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 ホームルームが始まる前に、クラスメイトたちが恍惚な表情になって帰ってきた。

 遅れて担任の森崎先生が入ってくる。森崎雪斗。二十五歳、独身。趣味は昼寝と言っただけで自己紹介を終わった人で、ほぼ毎日自堕落とした態度をとっている。この前の授業なんて「今日は疲れたので自習です」と宣言した後、机と一体化して授業を放棄した。

いつも疲れた表情をしているがいつにも増してひどい顔になっている。生徒とは大違いだ。


「俺に全部丸投げにしやがって……あの教頭いつか絶対シメる」


 ぶつぶつと物騒な発言をいいながら教卓の前まで歩いてくると、その不機嫌な顔を隠すこともなく朝のホームルームを始めた。


「えぇ~大変うれしいお知らせです」


 言葉とは裏腹にとてもうれしくなさそうだ。

 そんな先生の心境をよそに、周り(おもに男子)が騒ぎ出す。


「知っての通り今日からクラスの一員が増えることになった」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」


 もう男どもの限界が近いようだ。餓えた肉食動物のように目をギラつかせ、歓声をあげている。

 恭介は……うん、例えて言うと「ママーあれなにー?」と指さして尋ねる子供に「見ちゃいけません!」と言われるあれ状態であるとだけ言っておこう。それ以上はいいたくない。眼鏡でも外して天然モザイクでもしようかな。そうすればあいつを見なくても済む。


「……先生的には今のお前たちに転校生は与えちゃいけない気がするが……睨むな! 凶器を出すな! そこ! 変な儀式を始めるんじゃない!」


 それぞれコンパスやら尖った鉛筆、釜、人形などをしまっていく。相変わらずバイオレンスなクラスだ。先生が転校生を紹介したくない気持ちもわかる。

 先生はしょうがないな、と毒づき俺たちに釘を刺した。


「入って来たところをいきなり抱きつこうとか犯罪的なことをするなよ」

「「「「「「イエッサー!!」」」」」」


 男子たちの心は一つになったようだ。俺を除いて。いや、抱き付こうとか考えていたわけじゃないぞ? ただこのテンションにはついていけないだけさ。

 恭介が言うには、俺は女子に恵まれているから俺たちの心がわからないんだ! と言っていたな。まあ確かに女友達は多いし雫もいるから否定はしない。


「じゃあ入って来てくれ」


 その言葉に応じるようにドアが開かれ、静まり返った教室に一人の女の子が入ってくる。そして、俺はやっとこの騒ぎの理由を理解した。

 他種族の証である獣耳と尻尾。どちらも髪の毛と同じ色で、彼女の体の一部であることを示している。歩くごとに揺れる獣耳と尻尾は愛らしく、男子はおろか女子たちも見に行ってしまう気持ちもわかる。柚月が平均的身長だとして、彼女は平均をやや下回る背丈となっている。それがまた小動物を確かに連想させる。雫たちで美少女慣れしている俺ですら驚嘆してしまう。そんな少女がそこにいた。


「それじゃあ、自己紹介よろしく」

「はい」


 先生の言葉を受け、教卓の方から可憐な声が教室に響いた。


「獣人界から来ましたクララ・ローゼンベルンです。まだ日本語も覚えたばかりで人間界も初めてですので、至らないところがあると思いますが、今日からよろしくお願いします」


 その瞬間歓喜の声が上がった。


「美少女キター!!」

「かわいい~!」

「獣耳サイコー!!」

「愛してます! クララちゃん!!」


 いろいろ聞こえるが最後のやつは自重しようか。


「あ~なんだ、お前らの気持ちもわかるが静かにしろ。彼女の自己紹介はまだ終わってないんだぞ。クララ。続きをよろしく」

「わかりました。……みなさんも御存じだと思いますが獣人界は種族によって国が分かれています。そしてその種族の王族が政治を行い国を治めます。私はその獣人界の一種属である獣耳族の王ガンドール・ローゼンベルンの一人娘です」


