全部食われてないよね?!」
虫を追い払い、中身を物色……すると透明の容器の中に、更に透明な液体が入った物が……。
「あった……水……!」
いや、それだけじゃない。色とりどりの水が入った容器が何個も出てくる。それに食べ物らしき物まで。これはパンだ。甘いお菓子みたいな、フワフワの食べ物。袋がペシャンコになってる物なら、長期保存できるようにされている為、腐ってる心配はない。まさにこの箱は宝箱だ。飲み物もパンも大量に入っている。
「よしよし、これだけあれば当分は……」
「こっちからだ! こっちから自販機の警報が聞こえたぞ!」
その時、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。誰か来た? 不味い、見つかったら殺される。この水や食料を独り占めする為に、僕はたぶん殺される。
そのまま出来るだけパンと水を抱えて瓦礫の陰へと隠れる。すると三人の軍服を着た奴らが……って、あいつらさっきの……。
「うほほほ! やったぜ隊長! ほらな、俺の言った通り戻ってきて良かっただろ?」
「待て、開けた奴はどこだ」
隊長らしき男の一言で、なんかウザそうな男は一気に緊張感漂う軍人に。目付きが先程とはまるで違う。見つかったら即、引き金を引かれそうな勢いだ。
「隊長、これは?」
一人だけの女が、僕のバールを拾い上げた。しまった、頼むから……それだけは持って行かないでくれ。それを持っていかれたら僕はもう何も出来ない。
「……随分使い込んであるな。この手形……子供か?」
子供とは失礼な。僕はこれでも十四歳になる筈だ、たぶん。確かに周りに比べて身長低いし顔も幼いと言われるが、頭は一番良かったんだ。断じて子供なんて言わせない。
隊長と呼ばれた人物は、辺りを見回し僕が隠れる瓦礫へと目を向けてくる。咄嗟に口を塞ぎ隠れる事に全てを賭ける。不味い、バレたかもしれない。
「……おい、食料と水を半分回収しろ。もう半分は置いていけ」
「はぁ? ちょ、隊長さんよぉ、何言い出すんだよ。水も食料も貴重品だぜ」
「だからだ」
そのまま隊長と呼ばれた男が、僕の隠れる瓦礫の方へと歩いてくる。
不味い、不味い不味い不味い。見つかる、見つかったら殺される。しかしその男は僕の隠れる瓦礫の前で立ち止まると
「悪いが半分だけ貰っていく。助力を感謝する」
そう呟きながら、ちょうど僕が隠れている辺りに何か落としてきた。
なんだこれ……勲章? いや、階級を示すバッジみたいな……
「行くぞ」
男はそのまま残り二人を引き連れて去っていく。助かったのか? いや、油断した所をズドン……では無さそうだ。本当に軍人三人は何処かに行ってしまった。
「っていうか……こんな物貰っても仕方ないんだけど……」
男が落としてきた金属製のバッジ……徽章だろうか。
しかしまあ……折角貰ったんだ。胸にでも付けておこう。少し恰好よく見えるかもしれないし。
その日、僕は久しぶりの食事を楽しんだ。お腹一杯になったところで、一人で食べるのは寂しい……と、少しだけ思ってしまった。
※
宝箱を開けて久しぶりにお腹一杯になった翌朝、僕は残りの食料と水を背嚢へと詰め込む。ようやく身になる物を背負った気分だ。これまでは意味のないガラクタばかりだった。その上重い。だが今は確実に役に立つし軽い。なんという充実感。やはり宝箱を見つけて開けていく事が生きる秘訣だ。
胸に光る軍人からもらった徽章を触る。なんだか触り心地がツルツルする。余程いい金属を使っているのかもしれない。これとなら、もっといい食料と交換してもらえるだろう。
「それまで一応とっとこう……」
そのまま廃墟から出て、壊れた無線機を出す。また宝箱を見つけるためだ。しかし昨日の軍人達は、あの宝箱から出る警報器で駆けつけてきたみたいだった。今度からはあの音が鳴る所を先に……いや、あれは最初の鍵をこじ開けた先にある物だ。どうしても鳴ってしまう。
「まあ、すぐに壊せば……って……」
無線機のスイッチを入れて耳にあてるが、奇妙な事に……僕が聞き取るべきノイズが何本も聞こえる。昨日はこんなに聞こえてなかった筈だ。というかこんな状態では宝箱など見つかる筈がない。昨日からの一日で、ここら一体に生きている機械が増えたというのか……?
