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「お待たせ」


 制服に着替えた俺はクララと柚月が座っているテーブルに着いた。席は四つだったので、クララと向かい合うように柚月の隣に座った。

 テーブルには我が喫茶店自慢のコーヒーが淹れられているカップが二つ置かれている。


「お疲れさま」

「お疲れさまでした。遥真さん」


 何時間も待たされていたはずの二人は文句を言うでもなく、俺に労いの言葉をかけてくれる。良い友人を持ったな~と感動に身を置きたくなった。


「許婚の話はまだしていないわ。私だけ聞いても意味ないからね」

「そうか……ん? じゃあ何の話をしていたんだ? 話題は尽きていなかった気がするが……」


 クララと柚姫は視線を合わせると同時にクスッと上品に笑いあった。


「秘密よ。ね?」

「そうですね。秘密です」

「……」


 どうやら男の俺では混ざれない会話だったようだ。昼休みの時点で仲良くなっていたが、ここに来てより親睦を深めたようだ。俺とクララの許婚の話を聞かせなさいと言ってついてきた柚月だが、クララと話すことも目的の一つだったのかもしれない。


「それじゃあ遥真も来たし本題に入りましょうか」

興味本位かはたまた何か思うことがあるのかわからないが、柚月は早速クララに例の話を聞こうとしている。


「出鼻を挫くようで悪いんだが……まず、クララに別に聞きたいことがあるんだがいいか?」

「なんですか?」


 二人とも疑問符が浮かんでいる。俺としてもこれ以上長引かせたくはなかったがこの話をしないと後でどんな報復があるかわかったものではない。


「ここでバイトしてみないか、クララ」

「うっ」


 柚月は苦虫を噛み潰した顔になった。自分が誘われた時のことを思い出しているんだろう。


「バイト、ですか?」

「うん。実はここのマスターがクララのこと気に入っちゃってね。ぜひうちで働いてほしいそうなんだよ」


 コスプレして……とまでは流石に言えなかった。


「……すいません。私の一任では決められません」


 一任? 親の意見も必要と言うことだろうか。困った顔をしているクララにはこれ以上の説得は無理だと判断できた。


「いやいや、謝る必要なんてないよ。一応考えておいてくれると助かる」

「わかりました」


 一応伝えましたよーと、今頃常連客と談笑しているであろうマスターに心のなかで伝える。

美少女の着せ替えが好きなマスターは知っているか否かわからないが、ここの男性客は我が最愛の妹に会いに来る客も多いが、マスターである棗さんに会いに来るお客さんもかなりいる。というか固定客となっているお客さんのほとんどは棗さん目当てだ。いっそのことあの人自身を着せ替えてあげればいい。そうすればこれ以上柚月のような犠牲は減り、マスター目当てで来るお客さんも増え店も繁盛と考えるのは俺だけだろうか。


「では話を戻しましょう。次こそ本題ね」


 軽いトラウマから復活した柚月が気を取り直すように場を仕切る。


「ああ、そうだな。……クララ、説明を頼む」


 こちらもこれ以上本来の目的から脱線する気はなかった。


「……では、最初からお話します」


 クララは先ほどとは打って変わって真剣な表情になった。そのあまりの変わりように、俺と柚月は知らず知らずのうちに居住まいを正していた。


「なぜ遥真さんが許婚となったかはお話しましたね?」

「ああ、クララの家系では代々、婿を選ぶ儀式をやるんだよな」

「そこで理由はわからないけど遥真が選ばれてしまった。だから本人に会うために人間界に転校して来たのよね」と柚月が続ける。

「はい。そしてそれはこれから話す問題へと繋がります」

「問題?」

「はい。私は…………いえ、クララ・ローゼンベルンは獣耳族の王の娘。つまりその夫となる方は必然的に次期国王となります。……ですが遥真さんにとって重要なところはそこではありません。問題は選ばれた遥真さんが他種族だったことによる弊害です」

「弊害? なにか他のものに影響があったの?」


 柚月が俺の言葉を代弁してくれる。いつにも増して幼馴染のお嬢さまが隣にいることに心強さを感じる。


「同じことを申し上げますが、他種族が選ばれることは異例なのです。よってそのことに疑問や不信を抱くものがでてきてもおかしくはありません。現に、婚約者として選ばれる可能性のあった貴族の者たちは、人間である遥真さんが選ばれたことに不満を抱いています」


 クララはそう言って一呼吸置くと俺の眼を見つめてきた。


「遥真さん。ここからが本当にお伝えしたかったことです。いままでは同じ種族から婚約者がでていたから貴族たちも争いをすることはありませんでした。しかし、今回のことは貴族にとって認められることではなかった。そして……」

「そして?」


 見る見るうちにクララの耳は目じりにつられて力なくさがり、クララの悲観した表情をより一層引き立てている。


「……そして、貴族の一部の者たちが遥真さんの暗殺し、再び儀式を行うことを企てているようです」

「「はい?」」


 日常で耳にすることになかった単語に驚きを隠せない。あんさつ? あんさつってあの暗殺のことだろうか。


「申し訳ありません! 現在、部下の者たちで調査をしておりますが未だ尻尾を掴めていません」

クララはテーブルに額が付きそうなくらい頭を下げる。そのとき自重によって垂れた耳がかわいいなーと現実逃避を試みる……と言うか即刻この場所から逃避するべきなのだろうか。


