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「どうしてこんなことに……」

 ため息とともについ言葉にでてしまう。

 昼休み。嫉妬と狂気から逃げてきた俺は、屋上でフェンスを背に座っている。

 一時間目は先生が自分の授業だからとかいってクララのために時間を設けていた。クラスメイト達がクララに自己紹介をする時間だったのだろうが、許婚宣言で急遽尋問大会が行なわれることになった。もちろん対象は俺とクララ。


 初耳だった俺はもちろん質問に答えることができず、自然と転校生もとい自称俺の許婚に視線が集中した。

 彼女の説明によると、彼女の一族には代々嫁や婿を探すために儀式を行うらしい。

 結印日と呼ばれる日に、親戚やパートナーになりうる素質をもった人物が一堂に会し、あとは魔法具によって相応しい相手が誰か発表される。


 魔法具とは魔力が込められている異世界の道具のことを指している。

 この儀式で使用した魔法具は少々特殊らしく、世界に一つしかなく使える者が限られているとのこと。

準備も整い、実際に魔法具を使って覗いて見たところ、なぜか彼ら獣人界の住民ではない俺の姿が映し出されたそうだ。


 これは異例中の異例で、一同は騒然となったらしく、今まで続けてきた掟を破るわけにもいかなかったため、俺のことを調べることになったそうだ。

 そして、今日。転校の手続きを済ませ、俺に会いに来たというわけだ。

 確かに許婚と言えなくもないが、完全に巻き込まれている形だ。

 この話は学園中に広まり、今や俺は時の人となってしまった。


面倒事を回避するため、昼休みになったとたん屋上までダッシュしてきたのはいいが……ん~許婚の話とは関係ないが、俺はなにか忘れている気がする。とても大事なことのように思えてならない。なんだろう?

他のことを考えている俺は意外と余裕があるのかもしれない。


「やっぱりここにいたか」


 びくっ! と体が震える。思案していたせいで完全に不意打ちだった。ごめんなさい。全然余裕なんてありませんでした。

 あわてて顔を上げると恭介が立っていた。


「なんだ、恭介か」

「なんだとはないだろ? せっかく探してきたのに」


 探したと言っているが、悪友であるこいつは、俺がどこに逃げたかわかっていたみたいだ。証拠にあまり疲れているようには見えない。

 それはそれとして、こいつには問い詰めないといけないことがあるようだ。


「ところで……その後ろに持っている釘バットはなんだ?」

「えっ? ああ、素振りでもしようかと思ってね」

「釘付きで?」

「釘付きで……だってこの方が威力高そうだろ」


 ゴスッ。すくい上げるように放ったアッパーが恭介の腹にクリンヒットした。


「ぐはっ、痛いじゃないか遥真! なにをするんだ!」

「殺れる前に殺っただけだ」


 そうだったこいつも敵だった。

 ずっと教室の片隅に捨て置かれていたからすっかり忘れていた。


「いいじゃないか! すこしは殴らせろよ!」


 よくねぇよ。


「こちとら鈍器のようなものに殴られてずっと気を失って、誰にも介抱されずに放置プレイ状態だったんだぞ」


 しくしくと腕で顔を覆い、泣き出し始めた。こいつ、俺を含めてみんなに忘れられていたのか……哀れなやつ。


「おかげでクララちゃんとお話しできなかったじゃないか!」


 まるで一番重要なことだと言っているようだ。いや、こいつの場合そうなんだろうな。


「だったらこんなことしてないで今話せばいいだろ?」


 当然の疑問を口にする。


「そうしたかったさ! でも僕が起きた時にはもういなかったんだよ」


 一呼吸おいて嫌そうな顔をして続ける。


「ユリアちゃんと一緒にどっかの誰かさんを捜しに行ったんだとさ」


 たぶん、どっかの誰かさんとは俺のことだろう。そしてこいつは、俺を見つけてクララと話す機会をもうけようと算段したのだろう。


「なるほど、だからここに来たのか……お前、俺を餌にする気か?」

「察しがいいね。そういうことさ。でもね、それは半分不正解だよ」

「半分?」


 邪悪な笑みを浮かべる恭介。あまり迫力もなく、似合ってない。


「何のためにこれがあると思っているんだい? ここで君を亡きものにすれば、クララちゃんは僕のものってことだよ」


 釘バットを持ち上げながらじりじりと寄ってくる。

 一応後退して距離をとる。


「全ての男子を代表して今、裁きの鉄槌をー」と振り上げると同時に、ダダダダとどこからか足音が聞こえてきた。そして足音の主はどんどん近付いてきて、そのまま恭介の顔面にとび蹴りを放った。

「ぐぼはっ!」


 奇声を上げて飛んでいく恭介。そして3バウンドぐらいしたあとにやっと止まる。

 あれはしばらく動けないだろうと思ったが、なにを思ったのか恭介は腕を空にむかって伸ばし、親指をつき立てた。


「ナイスッ縞パン!」


 ドゴッ、投擲された釘バットが放物線を描いて恭介に直撃した。ピクピクと動いていた恭介だが、力尽きたのかすぐに動かなくなった。アホだな、あいつ。


「ふふふ、まったくいい度胸してるわね……見た?」


いつのまにか隣にいた殺人未遂犯……ユリアが俺を見上げる。


「見てません!」


 静かだが凄みのある問いに俺は姿勢を正す。


「そう、残念。遥真くんだったらみせてもよかったんだけどな……今から見る?」


 スカートを両手で摘まんで少しだけたくしあげる。かなりギリギリだ!