「まさか……」
いや、間違いなく増えたんだろう。それは即ち……AI。奴等が集まってきているんだ。ノイズからして、もうこの瓦礫の街は囲まれている。不味い。それは不味い。見つかったら間違いなく殺される。
無事に逃げる為には、AIを避けて通るしかない。奴等は人間を見つけたら高速で走ってくる。まさに悪魔のような存在。見つかれば即アウトだ。
見つからずにこの廃墟の街を抜けるには、ノイズを聞き分けるしかない。奴等が居る場所をノイズで特定して……と、その時銃声が。
「え?! まさか……」
昨日の軍人か? もしかして戦ってる? これは……チャンスだ。あの銃声でAI達はそちらに集まるだろう。そのスキに逃げるしかない。無線機からも異常なノイズが聞こえてくる。AIが銃声の方に向かって走っているんだ。不味い、ここも通るかもしれない。とりあえずビルに戻って隠れよう。
再び廃墟へと戻り、瓦礫の陰へと隠れる。もはや瓦礫は僕にとって家であり盾であり……押しつぶそうとしてくるライバル的存在。なんて頼もしいんだ。瓦礫。
「…………」
そっと顔を半分覗かせて外の様子を伺う。すると廃墟の前を、数体のAIが通り過ぎて行った。かなり怖い。真っ白なボディ、そして無表情の人形が高速で走っているのだ。あれに追いかけられるなんて悪夢以外の何ものでもない。
銃声がより一層激しくなる。あれが鳴りやむ前にここを離れなければ。鳴りやんだ時、それは軍人が殺されたかAIが全滅したかだ。どちらかといえば軍人が殺された方の可能性が高いだろう。そうなればAIはまた意味もなく彷徨う事になる。そうなると面倒くさい。
逃げるなら今だ。
僕は様子を伺いながら廃墟を出て、そのまま銃声とは逆方向へと走る。時折瓦礫へと隠れて、進行方向を観察しつつ、安全だと判断すれば再び走りだす。しかし……なんだろう、この罪悪感……。
あの軍人は決して悪人ではない……ような気がする。あのウザそうな男はともかく、隊長らしき男は僕に食料を残しておいてくれた。あとこのバッジ。もしかしたらかなり高価な物かもしれない。僕はこれと食料を交換する気満々だが、いざ交換したとして、僕は美味しくその飯を食べれるだろうか。
「いやいやいやいや、何言ってんだ……」
そうだ、バカげてる。僕が軍人の元に行った所で何になる。助けれるわけがない。それどころか、足手まとい……いやいや、僕を視認した直後に銃で撃ってくるかもしれない。
決して……僕が行った所で彼らの運命は変わらない。ノイズの量から察するに、AIの数は数十体……下手をすればそれ以上。そんなのに一体どうやって……。
銃声が明らかに少なくなった。先程まで絶え間なく鳴っていたのに、今では一定のリズムでしか聞こえない。誰かが殺されたんだ。それがあの隊長か、ウザそうな男か、どちらかは分からないが。
「僕には関係ない……おじさんの言葉を思いだせ……危険だと思ったら絶対に逃げろ……そうだ、逃げろ……」
自分に言い聞かせる。でも足が動いてくれない。何でだ。逃げるしかない筈なのに。
銃声が鳴りやむ。その瞬間、僕は駆けていた。銃声が鳴っていた方へ向けて。何をしているんだ。行っても無駄だ。何も出来る筈がない。どうせもう手遅れだ。
しかしそちらに向かおうとしたら、いきなり足が動いてくれた。僕はバカだ。自分から死にに行っていてる。そんなに死にたいのか。何で……何で……何で……
※
銃声が鳴り響いていたであろう場所。そこには見るも無残な軍人の姿。もはや人の形すらしていない肉塊が二つ。あと一つは何処だ。別のところで殺されたのか?
