誘い
この娘とポートレートを撮る旅に出ている。
バスを乗り継いで、少し都会から離れた森林へ。どんな写真を撮ろうか妄想とワクワク感でいっぱいでバスに揺られている。山道で揺れが都会に比べたらきついけど、全く気にならなかった。
都内でOLとして働いているので、森林浴もかねてリフレッシュ兼趣味、日頃の雑踏が嘘のよう。
私が持ってるカメラはD3300、レンズは単焦点レンズのAF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8G、この娘の瞳がとっても綺麗に写るから、ずっとこればっかり使っている。(といってもカメラに詳しくないからお店の人に相談して選んでもらったのだけど)そして、特に好きなのは夕暮れ時で、この娘の深緑の瞳が夕陽を浴びてアメジストの様になる。まだ昼過ぎだけど既に夕暮れが待ち遠しい。
走るバスの中で日差しが煌めくように窓から差し込んで私達を照らす。照らされたこの娘の瞳はキラキラと瞳の中で光が乱反射し私は写真で撮りきれない美しさを眺めていた。だからかバスの中でも暇なんてしなかった。
――そうしてるうちにバスは目的地で停まった。
目的地の森林につくと台座にこの娘を座らせてテスト撮影をした。
ファインダーから覗くと、この娘はお人形なのに、まるで生きてるみたいで、私に微笑みかけてウインクしてくれてると錯覚してしまう。もしかしたら私にだけしてくれてるのかも。この日はとてもいい撮影日和で柔らかで赤色なレースのドレスと樹木の緑、それと木漏れ日。木肌の焦げ茶色がバランス良く、撮影を順調に進めることができた。
ふと、この娘をお家にお迎えした時、一緒に買った赤いレースのリボンがピッタリだと思い、トランクからこの娘の衣装ケースを取り出し、リボンを艷やかな黒髪に結んであげた。思った通りの可愛さだった、ファインダーをのぞき込みながら私はニコニコと微笑みかけていた。いや、ニヤニヤしてしまってたのかもしれない。
時間も忘れて撮影していた為、もう日が昏れてきている。腕時計を見て帰りのバスの時間が迫っているのに気づき、急いで機材をまとめて、この娘を丁寧にケースに入れてバス停に走った。
森の中の道なので街灯は無く、辺りは暗くなってきた。もう最終バスが出てしまったかと不安になって何度も腕時計を見たり、スマホの時間を繰り返し見たりしていた。その不安は必要無かったようで、暗い道の向こうの方からバスのライトの明かりが見えてきて、やっと安心できた。バスに乗り込み座席に座ると初日からのはしゃぎ過ぎとバスに間に合った安心感でウトウトと微睡んでいた。
ふと目を開けると今日宿泊する小さな村の名前が見えたので急いで停車ボタンを押して停めてもらった。運転手さんはとても優しく穏やかな方で
「もう暗いので足元に気をつけて下さいね」
と声をかけてくれた。
バスから降りると本当に真っ暗だった。月明かりに目がなれてきて、予約をとった宿泊施設まで歩いていると五分もしないうちに灯油ランタンの光がゆらゆらと揺らめいているのを見つけた。近づいてみると、そこには【旧柘榴邸】と書かれた看板が淡いランタンの光に照らされてあった。
この旧柘榴邸、明治の初期にひっそりと人目を避けて建てられた洋館で静かで落ち着いた雰囲気のあり、少しだけ緊張してしまってしまって日頃贅沢してないなぁ、と自分を少し自傷気味に励ました。
受付でチェックインを済ませると受付の人から私の後ろをチラッと見てから私の方を見直して
「お二人様ですね」と穏やかな声で聞くと
私は驚いて
「えっ…ひ」
私が〈ひとり〉と言おうとしたのを遮るように、小さくかすれるような声。
「はい、二人でお願いします」と誰かが私の後ろの方で言った。
私は動揺して振り返るとそこには髪留めのリボンをして赤いレースのドレスを着た女性が立っていた。
その女性は
「その…別の部屋が良かったですか?」と寂しげな顔で私をうかがっていた。
私は動揺を通り越して当たり前かのように
「二人部屋でお願いします」と受付に伝えた。
私は振り返り、この女性の瞳を覗き込むと、とても美しい深緑の瞳で、やっとこの女性が私のお人形だということに気がついた。
二人は受付の人の案内をされ、階段を上がり部屋に入った。
――部屋に入り、ドアを閉めると直ぐに人形が私の頬を撫で
「暖かいし…柔らかいんですね」と鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけ、独り言のように呟いた。
ヒヤリとした人形の手に私は目をつぶってしまうと
人形は手を慌てて引っ込めて
「ぁっ、ごめなんなさい…嬉しくてつい…」
私は人形の胸に引かれた手を握って
「こちらこそごめんなさい、冷たくてビックリしただけ」
と言って人形の手を引き止めた。
「貴女の指ってとってもヒンヤリしてるのね、お顔もヒンヤリしてる」
人形はくすぐったそうに目を細めて笑って
「くすぐったいです」と言いながら私の指を優しく包んだ。そうしてから、お互いの緊張が解けてきたのか、私達は少し笑ってお互いの頬を指先で確かめるように触りあった。