「いいえ! 結構です!!」


 誘惑に従って恭介と同じ末路をたどるなんて勇気は俺にはなかった。


「もう、遠慮しなくていいのに」


 なんか本当に残念そうにつぶやいてスカートから手を離す。冗談だったのだろうが心臓に悪すぎる。


「ま、いいわ。それよりも……えい!」


 ユリアはいきなり俺の右腕を両腕でがっちりとホールドした。まるで、もう逃がさないとでも言うように強く。つーか胸が当たってる……しかも女の子特有の甘い匂いまで……。


「おい、なんだよ突然」

「逃げられないようにしているのよ。やっと見つけたんだから」


 豊満な胸を押しつけながらユリアは意地の悪い笑みを浮かべている。こいつ、確信犯か!


「クララ、もう出てきていいわよ。変態は葬ったから」

「あ、はい!」


 よく見てみると少し開いた扉から獣の耳や尻尾がぴょこんと出ている。こちらの様子をうかがっていたのだろう。

 そして控え目に扉が開かれ、クララが出てきた。

 クララはトコトコトコトコと、小動物を思わせる動きで近づいてくる。そして、俺の前までくると控え目な笑顔を送ってくれた。ヤバい、頭撫でてぇ。反射的に手が出そうになったが、理性を総動員して押しとどめた。


「遥真くん」


 右側から咎めるような声がかかる。


「なんだよ」

「撫でるのはまだ早いわよ」


 またばれた!


「遥真くんはわかりやすすぎるのよ。顔、赤いよ」

「ユリアのせいでもあるだろ!」

「それ、認めちゃってるよ?」

「うっ」


 くっくそぉ~誘導尋問に引っ掛かるとは情けない。

 膝を屈しそうだったがユリアが腕を支えているのでそれもできない。

 俺たちの掛け合いに、クララは始終疑問符を浮かべている。


「そ、そういえば俺を探してたらしいけど、何か用事でもあるのか?」

「ああ、それは……」とユリアはクララに続きを促すように視線を移した。どうやら用事があるのはクララみたいだ。

「あの! 遥真さん。一緒にお昼食べませんか?」


 なんとお昼のお誘いだった。


「お話しする機会がなかったので」と恥ずかしそうに理由も補足。「ずっとみんなに引っ張りだこだったから」ユリアが呆れた顔で呟く。

「ま、そういうことよ」


 用件を言ったためか、ユリアは組んでいた腕を解放してくれた。自由になった腕をなんとなく擦りながら午前中のことを振り返る。

 確かに休み時間になるたび、彼女の席には男女問わず人だかりができていて、話なんてできそうになかった。俺も休み時間はずっとかくれんぼをしていから教室にほとんどいなかったし。鬼が百人以上いるかくれんぼ。嫉妬って怖いよ、マジで。


 だが、しかし! ひどい目にあってもこの誘いを断れる男子は存在するのだろうか。いや、いるわけがない! つまり俺も例外ではないのだ。

 俺はもとから用意してあったかのように「もちろん喜んで」と答えた。

それを聞いたクララは「ありがとうございます」と言って無邪気な笑顔になった。それを見ているとこっちまで自然と笑顔になるから不思議だ。

 しかし、俺の場合そう喜んでばかりいられない。彼女は自称俺の許婚。未だかつてない存在にどう接していいかわからない。

だから、


「でもその前に言っておきたいことがあるんだけどいいかな」

「なんですか?」

「え~と、今更なんだけど、許婚って言われてもあまり実感が湧かないんだ。だからそういうのは置いといて、まずは友達になれないかな?」


 我ながら不器用で恥ずかしすぎる提案の仕方だ。


「友達………ですか?」


 ほら、クララもポカーンと呆けてるし! やっちまったか俺!?


「いや、あの、まあ君が嫌じゃないならなんだけど………」

「嫌だなんてそんな! 許婚の問題でご迷惑をお掛けしている私にそう言って頂けてすごくうれしいです!!」

「そ、そう?」


 ふう、よかった。けっこうな力説をされてたじろいでしまったが、それだけ喜んでもらえたってことだ。提案を受けてくれるということは、許婚の話は急くことではないということだしな。それに元々の目標であった獣人族と友人になることができて単純に嬉しい。