そういえばAIの姿も見えない。もしかしてあと一人は逃げて、AI達はそれを追いかけていったのだろうか。どちらにせよ……自分に出来る事は何もない、という事を再確認しに来ただけだ。一体何してるんだ、僕は……。
その時、再び銃声が。かなり近い。僕は瓦礫の山に隠れながら、銃声がした方へと目を向ける。すると廃墟の中へと、AI達が次々となだれ込んでいるのが見て取れた。あの数は絶対に無理だ。絶対に……殺される。
「逃げるしかない……」
と、その時、電源を入れっぱなしにしてあった無線機からノイズが聞こえてきた。しかしいつもと何かが違う。なんだ、このノイズは。まるで音楽のようだ。
レジスタンスの野営地に居た時、おじさんが教えてくれた音楽。食器や自分の声を楽器にして、様々な音を奏でる事を教えてくれた。今、この無線機からは……そんな様な物が聞こえる。
「なんだこれ……不気味だな……」
こんなノイズを発生させる機械が……どこかにあるのか? 位置は分からない。大体の方角は分かるが……。
と、その時……廃墟からAI達が次々と出てきた。まさか……残り一人生き残った奴も殺されてしまったのだろうか。やっぱり無駄だった。僕が来たところで、何ができるわけでも……
昨日の軍人の顔が思いだされる。隊長と呼ばれていた男は、どこか僕の兄貴分に似ていた。顔は全く似ていないが、要は雰囲気だ。厳しそうだけど、何処かスジは通っていて……
「……AI達撤退したかな……」
懐かしい、自分の兄貴分だった人を思い出しつつ、再び廃墟の方角を確認。
が……その時、目の前に無表情な人形の顔が見えた。
『……0012002001112212002021021020021111』
「ゲッ……や、やばい……やばい!」
意味不明な数字の羅列を発するAI。そのまま僕の方へと走ってくる。不味い、不味い、見つかった! 殺される!
勢いよく駆けてくるAI。かなりの大股で、手を勢いよく振りながら迫ってくる。
やばい、怖い、怖すぎる。僕の足では確実に追いつかれてしまう!
だが逃げるしかない、逃げきれないと分かっていても、逃げるしかない!
まだ一体しか僕の存在に気付いていない、どこかに隠れてやり過ごして……
『0012000012002202002』
瓦礫の陰に隠れようとした時、一際大きな声……というより、もはやノイズに近い数字を発するAI。しかも僕の鼓膜を破ろうとしているのか、かなりボリュームが大きい。そして……
『00221211211110』
『0021201200121102』
『00002012101202021』
いたるところから聞こえてくる同じような声。不味い、まさか……仲間に呼びかけてるんじゃ……。
見つかる、確実に見つかって殺される。
軽くパニック状態に陥りつつ、僕は必死に逃げ出す。自分がパニック状態に陥っている、と考えれるなら、まだ僕は冷静なのかもしれない。というか、こんな事を考えている暇があるなら逃げろ、死ぬ。殺される、殺されてしまう……!
「やだ……いやだ……死にたくない……死にたくない……まだやらなきゃいけない事が……」
やらなきゃいけない事、それが何なのかサッパリだが、とりあえず今は逃げるしかない。しかし謎の数字の羅列を発する声はまだ続いている。とても後ろを振り返る勇気は無い。もうすぐそこまで……奴らが来て……
その瞬間、肩にまるで熱した鉄を当てられたかのような感触。それと同時に、僕の目に飛び込んでくる赤色。
血だ。誰の血かは明白。これは……僕の血だ。
「あぁぁっ!」
叫びながら転がる。すると目の前には、手を真っ赤にしたAIの姿。
『00121202120』
死ぬ、死ぬ、殺される。
一歩一歩、僕へと近づいてくるAI。肩を押さえつつ、必死に背中で這うようにして逃げるが無駄なのは分かり切っている。
もう逃げられない。このまま僕も、人かどうかも分からない肉塊に変られて……終わるんだ。もう僕はここで……
その時、僕の無線機から一際大きなノイズが流れた。先程の音楽のようなノイズ。その瞬間、目の前のAIの動きが止まった。
「……え?」
まるで微動だにしない。一体……なんだ、何が起きたのだ。いや、考えているヒマはない。今は逃げるんだ。考えている暇があるなら足を動かせ、少しでもコイツらから離れるんだ。
『012020212002』
『00012101212』
その時、他のAI達の声が聞こえた。逃げろ、逃げろ、逃げろ、なんとしても逃げろ。僕はこんなところで……死にたくない!