 その刹那空気が凍った。

 浮かれていた男子どもは口を止め転校生を凝視。女子は呆然と固まっている。


「つまりこの娘は一国のお姫さまということだ。……まぁ、そこはあまり重要ではない」

 唯一動くことができている先生が話を進めストレートな言葉を投げかけた。しかも、お姫さまが転校してきたことを重要ではないという始末。

 その暴言に恐れおののくクラス一同(俺も含む)。だってお姫さまにたいしてあの態度だぜ? 肝が据わっているとしか思えない。


「あーこれは彼女の希望だから先に言っておくが、クララに対して特別扱いは不要だ。俺も教師という立場で彼女に接するし、お前たちも友人に接する感じで問題ない。ただし必要最低限の礼儀はわきまえろよ? 特に男子」

「「「「「っ!!」」」」」


 いま挙動不審の連中はいったいなにを考えていたんだろうか………。


「逆玉を狙えるチャンスは逃さない……」

「お、俺が白馬の王子に……!」

「獣耳サイコー!!」


 俺のクラスはどこまでも逞しかった。

 でもそういうことなら俺も気兼ねなく彼女と話ができそうだ。王族の生活なんてまったくの未知の領域。異世界ともなればなおさらだ。早く聞いてみたくてしかたがない。もちろん下心なんてない。俺には超がつくほどの可愛くて美人な妹がいるからな。


「本当に不安だが……まあ、いい。彼女がお姫さまだとは理解したな? じゃここからが本題だ」


 ん? 本題? 自己紹介に本題も何もないだろう。どうしてそんな単語が出てきたんだ? クラスメイトたちも俺のように先生の言葉に首を傾げる。

 だが、どうやら先生は続きを喋る気はないらしく、転校生に視線を向ける。そこにはなぜか頬を赤らめた転校生の姿があった。

そして彼女が口を開く。


「私が日本語を覚え、転校して来たことには理由があります。それは許婚の方と親交を深めるためです。そして無理をいって同じ教室にしてもらいました」


 思いもしなかった発言に教室がどよめく。それもそうだ。彼女を狙っていた男子どもは告白する前から玉砕。当たって砕ける前に動くことさえ許されなかった。……まあ、それでも告白するやつは出てくるんだろうなぁ。

 あと、この教室にお姫さまの許婚になれる立場のやつがいたなんて初耳だ。「すぐそこに玉の輿があったなんて……」と悲観にくれる女子までいる。……いや、まあ、お金も大事だけどさ、そこまで悲しまなくてもいいのに……。

 というか、この教室に獣人界出身の生徒なんて数名しかいない。彼らは周りの生徒に質問され首を横に振っている。どうやら彼女の許婚ではないらしい。ではいったい誰なんだ?

 その喧騒の中。お姫さまは言葉を続けた。


「遥真さん」

「……へ?」


 な、なんだ? 俺が呼ばれた気がしたぞ。


「周藤遥真さんが私の許婚です」


 は、はい? なんだって?


「「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」」」」

「い、いや、待ってくれ! 何かのまちが……」

「またあいつかっ!」


 またって何だ、またって。


「色欲魔人め! 死んでしまえ!」


 意味わからん。


「俺の嫁がぁぁぁぁぁ、がふっ」


 ……うん。俺の言葉なんて誰も聞いちゃいねえ。今日だけでずいぶん敵が増えたな。そして恭介を殴ったやつグッジョブだ!

 興味津津に聴き耳とたてている女子と嫉妬のあまり殺気立つ男子。今日が命日にならないことを祈る俺に、無情にも、先生が追い打ちをかける。


「あ~、言い忘れていたがクララの席は無理やり遥真の隣にしたから。いろいろ教えてあげてくれ。未来の旦那」


 ……あれ? これ死亡フラグじゃね? つか、あんたは俺に丸投げかよ!!

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