「あっ、すいません。急に大きな声をだして………」

「いや、俺も喜んでもらえるのは嬉しいよ。あと訂正させて貰うと君のことを迷惑とは思ってないから。むしろ俺は異世界の話とか好きだからたくさん君と話をしたいよ」

「ふふ、ありがとうございます。……………………なんとなく異世界人が選ばれた理由がわかりました」

「え? なにか言った?」


 お礼の後になにか呟いていたようだが俺の耳まで届かなかった。


「いえ、なんでもありません」


 顔を横に振るごとに獣耳と長い髪が揺れている。


「そっか。ま、改めてよろしく。クララ」


 俺はそれ以上聞かないことにして出会ってから初めてクララの名前を呼んだ。


「あ……、はい! よろしくお願いします。遥真さん」


 クララもそのことに気づいたようだ。これで俺たちはやっと挨拶を交わすことができた。


「………問題も片付いたことだし、お昼にしましょう」

「うおっ」

「あっ」


 今まで傍観していたユリアがまた腕を絡めてきた。


「お、おい、またか。そんなに引っ張るなよ。自分で歩けるから」

「ふふ、いいじゃない。このまま私たちの仲を学園中に見せつけてやりましょう」

「か、勘弁してくれ。そんなことをしたら男どもに殺されそうになる」


 クララの許婚宣言でほとんどの男子を敵に回したのだ。それに付けくわえて他の女子と仲良く腕を組んでいるところを見られたら……考えたくねー。


「大丈夫。その時は私が守ってあげるわ」


 ふふふ、と思わず見惚れてしまいそうになる笑顔をしてくれるのはいいが、君が離れてくれれば万事……いや、五割……三割くらいは解決したようなもんだ! どちらにしろ狙われているからさほど危険性は変わらないのかも、とか考えたら負けなんだ!!


「……できるだけ人通りの少ないところを通ってください」

「決まりね。さ、クララも行きましょう」


 ユリアは腕を離すことなくズンズンと俺を引っ張るようにして歩き始めた。正直歩きにくい。


「あ、待ってください!」と、後ろから追いかけてくる声。そして手持無沙汰だった腕に当たる柔らかい感触。

 おいおい、まさかこれは……。

 嫌な予感を感じながらもユリアが組んでいる方と逆の腕を見ると、そこにはやはり俺の腕を組んだクララの姿があった。


「え~と、クララさん?」

「なんですか?」


 キスできるまであと何センチですか! と叫びたくなるくらい、近いところから俺を見上げてくる。


「どうして腕を組んでいるのでしょうか?」

「え? だって私たち友達じゃないですか」


 無垢な瞳の「なにか変でしょうか?」的視線に戸惑っていると、ユリアがクスクス笑い出した。

 まさか彼女の仕業か!? 俺は真相を知るためにユリアにアイコンタクトを送る。


(どういうことだ、これは!)

(クララも言ったじゃない。友達だからって)

(友人だからって腕は普通組まないだろ!)


 これ正論だよね? ね!?


(あら、私達も腕組んでるじゃない。友達だけど)

(は? って、え?)

(実は遥真くんを捜してる時に聞かれたのよ。遥真さんと仲良くなるにはどうすれいいでしょうか? みたいなことをね。だから教えてあげたの、私と同じことをすればいちころよ! ってね)


「やっぱりお前のせいじゃないか!」


 思わず叫んでしまう。だからさっきからスキンシップが多かったのか。


「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもないよ」


 たぶん、いや、絶対顔が引きつっている。なにしろこの状況を打破する案が全く生まれてこない。


「クララ、私たちで遥真をエスコートしてあげましょう」

「はい!」


 俺たちは再び歩きだし、校舎に入る。

 クララは恥じらいながらも、絡めた腕は離そうとしない。それどころか、さっきよりもっと強くなっている気がする。現に制服を通して伝わる体温や胸の感触が俺の理性に情け容赦なく攻撃してくる。これは解放されることを諦めた方がいいかもしれない。

 はぁ、なんか疲れがドッと押し寄せてきた。早く飯でも食いたい。


「ところでどこで食べるんだ?」

「もちろん学食よ。クララに校内を案内してあげたいしね。お弁当は持ってないし」

「ま、そうなるよな。クララも学食で大丈夫か?」

「はい。問題ありません」


 満場一致で学食に決定。そうとなればいつも通り雫と柚月と合流しなければいけない。

ん? 今とても大事なことを思い出した気がする。昼飯……学食……そして……しずくとゆづき……!?

「しまったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 十六年の生涯で最高ランクに値する絶叫が校舎に響いた。


「遥真さん!?」

「急にどうしたの?」


 突然のことに二人とも絡めていた腕を離す。悪いと思いながらも今はそれどころではなかった。この後のことを想像するだけで冷や汗しかでてこない。


「すぐに食堂にいくぞ」


 俺は居ても立ってもいられず、二人の手を掴んだ。


「「え?」」


 その瞬間、クララだけでなくユリアの頬にも赤みがさしたが、焦っている俺には気にしている余裕はなかった。

 そうだった。忘れていたのは昼の約束だ。

 余裕がなかったといっても俺は屋上ではなく最初から学食に行くべきだったと後悔し、律儀にも食事をせずに待っているであろう幼馴染と妹のもとへ駈け出したのだった。


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