※
息を切らしながら、血が流れる肩を押さえながら……僕は逃げ続ける。ひたすら瓦礫の山を越えて。AI達はまだ追ってきている。あの謎の数字の羅列はまだ聞こえてくる。
「しつこい……くそ……」
一体どこまで逃げればいいんだ。苦しい。だんだん息をするのも辛くなってくる。目の前が暗い。僕はもう死んでしまう……このまま……死んで……
「……なんだ、ここ……」
ひたすらに逃げてきた所、そこは今まで見てきた瓦礫の山とは少し違う。相変わらず瓦礫は目立つが、ビルとは違う……なんだか珍妙な建物が建造されている。
「ぁ、水……」
円形の池のような物が。僕はとりあえずと水を手で汲み、口の中へと。なんだか変な味がするが気にしない。大量に飲まなければ問題はない……筈。ちょっと虫とか浮いてるが。
「はぁ……はぁ……とりあえず……何処かに隠れて……」
『00012002002』
その声に心臓が破裂しそうになる。不味い、まだ来てる。まだ追ってきている。逃げないと、逃げないと、逃げないと!
少し今までの瓦礫の山とは雰囲気の違う所を、足を引きずりながら進む。AI達はまるで僕が逃げる様を見て楽しむかのように、ゆっくりと追ってきている。一体何なのだ。何がしたいんだ、あいつらは。
途中途中、妙な人形がその辺りに配置されているのに気が付いた。なんだ、あれは。AIでは無さそうだが、不気味なペイントをした人形が満面の笑みで立っている。ここは一体何なんだ、怖すぎる。
しかしもう逃げるのも疲れてきた。もう……逃げきれない、もうダメだ。もう……楽になりたい。
半ば諦めるように、せめて最後は暖かい所で過ごそうと建物の中へ。すると、無線機から再び例の音楽のようなノイズが鳴り響いた。これは……かなり近い。
「そうだ……死ぬ前に……確認だけ……」
今までいくつものノイズを聞き分けてきた。その意味の分からない才能を授けてくれた神様が居るのなら、きっとこのノイズは死ぬ前のご褒美かもしれない。きっとそうだ。死ぬ前に、きっと神様が粋な事をしてくれたに違いない。ならば見なければ。確認しなければ。このノイズが何なのか……どんな機械から発せられているのかを。
ノイズを頼りに進み続ける。するとどうやら地下があるらしい。無線機から流れてくるノイズも、そちらの方から聞こえてくる……ような気がする。
地下へと階段で下り、一枚の薄い扉を開けると……そこはこじんまりとした部屋。壁には紙媒体の本が詰まった棚が並び、可愛らしい……これはなんだっけ、ぬいぐるみ? みたいな物もあった。
そしてなにより、その部屋の中央には……一体のアンドロイドの姿が。
「……可愛い……」
白い肌、長い金髪、細い手足。見るからに女性型のロボット。椅子に座り、力なく首と手足を垂らしている。着ている物は……なんだろう、薄汚れたワンピースのような物だけだ。しかもかなりボロボロな。でもキレイだ。こんな綺麗なアンドロイド……初めて見た……
よく見ると、首の後ろから何やらケーブルのような物が繋がっていた。その先には黒い箱。なんだろう、コレ……。
『00120202021』
その時、轟音を立てながら天井を破壊し、僕の目の前に現れるAI達。
あぁ、終わった。ここで僕は殺される。まあ、でも……最後にこんな綺麗なアンドロイドみれたんだから……思い残す事は……
『……ケー……抜……』
無線機から流れてくるノイズも、なんだか人の発する言葉に聞こえてきた。
あぁ、これはあれだ。神様が……お疲れ様って……送ってきて……
『ケー……ル……抜……!』
はい、ありがとうございます、神様。
最後の最後に……目の保養になりました……。
一歩一歩、不気味な動きをしながら近づいてくるAI達。
もう、寝よう……そうしよう……
『ケーブル……抜け!』
……あん?
今、本当に……何か言葉が聞こえたような……
ケーブル? この子の首の後ろに繋がってる……コレ?