「……なんなの、それは」


 隣から寒気を覚えるほど静かな呟きが聞こえた。それはすぐに悲鳴に近い怒鳴り声と変わった。


「どうしてそんな話になってしまうの! あまりに理不尽すぎるじゃない!!」

柚月が勢いよく立ち上がり、クララを睨み据える。椅子と床が擦れた音が静かな店内に響き渡り注目を集めていたが、柚月には気にする余裕すらないらしい。さっきまで仲良く談笑していたのが嘘のようだ。


「お、おい柚月。落ち着けって」

「この話を聞いて落ち着けるわけないでしょ!? 遥真はどうしてそんなに冷静なのよ!!」

「もちろん理不尽だと感じているし、戸惑ってもいる。でも、クララを怒鳴ったところで解決しないだろ?」

「うっ、それはそうだけど……」

「あと、あまり聞かれちゃまずい」

「……」


 俺の言葉に冷静さを取り戻したのか、柚月はここが店内だということを思い出したようだ。さいわい他のお客さんはすぐに興味を失ってくれたようで、こちらを見ている人はいなかった。柚月も一通り周りを確認すると、椅子を戻して、座りなおした。


「……確かにそうね。軽率だったわ」


 店内で大声を上げることなんて今まで一度もなかっただろうに、俺のためにしてくれたと思うと嬉しくもあり照れくさい。

 昔からこの幼馴染のお嬢さまは心配性なのだ。


「ありがとな、柚月」


 だから安心させるためにも俺はうろたえてばかりいられない。


「ふん! 別にお礼を言われることなんてしていないわ」


 照れてそっぽをむいた幼馴染を見て苦笑していると、クララから控え目な声があがった。


「あの………このようなときに聞くのもなんなのですが、遥真さんと柚月さんはお付き合いをしていらっしゃるのですか?」

「「へ?」」


 クララの意外な質問に俺たちはまた二人揃って声がハモることとなった。


「ど、どっどうしてそうなるのよ!」


 さっきとはまた別の意味で叫ぶことになった幼馴染は今にも沸騰しそうなぐらい赤くなっていた。


「い、いえ! とても仲がよろしく見えたものですから……違うのですか?」


 クララもここまで驚かれるとは思っていなかったのだろう。若干後ろに下がって、柚月と距離を置いている。


「違うわ。私たちは幼馴染で腐れ縁なだけよ」


 また身を乗り出した柚月はクララと見つめあってこちらを見ようとはしない。


「まあ、そういうこと。俺たちは昔から気の合う友達なんだ」

「……そうでしたか。すいません早合点をしてしまいました」


 クララが謝罪すると柚月も落ち着いたようでわざとらしく咳払いをして席に座りなおした。


「わかればいいのよ。ところでさっきの話の続きだけど、遥真の安全のために今日から私の警護部隊の何名かを護衛に付けます」

「護衛………ですか?」

「柚月は良家の子女だからね。護衛も少なからず必要なんだ。専属の護衛部隊もいるんだよ」


 柚月の警護部隊は全員女性だ。戦闘のエキスパートで編成され「お嬢さまへの愛は永遠に!」をモットーとした組織で、柚月を陰ながら護衛することが主な仕事。メイドの仕事も兼任している。


「わかりました。では遥真さんを警護しているこちらの親衛隊の者たちと、顔合わせをしなくてはいけませんね」


 クララの言葉を聞いた柚月はなぜか嘆息した。


「はぁ、やはりそうだったのね。ここ数日間遥真をつけている異世界人がいる、と報告は受けていたからもしやと思っていたの。今日あなたが来て今の言質で納得がいったわ」

 さらりと爆弾発言をしてくる幼馴染。


「ちょっと待ってくれ。そんな話初耳だぞ」

「当たり前よ。今教えたから」

「おいおい……」


 いつの間にか親衛隊が俺のことを護衛していたことにも驚きだが、それを柚月が知っていたとは……。って、なんかおかしくね?


「なあ、俺に護衛をつけてくれるのは有り難いんだが、なんで俺にクララの親衛隊が付いてるって報告を受けているんだ?」

「は? なぜって私のメイドから報告受けたって教えたじゃない」

「いや、だからさ。今日から護衛付けてくれんだろ? それ以前のこと報告されているのはどうしてかってことなんだけど……」

「え? ……あっ!!」


 しまった! って顔されてもな……。


「なぁ、柚月。もしかして……」

「ち、違うのよ! べつに遥真の一人暮らしのときや雫との二人暮らしがうまくいってるかどうか心配で監視させていたわけじゃないの!!」


 問いただす前に全部答えてしまっている幼馴染があわあわと焦っている。


「それってある意味ストーカー……」

「クララ!! お互いの警護隊に面識がないと不便ですよね!? 私の使いの者たちとそちらの親衛隊の方々で一度お会いしましょう。場所と日時は追って連絡しますから!」

「あ、はい。こちらも直ぐに動けるよう手配しておきます」


 あからさまに話題をそらされた。


「俺も柚月に話があるんだが……」

「遥真! 私はクララとあなたの警護のことで大事な話があるから邪魔しないで! ね!?」

「……はい」


 口を挿める余地などなかった。

 こうしてクララが転校して来た劇的一日は俺の護衛云々の話で終わるわけだが、これからどうなる事やら……。


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