いや、なんで壊れた無線機がそんな事……
その瞬間、AIが椅子に座る彼女を突き飛ばした。
その拍子に、首の後ろに繋がるケーブルが火花を散らしながら切断される。
『002021202210』
あぁ、もう……分かった、分かったから……好きに……して……
目の前に迫るAI。今まさに、僕の顔面へとAIの手刀が……
『再……起動』
瞬間、僕の前の前からAIが消えた。
いや、吹き飛ばされた。
天井を壊して入ってきたAI達。今も、その入ってきた天井の方へと何かに吹き飛ばされたのだ。
一体何に……。
『セキュリティコア起動……異常ナシ、戦闘ログ……異常ナシ、IGG……異常ナシ、ADW……異常ナシ、各センサー……異常ナシ、感情制御起動、RTS起動、戦闘データーダウンロード、GTYG起動………………戦闘準備、完了』
いつのまにか……座り込む僕の隣に、彼女が立っていた。僕より一回り背が高い。
長い金髪にボロボロのワンピース。透き通るような白い肌に細い手足。まるで……天使みたいで……
その天使は、僕へと目線を落としてくる。何かを識別しているのか、瞳孔が閉じたり開いたり……
『識別完了……アス重工軍、少尉徽章確認……全システム……起動承認完了』
……あ。
もしかして……あの軍人からもらった、このバッジ……これを識別して……
っていうか、あのオッサン……少尉だったんだ。結構エライ人だったんだ……
「いや、あの……僕は……」
『言語……補正……』
そのまま壊れた僕の無線機のようなノイズを発生させる天使……いや、アンドロイド。
しばらく経つと、その顔に表情が。
「少尉殿。命令を」
いきなり声が……凄い可愛い声が……!
それに喋り方も先程までとは全然違う。なんていうか……人間っぽいイントネーションに……
「命令? いや、あの……えっと……」
その時、再びAI達が迫ってきた。不味い、この子も殺されてしまう。早く逃がさないと……この子だけでも逃がさないと!
「に、逃げて! 早く! 君だけでも……」
「敵前逃亡は許されません。あれが少尉殿の敵ですか。殲滅しますか?」
「はい?! いや、あの……」
なんだろう、ものすごく頼もしい。
さっきから少尉殿少尉殿って言ってるし……もしかして……この子、軍人?
突然、僕の中で助かるかもしれない、と思えてきた。
途端に目から流れる汗。決して涙などではない。これは……決して……
「た、助けて……」
「了解しました。殲滅します」
勢いよく部屋からジャンプして飛び出す天使……いや、アンドロイド。
その瞬間、良く分からないが……外から轟音が鳴り響いてきた。
「た、戦ってる? え、ど、どうしよう……って、ほわ!」
突然部屋の中に降ってくるAIの残骸。バラバラになった手足が、陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと這っている。
「外……外に出ないと……」
僕は部屋の中の瓦礫を昇り、様子を伺いつつ壊された天井から外へ。
するとそこでは、先程の天使が素手でAI達と戦っている姿が。
「……嘘……」
腕をちぎり、足を掴み振り回し、首を蹴りで吹き飛ばし、手刀で胴体を破壊。そんな事を繰り返しながら、天使はAI達を破壊していく。彼女の周りに群がるAIは軽く三十は居る。でもどんどん……みるみる内に数は減ってきている。
そしてついに残り一体。天使は馬乗りになり、首を鷲掴みにしながら千切った。なんて豪快な……。
僕はそのまま天使……いや、アンドロイドの元へと近づいた。周りはAI達の残骸が散らばり、地獄絵図に……。しかしその中央に佇む天使のせいで……ここは天国かとも思ってしまう。
「少尉殿、お怪我は」
「僕……少尉じゃないし……怪我もないよ……」
天使は首を傾げ、僕の胸元をじっと見つめてくる。
「それは盗品ですか?」
「いやっ! 食料と物々交換っていうか……」
そこで思いだした。食料、あの宝箱から抜いた水やパンが詰まった背嚢が無い。おそらくAI達から逃げる時に何処かで落としたのだろう。あぁ、折角の食料が……。
「……どちらにしても、貴方は私の恩人です。その徽章が無ければ、私は存在を承認されませんでした」
そのまま天使は、僕の手を握ってくる。あぁ、柔らかい。なんていい義体なんだ。まるで人間そのものだ。かなり高性能に違いない。先程まであれだけ戦っていたのに、体には傷一つ付いていない。
「恩人って……それは僕のセリフっていうか……」
「ではお互い様と言う事で。私の名前は……ヴァスコード。少尉殿……いえ、貴方の名前は?」
僕は、いつのまにか付いていた名前を呟く。
彼女の手を握りながら……もう、離れたくない、どうか一緒に居て欲しいと訴えるように。
「僕の名前は……サラ……。よろしく、ヴァスコード……」
この作品は【たこす様】に題名を考えて頂き、そこから想像して執筆した短編小説です。